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ウクライナ軍がロシア軍に反撃するために取り組むべき戦術的課題は何か?

2022年2月24日以降、ウクライナ軍はロシアの軍事侵攻で大きな損害を被りましたが、依然としてロシア軍に占領された領土を取り戻すために戦いを続けています。ロシア軍はキーウの攻略に失敗し、ハルキウからも撤退を強いられましたが、東部戦線と南部戦線では軍事的優位を保持しており、ウクライナ軍が勝利を収める上でいくつかの課題を突き付けています。

英国王立防衛安全保障研究所(Royal United Services Institute)から発表されたJack WatlingとNick Reynoldsの報告書「戦時下のウクライナ(Ukraine at War)」(7月4日)は、今のウクライナが直面する作戦、戦術上の課題を要約している資料です。現地での調査、関係者に対する面接調査、戦闘によって取得されたロシア軍の装備品の技術調査の成果などを取り入れた報告書であり、戦術の分野では現時点で最も詳細な分析の一つではないかと思われます。

Jack Watling and Nick Reynolds. 2022. Ukraine at War: Paving the Road from Survival to Victory. Special Report. Royal United Services Institute for Defence and Security Studies.(外部リンク、PDFファイル)

敵の砲兵火力に対する対処

著者らは現在のウクライナ軍が取り組むべき最重要課題は、ロシア軍との消耗戦で優位に立つことだと主張しています。ロシア軍はウクライナ軍を砲兵火力で圧倒しており、長期間かつ広範囲な地域射撃を実施し、地域を荒廃させた後で地上部隊を前進させ、そこを占領するというパターンが繰り返されています。この流れを変えるためには、ウクライナ軍がロシア軍に火力で優越する必要があります。

具体的にロシア軍の砲兵運用を調べると、ロシア軍は必ずしも歩兵部隊や機甲部隊と緊密に連携させながら砲兵部隊を運用できておらず、したがって諸兵科連合が十分に機能していない状態であることが分かります。著者らが調査した限り、前線に展開したロシア軍の部隊は近接戦闘の最中に砲兵から迅速な火力支援を受けることができていません。

固定目標に対する砲兵射撃であれば、前線から届く情報が少し遅延しても、その効果に違いはありませんが、現代の戦場では、敵に捕捉された部隊は、特定の地点に長時間停止することを避け、敵の砲弾が落下してくる前に移動を完了します。そのため、部隊間の意思疎通が十分でないと、砲兵火力を有効に運用できなくなるのですが、ロシア軍に適切な訓練が欠けているため、戦闘情報の通信に遅延が生じており、また不用意に暗号化されていない通信を使って戦闘情報をやり取りすることもあるようです。

ただ、運用が粗末であっても、ロシア軍の砲兵部隊がウクライナ軍に脅威を及ぼしていることは確かです。ロシア国内の防衛産業基盤には弾薬を安定的に供給できるだけの能力があり、一説によれば数年分の弾薬を備蓄しているとも見積もられています。ロシア軍は1日当たり、2万発の砲弾を発射していると推計されていますが、ウクライナ軍は1日あたり、6000発の砲弾を発射しているにすぎません。著者らは、これがウクライナ軍に突き付けられた戦術的な課題であるとして、対策を検討しています。

ウクライナ軍の情報源によれば、ロシア軍が運用する砲兵の火砲やロケット発射装置の運用には、パターンが見出されます。ロシア軍は、それぞれの武器の最大射程に対して3分の1ほど前線から後退した位置に陣地を構える傾向にあります。歩兵部隊を支援する迫撃砲小隊は前線から1.5キロメートル後方に、旅団隷下の砲兵戦術群(artillery tactical group)は前線から8キロメートル後方に展開していることが多く、より長射程の武器を使用する場合は、砲兵戦術群の陣地が前線から10キロメートルから15キロメートル後方に展開することもあるようです。ロシア軍の射撃中隊が射撃を実施する場合、縦深が100メートル、正面が300メートルの範囲で展開し、それぞれの火砲の間隔は20メートルから40メートル程度とされています。多連装ロケット発射装置(Multiple Launch Rocket System, MLRS)の放列は直線的に展開し、それぞれの間隔は最大で150メートルほどです。

ロシア軍の砲兵射撃は電波探知測距、音響偵察(acoustic reconnaissance)、対砲兵レーダーなどで得た情報に頼っている場合、さほど正確ではないことも報告されています。また砲撃が不正確であるだけでなく、30分も時間を費やすこともあるとされています。しかし、一部の砲兵部隊は無人航空機を駆使し、ウクライナ軍に正確な射撃を加えた事例があり、ロシア軍の内部でも火力運用の改善が進んでいる兆候として受け止めるべきでしょう。戦地でウクライナ軍の兵士が観察したところによると、ロシア軍の砲兵は無人航空機の航空偵察で射撃目標を確認した場合、およそ3分から5分ほどで砲弾を命中させてきます。つまり、ロシア軍との戦闘では、無人航空機の偵察を防ぐことが、極めて大きな意味を持っています。すでにウクライナ軍では、個人で操作が可能な携行式防空ミサイル・システム(MANPADS)を装備した部隊を編成し、ロシア軍の無人航空機を駆逐しようとしていますが、著者らはスターストリークマートレットのようなミサイルを配備した方が、より効率的になると指摘しています。

ロシア軍との消耗戦を制する上でもう一つ考慮しておく必要があるのが戦術弾道ミサイルの脅威です。ロシア軍はウクライナ軍との対砲兵戦や、戦術的目標に対して、トーチカUを使用しています。著者らは、このような運用はロシア軍が採用するドクトリンからの逸脱であることを指摘しています。つまり、トーチカUは敵の後方地域に展開する電子戦部隊や指揮所のような高い価値を持つ目標に使用することが想定されていたはずですが、今のロシア軍はあらゆる目標にトーチカUを使用しているのです。著者らはたった1門の榴弾砲を撃破するためだけにトーチカUが使用された事例があることを報告しています。

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