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『「超」怖い話 辛』松村進吉/編著―怪に侵蝕された人々に取材した聞き書き恐怖譚!

「私はここで待ってるから、どうぞ…」

旧家の<奥の間>を掃除するバイト
家の者は入れないというそこに一体何が…(「奥の間」より)

怪に侵蝕された人々に取材した聞き書き恐怖譚!

内容・あらすじ

体験者からの聞き書きに拘り、彼らの遭遇した怪、体験した恐怖を通じて怪に侵食される人生、ひいては人間そのものを炙り出さんとする実話怪談集。
神棚が祀られている旧家の納戸を掃除するバイト。家の者は入ってはならない決まりだというのだが…「奥の間」
閉店を決めたパチンコ店。最終日のホールに現れた〈地主〉と呼ばれる者たちの正体は…「営業、最後の日」
神社から父におぶわれて帰る道すがら、シャツの裾を引いてきたのは…「つまみ子」
親には見えない友達と遊ぶ娘。カレンダーに丸の付けられた日に何が…「ミハルはもういない」

他、いまだ色褪せぬ恐怖の記憶を取材した全24話。

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著者コメント

昨今の、人との接触が憚られる情勢になって以降、新たな怪異の体験談も少なくなっている。外出の機会が減るのだから当然と言えば当然かもしれない。とは言え、幼い頃の思い出や、住居の中での異常な体験といったものは例年と変わらず、今も一定数寄せられている。この「赤いバスタブ」などは最たるもので、こんなご時世なのだから、せめて自宅くらいは安全であって欲しいと思うが――そうでない人も、いるようだ。


著者自薦試し読み1話

赤いバスタブ 松村進吉

 曽合君は大学中退以降、アルバイトを転々として暮らしている。
「親に愛想尽かされたんで、もう実家にも帰れませんし。どうにかこうにかその日暮らしでやってます」
 幸い、インターネットさえあれば貧しさは苦にならないという。
 衣も食も住も、最低限のもので良い。
「……まあそのうち、どこか正社員にしてもらえそうなところが見つかったら、キチンとしたいとは思ってますけど。多分無理でしょうね、今の世の中じゃ」
 厭世的に笑い、彼は肩をすくめる。
 今住んでいるのは築三十年になるワンルームマンションの四階で、家賃は三万円。
 かなり安い。
「隣の部屋は、五万円らしいですよ――ええ、つまりそういうことです」

 彼が夜勤を終え、重い足を引き摺って帰宅すると、風呂場から音がする。
 ドドドドドドド、と浴槽に湯がたまる音である。
 ハァーッ、と嘆息してから上着を脱ぎ、風呂場の電気を点け、ドアを開けた瞬間にその水音は止む。
 ――無音。
 湯気も立っておらず、当然ながら人の気配などもない。
 ただ、パッ、と視線を送ったバスタブの中が、真っ赤な色に染まって見える。
「…………」
 それは数回瞬きをすれば消える。
 わざわざ覗き込むまでもない、カラリと乾いた浴槽。
 彼が出かける前と何ひとつ違いはない。

 午後、カーテンを閉め切った薄暗い室内。
 毛布にくるまって寝ていた曽合君は、ジュッ、ジュッ、ジュッ、と果物を絞るような音で目を覚ます。
 瞼は開けない。
 余計なものが見えるからだ。
 ――しかし、そのまま放って横になっていると、今度はしわがれた呻き声が始まってしまう。数分以内に身体を起こし、室内を見渡したりせず、速やかにカーテンを開けなければならない。
 初めの頃はそうと知らず、この音は一体どこから聞こえるのだろうと、四つん這いになって耳を澄ませたりしていた。
 ふっ、と衣装ケースの陰から覗く目と視線が合ったのは、そんな時である。
 フローリングの床に、女の頭の上半分だけが置いてあり、それが彼を見ていた。
 その目は黒目がどこだかわからないほど充血していた。

 昼夜逆転の生活に馴染めないせいか、彼の食事の時間は定まらない。
 もうながらくの間、腹が減った時に食う、というような状態である。
 スマホをいじりながら、八十円で買ってきたカップ麺を啜っていると、出し抜けに思い鉄のドアが〈ガンガンガンガンガンガンッ!〉と殴りつけられる。
 こればっかりは毎回、ギクッと飛び上がってしまう。
 慣れない。食べ物をこぼしてしまうこともある。
 驚いたあとは当然腹が立ち、外廊下へ飛び出したりもするのだが、それで犯人を見つけられたということは一度もない。

 珍しく誰かと電話をしたりすると、その通話音声に、苦しそうな呼吸音が混じる。
 話が長引けば長引くほど、それの音量も上がっていく。
〈ゲエエエ……、ゲエエエ……、ゴフッ、ガフ、ゲ、ゲエエエ……、ゲエエエ……〉
 相手は不気味がり、ほどなく通話を切られる。
 向こうにも聞こえているのだ。

「――まあ、この辺まではまだ、我慢できますよ。我慢できるようになってくるんです、住んでるとね」
 ただ――どうしても不安に感じてしまう要素というのもある。
 このままではマズいかも知れない、あと数万円高くなっても、引っ越したほうがいいのだろうかと考える瞬間。
 それは、たとえば休みの日の明け方――。
 生暖かい風が下から顔を撫で上げ、ハッ、と彼は正気に戻る。
 薄汚れた灰色のビル群が、薄明の中で亡霊のように並んでいる。
 曽合君はいつの間にか、自分がベランダに立っているのを知る。
 寝ぼけたのだろうか。
 いや、横になった記憶はない。
 安い缶コーヒーを飲みながら、スマホで漫画を読んでいた筈だ。
 一体いつの間に立ち上がり、窓を開け、外に出たのか。
 まさか自分は、ここから、飛び降りるつもりだったのか――。
 足の裏は土ぼこりでザラザラして、髪の毛も口の中も埃っぽい。
 シャワーでも浴びようと浴室へ行くと――また、バスタブが真っ赤に染まっている。

 できるだけ早く引っ越したほうが良いと忠告したが、それなら引っ越し代を都合してくれと言われた。半端な善意はいらないんですよ、と。
 なるほど、そうかも知れない。
 こちらが言えることはなくなり、彼も口をつぐんだので、取材は終わった。

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著者紹介

○編著者
松村進吉(まつむら・しんきち)
1975年、徳島県生まれ。2006年「超-1/2006」に優勝し、デビュー。2009年から老舗実話怪談シリーズ「超」怖い話の五代目編著者として本シリーズの夏版を牽引する。主な著書に『怪談稼業 侵蝕』『「超」怖い話 ベストセレクション 奈落』など。近著共著に丸山政也、鳴崎朝寝とコラボした新感覚怪談『エモ怖』がある。twitter@out999


○共著者
深澤夜(ふかさわ・よる)
1979年、栃木県生まれ。2006年にデビュー。2014年から冬の「超」怖い話〈干支シリーズ〉に参加、2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干シリーズ〉の共著も務める。単著に『「超」怖い話 鬼胎』(竹書房文庫)、松村との共著に『恐怖箱 しおづけ手帖』(竹書房文庫)がある。

シリーズ好評既刊

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