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宿命の不気味 予備校生金属バット殺人事件【前編】

 算命学とは、古代中国で生まれ、王家秘伝の軍略として伝承されてきた占術。恐ろしいほどの的中率をもつその占いは、生年月日から導く命式で霊感の有無、時には寿命までわかってしまうという。

 本企画は、算命学の占い師・幽木武彦が怪奇な事件・事象・人物を宿命という観点から読み解いていこうという試みである。

 今回は受験戦争という言葉がクローズアップされた予備校生金属バット殺人事件について前後編でお送りする。

 
 事件から、もう40年以上も経つのかと思うと、正直感慨を禁じえない。
 それほどまでに、当時洪水のような報道で接したこのニュースはショッキングであり、またある意味、時代をよく反映してもいた。

 ――予備校生金属バット殺人事件

 犯人の名は今でも記憶しているが、本稿では「予備校生」とする。
 また「予備校生」をはじめ、関係者の生年月日についても、それらを干支に直したものだけにとどめたい。ご了解いただければ幸いである。

事件の概要

 事件が起きたのは、1980年11月29日。

 ビートたけし(ツービート)が漫才で口にした「赤信号、みんなで渡ればこわくない」が流行語となり、世界的巨匠、黒澤明の映画『影武者』がカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した、そんな年。
 世界最多記録となる通算本塁打868本を記録した不世出の大打者、王貞治(巨人)が現役を引退し、同じく巨人の長嶋茂雄が監督を退任した年としても、多くの人々の記憶に残る年だろう。

 場所は、神奈川県川崎市高津区の民家。
 当時浪人生だった「予備校生」(20歳)は事件発生日の早朝、パジャマ姿で隣家を訪ね、応対に出た主婦に異常を告げた。
 おびえた表情を見せる「予備校生」に、いったいなにごとかといぶかった主婦は彼をともなって隣家を訪ね、ついに事件は発覚する。

 そこでは「予備校生」の両親が惨殺されていた。
 父親の頭蓋骨はぱっくりと割れ、真っ赤な血しぶきが天井にまで達していた。母親の状態はさらに悲惨で、人相が判別できないほど顔面をたたきつぶされていた。

 文字どおり、現場は一面、血の海だった。

 隣家の主婦は自宅にとって返し、ふるえる指で110番をした。
 警察が、動きはじめた。

 だが事件発生当初、「予備校生」は完全にノーマークだった。第一発見者を疑うことは、捜査の鉄則であるにもかかわらずだ。

「惨劇の家の周辺と一階の各室は捜査員によって徹底的に捜索され、特に玄関回りは侵入者の足跡を求めて精密に調べられたが、二階の少年の部屋だけは事件発見後、ほぼ二十四時間にわたって手つかずのままだった。」

『金属バット殺人事件』佐瀬稔/著

 しかし、それも無理はなかったのかも知れない。
「予備校生」はいかにもおっとりとした感じの少年。礼儀正しく、道で会えば近所の人々にもしっかりと挨拶をしたという。
 海千山千の刑事たちも「予備校生」が犯人であることなど「まったくありえない」と端から除外していた。

 違和感を覚えたのは「予備校生」を幼いころから知る叔母(母親の妹)だった。

「ねえ……まさか……あなたがやったんじゃないわよね」

 不安になって、叔母は甥に聞いた。

 すると。

 幼いころからかわいがりつづけた甥は、やがてボソリと言ったという。

「……もう……分かってるんでしょ?」

 告白したのは、犯行の翌日のことだった。
 それまでに、逃げようと思えばいくらでも「予備校生」は逃げられる状況にいた。少なくとも、警察の監視はまったくついていなかった。

 だが彼は逃亡をはかることもなく、「そのとき」が来るのを待っていたかのようだった。

 その後の新聞、テレビ、雑誌などの報道は、まさに異常と言ってもよいほど過熱していた記憶がある。
 ヒステリック、と言ってもいい。
 そんな洪水のような報道合戦で知った、色白で小太り気味の犯人=「予備校生」の姿を、同世代の私は今でもはっきりとおぼえている。

「予備校生」はエリート一家に生まれた、二人兄弟の次男坊だった。
 当時は浪人二年目。成績が低迷し、やる気など、とっくになくしていたという。

 次第に予備校にも行かなくなった。
 父親の定期入れからキャッシュカードを無断で拝借し、映画館に行くなど、好きなことをするようになった。

 ところが事件前夜、ついにそれが発覚した。
「予備校生」は両親にあしざまに罵られた。父親からは家を出て行くよう叱責され、いつもは味方をしてくれることの多い母親にも「あんたはダメな子」と冷たく突きはなされた。

 金属バットが凶器に変わったのは、それから3時間ほど後のことだった。
 就寝中だった両親の頭部を何度も殴りつけて殺害した「予備校生」は、それを強盗の犯行に仕立てあげた。
 家を追いだされそうになり、せっぱつまった少年の、短絡的とも言える犯行だった。

「予備校生」の父親の宿命

 エリートの親を浪人生の息子が殺害するというセンセーショナルな事件は、当時の「受験戦争」を象徴する「物語」のひとつとして人々の耳目を集めた。
 本来ならこんなことが起きるはずもないエリート一家で起きた信じられない事件、という論調だった。

 たしかに父親(当時46歳)は東京大学を卒業し、一流企業の支店長まで勤めた優秀な人物。
「予備校生」の兄も一流私大を卒業しており、さらに言うなら「予備校生」の祖父(父親の父)も一橋大学を卒業した銀行マン。
 父親の兄弟たちも、みなそうそうたる学歴を誇るインテリ一族で、「予備校生」だけが浮いていた。

 小さい時分から両親や親族に期待されて育ち、自分もまたエリートコースを走ることが必然だとプレッシャーとともに考えていた「予備校生」が、おのれの人生に絶望したのもしかたがない、ある意味過酷な環境だった。

 血のつながった親子とは言え、本来生き方は、まったく違ったものになる。
 いや、「ならねばならない」こともある。
 宿命が、そう示唆しているならば。

◎父親
 甲  丙  甲
 戌  寅  戌

まず、父親の宿命を見てみよう。
 いつものように、右から年干支、月干支、日干支。生年月日を干支に変換したもので(「命式」という)、狭義では日干、あるいは日干支が「本人」になる。

 ★甲  丙  甲
 ★戌  寅  戌

 父親の命式には、一目瞭然の大きな特徴がある。
 自分自身を表す日干支と、年干支がまったく同一なのだ。

★甲  丙 ★甲
★戌  寅 ★戌

 こういう状態を律音 りっちんと言う。
 そして年干支は、「親」を意味する。

 親と自分が同一――こういう命式を持つ人は、親をなぞるような生き方をしやすい。そういうことが苦ではなく、自然にできる。
 生き方全般、親が最高の手本になり、実際に、親と同じような生き方をしていけば、親と同じ程度の成功を果たすと考えられている。

 先にも触れたが、父親は東大卒。
 そしてその父親(「予備校生」の祖父)は一橋大学を卒業して、ともにエリートの道をひた走った。
 「予備校生」の父親は、まさにエリート家系の跡継ぎとして、自然に自分の宿命を燃焼させていける宿命に恵まれていたとも言える。

 また、さらに言うなら父親は「従生格一点破格」という準・完全格の強運な命式。
 守護神となる一点破格の部分は自分の父親になり、父親を崇拝することは彼自身の運気をあげることにもなり得る、そんな宿命でもあった。(※「従生格一点破格」だから父親が守護神になるわけではない。念のため)

 一方、こちらは「予備校生」だ。

「予備校生」の宿命

◎予備校生
 庚  甲  庚
 午  申  子

 父親は年干支(親を表す)と日干支(自分自身)が同一の「律音」という宿命だったが、「予備校生」の命式は、「うーん……」とうならざるを得ない状態になっている。

★庚  甲 ★庚
★午  申 ★子

 地支が「子午の冲動」という、180度対極にあるもの同士の激突になっていて、天干は同じ「庚」
 この状態は納音なっちんと呼ばれるもので、これが自分自身である日干支と親を表す年干支の間に発生する場合は――

★親と同じ生き方はできない
★親と同じ道を歩もうとするのは宿命に反する

 という象意が強く出る。
 さらには――

★親に反発するものの、離れたくても離れられない
★宿命的に、自分の中に「二面性」を持ちやすくなる

 といった宿命になりやすい。

 父親と「予備校生」の、正反対とも言えるこんな宿命を知った私は、正直、慄然とせざるを得なかった。

 まごうかたなきエリートだった父親が、同じくエリートであった自分の父親に対して「律音」だったのに対し、落ちこぼれのコンプレックスを抱き、ついにそれを殺意という形で暴発させた「予備校生」の宿命が父に対して「納音」だったことが、この事件の一面の真実をついている気が、どうしても私にはした。

 算命学という奇妙な占術を通じていつも思うのは、おのれの宿命を知り、おのれの宿命どおりに生きることのとんでもないたいせつさ。
 宿命どおりに生きないと、やがて大きな「禍」に襲われると、算命学では考える。

「予備校生」は、たとえどんなに立派な人物であろうとも、父親なんかを手本にしてはいけない人物だったのだ。

-後編へつづく-

参考資料:
書籍『金属バット殺人事件/佐瀬稔』(読売新聞社)
書籍『囚人狂時代/見沢知廉』(ザ・マサダ)
書籍『日本凶悪犯罪大全217/犯罪事件研究倶楽部』(イースト・プレス)

著者プロフィール

幽木武彦 Takehiko  Yuuki

占術家、怪異蒐集家。算命学、九星気学などを使い、広大なネットのあちこちに占い師として出没。朝から夜中まで占い漬けになりつつ、お客様など、怖い話と縁が深そうな語り部を発掘しては奇妙な怪談に耳を傾ける日々を送る。トラウマ的な恐怖体験は23歳の冬。ある朝起きたら難病患者になっており、24時間で全身が麻痺して絶命しそうになったこと。退院までに、怖い病院で一年半を費やすホラーな青春を送る。中の人、結城武彦が運営しているのは「結城武彦/幽木武彦公式サイト」。

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