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戦略を研究する人なら知っておきたいゲーム理論の基礎的な研究成果を紹介する

ゲーム理論(game theory)とは、利害が異なる行為主体が相互に影響を及ぼし合う状況で選択する行動を数理モデルで分析し、最適化を図るために作られた理論体系です。

ゲーム理論は1944年に数学者ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)と経済学者オスカー・モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern)が出した共著『ゲームの理論と経済行動(Theory of Games and Economic Behavior)』によって理論的基礎が固められ、政治学、経済学、社会学など、あらゆる社会科学の研究者に受け入れられました。軍事学もその例外ではありません。

この記事では、ゲーム理論を応用した軍事学の研究をいくつか紹介してみようと思います。数式を使った解説は行っていないので、あまり専門的な内容には踏み込めていないのですが、主に戦略の研究でゲーム理論が使われていることに関心を持っていただければ幸いです。

軍事学にゲーム理論のアプローチを取り入れた先駆的な業績として、軍人オリバー・ヘイウッド(Oliver G. Haywood)の「軍事的決心とゲームの数理理論(Military Decision and the Mathematical Theory of Games)」という論文があり、これは敵と味方の部隊の間で起こる戦いは二者零和ゲーム(two-person zero-sum game)として分析できると論じた最初期の研究です(Haywood 1950)。4年後にヘイウッドは第二次世界大戦の事例を使った分析に挑戦しており、その成果を「軍事的決心とゲーム理論(Military Decision and Game Theory)」でまとめています(Haywood 1954)。

これらの研究成果は特定の状況下で下された指揮官の意思決定を下す際に引き受けるリスクを分析する上で一定の意義があったと思います。ただ、ヘイウッドは敵と味方のどちらかが勝ち、どちらかが負けるという純粋な対立状況を想定して分析を行っていました。しかし、利害の対立がありながらも、ある程度の歩み寄りの余地も見られるような曖昧な紛争状況にはそのまま応用することができないという制約があったのです。

Haywood, Oliver G. 1950. Military Decision and the Mathematical Theory of Games, Air University Quarterly Review, Vol. IV, No. 1, pp. 17–30.
Haywood, Oliver G. 1954. Military Decision and Game Theory, Journal of the Operations Research Society of America, Vol. 2, No. 4, pp. 365–385.

この問題を解決する上で重要な業績となったのが経済学者・政治学者トーマス・シェリング(Thomas C. Schelling)の研究『紛争の戦略(The Strategy of Conflict)』(1963)でした。

ヘイウッドは戦争が純粋な対立状況だと想定していましたが、シェリングは実際の戦争を純粋な対立と見なすことは現実的ではないと考えて、より柔軟な分析の枠組みを提案しました。それは自分の目標を達成するために、相手と対立することもできれば、協調することもできる行為主体を想定したもので、ゲーム理論の用語で混合動機ゲーム(mixed motived game)として定式化されています(ゲーム理論の入門書で有名な「囚人のジレンマ」、「チキンゲーム」も混合動機ゲームの一種です)。

もし武力衝突が起きた大国間であっても、直ちに両軍が総動員され、大規模な戦闘が繰り広げられるとは限りません。両国は小規模な兵力で交戦しつつも、核戦争のような最悪の事態を回避するため、外交交渉を重ねて妥協点を探ることは戦略的に十分考えられる事態であり、これは混合動機ゲームとして分析することができます。

Schelling, Thomas. 1963. The Strategy of Conflict. Oxford University Press.(邦訳『紛争の戦略』河野勝監訳、勁草書房、2008年)

ロバート・ジャービス(Robert Jervis)は、シェリングの成果を引き継ぎ、安全保障のジレンマ(security dilemma)と呼ばれる状況を定式化したことで知られています。1978年の「安全保障のジレンマの下での協調(Cooperation under the Security Dilemma)」という論文で、ジャービスは二国間関係の戦略的相互作用をゲーム理論を使って分析しており、次のような可能性を指摘しました。

まず、国家Aが自国の安全のために軍備を拡張し始めたと想定してみます。この国家Aの軍拡を見た他方の国家Bは、自国が攻撃される恐れがあると判断し、自国が保有する軍備を拡張しようとします。その動きは国家Aにも知られるので、国家Aも軍拡する国家Bから自国が攻撃を受けることを恐れ、さらに追加で軍拡を進めます。すると、また国家Bは同じような反応を示し、この相互作用が両国間で反復されます。最初、国家Aは自国の安全性を強化しようと軍拡を始めたとしても、結果としては軍事的緊張を高め、かえって危険な状態に陥るので、安全保障のジレンマと呼ばれています。

ジャービスはこのようなジレンマを起こしやすい状況を特定する際に、国家の軍事的能力を攻撃的能力と防御的能力に分けることが重要だと論じています。例えば、弾道ミサイルのような武器は迎撃が技術的に難しいので、それをどこかの国が調達すると、他の国の防御的能力で対処が難しい攻撃的能力を手に入れることになります。

しかし、ミサイル防衛システムのように防御的能力に特化した装備を調達する場合、安全保障のジレンマは起こりにくくなるとジャービスは論じています。このような立場は国際政治学のリアリズムの中で防御的リアリズム(defensive realism)と呼ばれており、国際政治における軍事的能力を分析する際に、その能力が戦略的攻勢を志向しているのか、戦略的防勢を志向しているのかを評価することが重要であることを示しています。

Robert Jervis, 1978. Cooperation under the Security Dilemma, World Politics, Vol. 30, No. 2, pp. 167–174.

これらは数多くある研究成果の一部でしかありませんが、ゲーム理論は戦時の戦略を考える場合だけでなく、戦時と平時の過渡期、あるいは平時における戦略を考える上でも重要であることを知っておいていただければ幸いです。もしご興味があるという方は、ゲーム理論に関する優れた入門書がたくさん出てきているので、そちらを参照されるとよいでしょう。2018年に出版された『ゲーム理論で考える政治学』は個人的におすすめです。


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