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日本初の八王子限定怪談本!川奈まり子『八王子怪談』リリース

著者が故郷・八王子を細緻に取材・記録したご当地実話怪談!

東京最恐心霊スポット・八王子城
不思議な力が宿る霊峰・高尾山
鑓水公園にある恐怖の鏡
立入厳禁の廃病院
怪奇現象が絶えぬ道了堂跡
都立霊園に潜む怪異

あらすじ・内容

東京都八王子市—都心のベッドタウンであるこの街には、東京最恐の心霊スポットとして名高い八王子城跡をはじめ、数多くの“異界”が存在する。
そうした八王子の裏面を、当地で育ったルポルタージュ怪談作家・川奈まり子が自身の記憶と重ねつつ精緻に取材し、史上初の八王子限定怪談本が完成した!

後部座席の幽霊、迫る鎧武者、山中に響く読経など、八王子城跡で起きた怪異の数々「城跡異聞集」、宗教団体跡地で襲い来る恐怖と絶望「肝試しの顛末」、鑓水を舞台とする2つの事件の恐ろしい真実と怪異に迫る連作「谷戸の女」など収録!

テスト

著者コメント

本書は、少女時代を過ごした心の故郷・八王子に因む実話集です。
同郷の人々から聴き集めた奇妙な体験談や私自身の不可思議な想い出を綴りました。
歴史は縦糸、人は横糸。
心霊スポットが多く、オカルトマニアの間では都内最恐エリアとして知られる八王子市ですが、古代から現代に至る街のメタモルフォーゼとそこに暮らす人々の悲喜こもごもを描くことに重点を置きました。
蚕が絹になるように変身を繰り返す桑都の美・恐怖・郷愁のショートトリップを、どうぞお楽しみください。

試し読み 1話

④道了堂奇譚集

「道了堂奇譚集《四》鐘の音」

 私には、片倉の実家で三人の子どもたちや両親と同居している三つ年下の妹がある。
 彼女は、小さな頃から幽霊を視たり怪しい現象に遭遇したりすることが多かった。そのため、ちょっとやそっとの怪異では感情が揺れなくなっているようだ。
 つい先日も、八王子の怪談実話を書く運びになったと告げたところ、
「じゃあ、あれについて書けば? 毎日、夕方になると道了堂跡の鐘の音が鳴り響いてくるでしょう? お寺の鐘楼でゴーンと撞いて鳴らす、ああいう鐘よ」
 と、当然のように妙なことを言いだした。
 道了堂跡には、そんな鐘など存在しない。
 実家付近のそういった鐘は、東京工科大学の裏手にある「御殿峠文化の鐘」だけだ。
 絹の道から側道に逸れると、八王子バイパスをまたぐ道了山跨道橋という陸橋があり、その先の山道を進んでいくと地蔵尊の供養塔と赤い鐘楼が見つかる。これが御殿峠文化の鐘で、昔この辺りで自殺した女学生の霊を慰めるために近隣住民が出資して建てたそうだ。
 実家からは地図上で約一キロ。風向きによっては鐘が聞こえる可能性があり得ると私が指摘すると、妹は即座に否定した。
「道了堂とは方角が全然違うじゃない。それに、その鐘は定時に鳴らされるの?」
 たしかに文化の鐘は実家から見て西、道了堂は東で、方角が真逆だ。
 また、文化の鐘は、ずいぶん前から近くの老人ホームが管理していて、物好きなハイカーがごくたまに通りかかりに鳴らすだけなので、定時どころか滅多に鳴らない。
 さらに妹は、今は小学校高学年になった末娘にも、ごく幼い頃からその鐘の音は聞こえているし、昨日も一緒に聞いたばかりだと私に説いた。つまり証人がいるというのだ。
 そのとき私は、そろそろ日暮れどきだと気がついた。
「ねえ、その鐘って何時に鳴るの?」
 昔は時の鐘として日に一二回も鳴らしたというが、昨今の寺院は近辺の住人に気兼ねして、ふだんは梵鐘を鳴らさないか、撞くとしても早朝の暁鐘と夕方の昏鐘の二回だけか、暁鐘か昏鐘の一回のみで済ませる場合が多い。それも毎日ではなく、たとえば八の付く日の夕方のみ、夏は午後六時、冬は午後五時に昏鐘だけに限るといったことがざらだ。
 今なら夏季ということになろうか。妹は、あっさりした口調で「六時頃かな」と答えた。
 私は時計を見て軽く驚いた。「あと一分もないじゃない」
「そうね。そろそろ鳴りそう。……窓を開けてみる。そっちまで聞こえるかもしれないよ」
 ガラガラと窓を開ける音がして、私が「まさか、本当にそんなことが」と言いかけたとき、ゴーンゴーン……と鐘の音が電話の向こうから伝わってきた。
 六回鳴って、静かになった。
「……ね? どうして今さら驚いているの? うちがここに引っ越してきた頃から、ほとんど毎日聞こえてきていたじゃない?」
 私は聞いたことがなかった。九歳から二一歳で最初の結婚をするまでそこに暮らしてきた。前夫と離婚して出戻っていた時期もあった。しかし一度たりとて……。
 本当にあの鐘の音は、黄昏どきになるとは実家の周辺に響き渡っているのだろうか?
 私には、そうは思えない。理由はすでに述べたとおり。道了堂跡に鐘はなく、御殿峠文化の鐘は気まぐれに撞く者ですら稀にしかいない状況だからだ。
 霊的な梵鐘などというものは本で読んだことも聞いたこともないけれど、妹を介していたから、たまたま私の鼓膜にも届いてしまっただけで、此岸の音ではないと思われた。
 ――夕暮れの町に幻の昏鐘が響き渡ると、魑魅魍魎の刻がやってくる。
 どうもあれ以来、そんな幻想に囚われてしまうのだ。

🎬人気怪談師が収録話を朗読!

https://youtu.be/8D-3ov8vK2A

8/25 18時公開予定

著者紹介

川奈まり子 (かわな・まりこ)

『義母の艶香』で小説家デビュー。実話怪談では「実話奇譚」シリーズ『呪情』『夜葬』『奈落』『怨色』『蠱惑』、「一〇八怪談」シリーズ『夜叉』『鬼姫』のほか、『実話怪談 穢死』『赤い地獄』『実話怪談 出没地帯』『迷家奇譚』『少年奇譚』『少女奇譚』など。共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「現代怪談 地獄めぐり」各シリーズ、『実話怪談 犬鳴村』『FKB 怪談遊戯』『嫐 怪談実話二人衆』『女之怪談 実話系ホラーアンソロジー』『怪談五色 破戒』など。TABLO(http://tablo.jp/)とTOCANA(http://tocana.jp/)で実話奇譚を連載中。

シリーズ好評既刊

蠱惑

怨色

108鬼姫

108夜叉