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文献紹介『勝つために払う』選挙制度と経済地理で経済政策を説明する

どのような政治家でも、すべての有権者から満遍なく支持を得ることは不可能です。選挙制度の特徴と対立候補の動きを考慮しつつ、どの有権者から支持を集めるべきかを戦略的に選択しなければなりません。どのような属性を持った有権者を支持基盤に取り入れるかによって、その政治家が好む経済政策も変化してきます。

したがって、選挙制度の特徴が政治家の経済政策に多大な影響を及ぼすという考え方は、政治学者にとって当たり前のものになっています。ところが、これまでの研究では、選挙制度の分析だけでは、政治家がどのような政策を選択するかを説明しきることはできないことも指摘されてきました。

リッカードという研究者は、『勝つために払う:政治制度、経済地理、公的助成(Spending to Win: Political Institutions, Economic Geography, and Government Subsidies)』(2018)という著作で、選挙制度だけですべてを説明できない原因を突き止め、解決を試みています。この著作は選挙制度と経済地理を一体的に分析することで、はじめて政治家の政策選択を説明できるようになることを説明する最新の研究です。

Rickard, S. J. 2018. Spending to Win: Political Institutions, Economic Geography, and Government Subsidies. New York: Cambridge University Press.

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1 誰が何をなぜ得るのか? 個別主義的経済政策(Particularistic Economic Policy)の政治
2 経済活動の地理的な不均等さ
3 制度と地理が一体となって政策にどのような影響を与えるのか
4 産業助成金に関する政府支出を説明する
5 手続きの権力:国家の助成を巧みに求める
6 なぜ比例代表制の制度的な違いが重要なのか
7 拘束名簿式における選挙競争の政策的影響
8 結論と考察

これまでの研究で、民主主義国では与党が支持者に対して投票の見返りとして多種多様な便益を配分する恩顧主義的な戦略を使うことが報告されてきました。しかし、これまでの研究では地理の影響が十分に分析されていなかったので、選挙制度の特性だけで政党の政治戦略を説明しようとしがちでした。

普段、政治に関心がない方のために説明しておくと、選挙制度は一般に小選挙区制と比例代表制に分かれます。日本では二つの選挙制度を併用していますが、どちらか片方のみを採用している国もあります。

理論的には、選挙区ごとに一人の候補を当選させて議会に送り込む小選挙区制を採用する国が、政党ごとの得票率に応じて議席を配分する比例代表制を採用する国よりも、特定地域を優遇した経済政策、特に補助金の分配を行う傾向が強くなると予測されていました。小選挙区制であれば政治家には自分の支持者がどこに住んでいるかが明確に分かるため、その地域に便宜を図ることで支持を固めることが期待できるためです。

このような観点から、比較政治学の研究者はどちらの選挙制度を採用する国において特定地域を優遇する補助金行政が実施されやすいのかを調査してきました。ところが、データを集めて分析してみると、比例代表制の国家であったとしても、特定地域を優遇して分配する補助金行政が実施されているケースがあることが確認されました。

地理の影響を除外して分析しようとしたことが混乱の原因だとリッカードは考えています。例えばノルウェーの議会は19の県を単位にした比例代表制を採用しているのですが、その産業構造は一部の石油関連事業に偏っており、ノルウェー国民の多くがその事業に労働者として従事しているのです。このような経済活動の地理的な偏りがあるために、ノルウェー政府は補助金行政に多額の予算を割いていると考えられます。

ノルウェー以外にも、著者はさまざまな国の選挙制度と産業立地を比較しています。フランスのコニャック生産者に対する補助金行政とオーストリアのワイン生産者に対する補助金行政の違いを分析した第5章は、この著作で示された最も興味深い研究成果の一つであると言えるでしょう。欧州連合は、加盟国が補助金で自国の産業競争力を政治的に強化する政策を規制しようとしていますが、次の選挙に備えるために補助金を操作する例は後を絶ちません。

著者は欧州委員会がイタリア政府が2008年にサルディーニャに立地するホテル会社に補助金として1500万ユーロを支払っていたことを突き止め、これが欧州連合の国際的ルールに違反するものであると批判し、イタリア政府に回収を命じた事例を紹介しています。7年後の2015年にイタリア政府が実際に回収した金額は200万ユーロにとどまっていたので、欧州委員会は欧州司法裁判所を通じて2000万ユーロの一括制裁金と日割り制裁金を支払うことを命じました。

この著作では日本の政治についてはあまり詳しく分析されていないのですが、民主主義が経済政策に与える政治的影響を考える上で見過ごすことができない業績です。政治学者は今後、ますます経済地理学の研究成果を積極的に取り入れる必要があるでしょう。また、このような視点を取り入れることで、あらゆる経済政策が持つ政治的効果を分析することも容易になるはずです。

日本でも補助金行政をはじめとする経済政策が自民党の戦略にとって重要であることが指摘されていますが、日本の経済地理を考慮に入れることによって、自民党の支持基盤をさらに詳細に特定できるようになるでしょう。

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