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【連載小説】 この素晴らしい世界を 【最終回/全五回】

朝方、聞き覚えのないスマホからの緊急ブザーの音で叩き起こされた。送り主は『日本政府』。
テレビをつけると大統領がこう言った。あと24時間で人類は突然の終わりを迎える事になったと。
僕は彼女と最後の日常を過ごす為に、旅へ出た

 十八時間後。零時。

 決められている作法を正しく守るように、僕らは静かに抱き合った。紗希の熱と肌、息遣いの全てが愛おしくて何度も何度も触れ合った。花火の音数が段々と減って行き、やがて外から聞こえて来る嬌声も少なくなった。

 外の気配を心寂しく感じる度、僕らは求め合い、何度尽きようとも肌を重ね合った。
 そうして紗希の温もりを肌で感じたまま、知らぬ間に眠りについてしまった。

 二十二時間後。午前四時。

 点けっ放しのラジオの声で僕は薄っすらと目を覚ました。隣で眠る紗希を抱き寄せると、紗希は先に起きていたようだった。
 震える声で、紗希が言った。

「怖くて、見れないの……さっきから見えてるみたいだけど」
「何が……?」

 紗希は質問には答えず、ラジオからDJの声が聞こえて来る。

「皆さん、空に輝いている一際大きな星に気付かれましたでしょうか。えー、既にご覧になっている方も大勢いらっしゃると思います。いよいよ、と言う事なのでしょう。どうやら、バチカンでは最後の祈りが始まったようです」

 窓の外を見上げると、月とは違う方角に大きな輝きが浮かんでいるのが目に入った。
 世界の終わりがやって来たのだ。鼓動が早まり、息遣いが荒くなる。

「あれが、そうなのか……」
「之彦、分かってたのに……私、怖いよ」

 震える紗希を強く抱き締めた。抱き締めるとすぐに僕も震え出した。もうすぐ、僕らは死ぬ。 

 電気を点けようと思ったがいくら操作しても灯りは点かなかった。外を見ると街灯も消えているようで、窓を開けると街中が真っ暗になっていた。洗面所に行ってみると水も出なかった。ライフラインはすべて停止したようだ。

 しばらくの間、僕らは無言でベッドに腰掛けていた。溜息を何度か吐き、徐々に明るくなる窓の外の大きな輝きから目を背けた。

「こんなもの来なければ、真理はあんな最後を迎えなくて済んだのに……」
「あぁ、本当に……」
「私達だって、幸せな家庭を築けていたかもしれないのに」
「せっかくお義父さんに認めてもらえたのに、もう終わるんだ。全部、終わっちゃうんだよ」
「宇宙から見たら隕石なんて小さな石ころ一つだよ。そのせいで何もかも終わっちゃうなんて」

 語気を強めてそう言うと、紗希は掛けていたコートを羽織り、僕にもコートを着るように指差した。

「落ちて来るの、あと少しなんでしょ? ムカつくから最後にその姿見てやらない?」
「そうだな……俺達を終わらせる酷い奴をこの目で見てから、死のうか」

 ラジオを手に階段を下り、玄関を出ようとすると紗希の両親から声を掛けられた。
 母は心配そうに僕らを眺めていたが、父は目を真っ赤にしながら泣いていた。
 僕と紗希は手を繋ぎ、何も言わずに力強く頷いた。もう、これで最後になるだろう。母が「行ってらっしゃい」と言うと、紗希は「行って来ます」と泣きながら別れを告げた。

 二十三時間後。午前五時。

 空が一番開けている河川敷に向かうと、あちらこちらで身体を丸くして眠る大人達が目に付いた。酒を飲み過ぎたのか、あからさまに動けなくなっているような者もいた。
 カップ酒を片手に小さなキャンプ用の椅子に座って空を見上げていた老人が、通り過ぎる僕らに声を掛けて来た。

「よぉ、兄ちゃん達。良い人生、送れたかぁ?」

 僕と紗希は顔を見合わせ、声を揃えて「はい」と返事をした。すると、老人は親指を立てて笑って見せた。僕らも親指を立てて笑った。

 インディゴブルーの朝焼けの中に、白くて大きな光が浮かんでいる。時間が経つにつれ、その光がどんどん大きくなっていく。

 僕らは肩を寄せ合い、河川敷のベンチに腰を下ろした。今日を迎えたばかりの鳥達が鳴き始め、空はいつもと同じような青色に染まって行く。
 空が明けると、沢山の航空機が空に螺旋を描き始めた。何処にも逃げ場が無いと言うのに、隕石の落下後は一体どうするつもりなのだろうか。

 光が近くなって来ている。紗希と言葉を交わせるのも、あと少しで終わろうとしている。

「紗希。生まれ変わるとしたらさ、また一緒になろうな」
「うん、絶対ね。次は多分、地球じゃないんだろうけど」
「ヘンテコな星でもさ、紗希と一緒なら俺は嬉しいよ」
「足が六本あるかもよ?」
「ははは、俺はそれでも構わないよ」
「ねぇ」
「うん?」

 眩い光が強くなり、空一面が光り出す。

「一度だけでいいから「おまえ」って呼んでみて」

 地面を叩き付けるような風が一瞬、強く吹く。

「おまえ」
「何?」
「おまえを、愛してる」
「はは、似合わないけど、嬉しい」
「おまえは?」
「私は、あなたを愛してるよ」

 ラジオからはDJのテンションの上がった声が聞こえて来る。

「皆さん、もう間もなく、お時間のようです! 僕らは生きていました、生きていましたよ。この素晴らしい世界を、どんな言葉で伝えても、どんな色で表しても、力及ばず伝え切る事が出来なかったのが唯一の心残りです! 皆さん、僕は傍にいますから! 僕が最後の最後まで、傍にいますから! ありがとう! 最後はこの曲でお別れしたいと思います! ザ・ビートルズで、オール・ニード・イズ・ラブ!」

 ラジオから流れ始めた人類最後のナンバーはビートルズだった。僕は心の中でそっと、声を届け続けてくれたDJにありがとうと伝えた。ラジオとは対象的に音も無く、眩い光は大きくなって行く。直視出来ないほど眩くなった光が煙のような尾を引き始める。
 すると、青空にぽっかりと開いた空間に、宇宙が広がって星が見えた。
 身体が無意識に震え出したが、紗希を精一杯力強く抱き寄せた。僕らは何が起きても離れないように、強く抱き締め合う。

「おまえを愛してる」
「あなたを愛してる」

 辺り一面の景色が音のない光に包まれて行く。青空が光り輝き、昇り立ての太陽が消える。
 
 それでも、紗希の優しげな顔だけは見えている。
 ビートルズが「愛こそすべてさ」と歌っている。
 そうだ、その通りだ。僕も紗希も、まだ生きている。こうして、生きている事を伝え合えている。
 唇を重ねる。湧き出した想いが募り、溢れ出る。僕らの「愛してる」という囁きは大きくなり、次第に叫び声に変わった。

 この素晴らしい世界で、僕らは愛し合っている。  
  
 世界の最後の瞬間まで、愛し合っていられる。
 紗希の肌が触れる。柔らかく、優しい感触が伝わる。
 愛を伝える言葉は途切れる事なく、絶え間なく続いている。
 眩く真っ白い光が、僕と紗希の間を隠してしまう。
 それでも、大丈夫だ。
 紗希の想いが、そして触れている感覚が、伝わっている。

 眩い光が収まった瞬間、地面が激しく波を打った。ビートルズの歌声は轟音の中に消えて行く。
 それでも、紗希の声は届いている。きっとまだ、僕の声も届いているはずだ。

 肌に触れている温度が、感触が、急激に愛しくなる。

 もうすぐ僕らは微笑みながらひとつになって、光の中へと消えて行く。




お読み頂きありがとうございました。
地球最後の日ってどうなるのかな?と思って調べているうちに行動心理学やインフラ、物理現象含め面白い発見が沢山あったので小説にしよう!と思い書いたのが今年の初めくらい。
所々直しましたが、今読むと若干文章がギクシャクしているなぁと感じるのはさほど書き慣れていなかったからなのでしょう。
それもそのままに、たまには王道的なストーリーを書いて載せてみようと試みてみました。

お付き合い頂き誠にありがとうございました!

大枝岳志

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