見出し画像

5分で8コマ漫画を描く

新しい事業をつくる人、と聞いてどんなイメージを持つだろうか?好奇心旺盛な人、強い意志を持っている人など、ポジティブなイメージを持つ人が多いかもしれない。僕もそう思っていたところがあった。でも、新しい事業をつくる研修プログラムの運営に関わる中で、事業をつくる人について少し異なる印象を持つようになった。

僕は、7年ほど前から昨年(2020年1月ごろ)まで、毎年のように20〜30人の社会人が集まり、新たな事業アイデアをつくる研修プログラムの運営に関わっていた。

ある地方自治体が主催の研修プログラムを例に取ってみよう。その研修では地元企業の若手社員が25名ほどが集まり、約半年間をかけて新しい事業アイデアを開発する。研修はだいたい2週間おきの平日に開催される。なので、参加メンバーと運営スタッフは総計15日間ほどの時間を共にすることになる。

この研修は、単なる研修ではない。プログラムの最後に、社長など上層の上司を招いての成果発表会が行われるのだ。だから参加者にとっては、研修とはいえ仕事の一環であり、自分の未来の仕事につながる可能性もあるという、気を抜くことができない研修だ。「こういう挑戦をしたかったんです」と気合十分で参加する者もいれば、「僕、この研修参加して偉くなれるんですかね?」と困ったように打ち明ける参加者もいた。つまり、参加メンバーそれぞれのやる気や前提となる知識も異なれば、会社や上司からの期待もバラバラだ。それを半年の間で、より良い状況になるようにサポートしていくのが運営チームの腕の見せ所だった

僕の仕事の内容も、司会進行、スケジュール調整、リサーチ補助、コミュニティマネジメント、プレゼン制作補助など、多岐にわたった。てんやわんやの半年だ。それでも、僕はこの仕事を楽しんでいた。それは、参加者が普段とは異なる環境の中で、もがきながら変わっていく様を間近で見ることができたからだ。この人はすごそうだと思っていた人がそれほど伸びなかったり、気弱そうにしていた人がじわじわと輝き出したり、予想を裏切る変化が毎年のように起きた。

研修プログラムの集大成である最終発表プレゼンは、僕にとってみんなとの半年をふりかえる時間だ。良いものになったと嬉しくなったり、もう少し何かできたのではないかと悔しくなったり。しかし、最終プレゼンの良し悪しは、もはやその人の能力や努力だけでは測れない。上司の理解や助けにもよるし、そもそも普段の仕事が忙しすぎる場合は、研修に意識と時間を振り分けることが難しい。それでも、この人はうまくやったな、良い内容に仕上がったなと思う人たちがいる。

いつの頃からか、そういう人たちに共通する特徴の1つが「相談上手」であることに気づいた。自分のアイデアや思いつき、考えてきたことをうまく相談し、有益なアドバイスを得て、アイデアをより良くしていけるのだ。ならば、とにかく相談すれば良いのかというとそういうわけではない。自分がここまで考えた、こんな資料をつくってみた、こんなことで悩んでいる、と相談の中身にある程度の「濃さ」があることが重要だ。

相談上手の人たちを見て、僕が勝手に名付けたのが「6割の法則」だ。自分が100%頑張ってから相談しようと思っている人は、永遠に相談できない。自分の中で5割とか6割ぐらいの出来なのだけど・・・と思うぐらいのところで相談できる人は強い。実りのある相談の回数が多くなるからだ。しかし、それをはじめからできる人は少ない。だから、僕は研修プログラムでも「5割の出来でいいから相談してください(真面目な人が5割やれば6割以上になる)」とよく伝えていた。

考え方としては「プロトタイプ」と呼ばれるものと同じだ。原型や模範という意味で、元々はプロダクトデザインや建築などものづくりの世界で使われていた概念だ。今や「とりあえず何か形にしてみよう」というくらいの意味でさまざまな場面で使われているが、意外と知られていない大事なポイントがある。何のためにプロトタイプするのかという点だ。1990年代にアップルの研究者が書いた「What Do Prototypes Prototype?(プロトタイプは何をプロトタイプするのか)」という短い論文がある。そこでお勧めされているのが、作ろうとする製品を「役割(Role)」と「実装(Implementation)」と「外観(Look and Feel)」の3つの要素に分けて考えて、要素に合わせたプロトタイプを作ろうというものだ。新しい事業を考える場合にまず考えべきなのが「役割」だ。その事業によって、どんなことが実現できるのか、どんな人に使ってもらい、どんな良いことが起きるのかといったことを確かめるのだ。

スクリーンショット 2021-05-07 17.12.55

「役割」型のプロトタイプとして、僕がおすすめしたいのが「8コマ漫画」だ。紙とペンさえあればでき、何度も描き直すことができる。研修プログラムの後半にも、このプロトタイプを作る作業日がある。普段は進行役であることの多い僕が、意気揚々と前に出て「研修講師(ファシリテーター)」になる1日だ。

いつも最初にやるワークはこんな感じだ。
まず、A4のコピー用紙とペンを用意する。そして、コピー用紙に8マスの折り目をつける。そこに自分が考えているアイデアを8コマ漫画で表現する。これだけだ。

多くの事業は、誰かの「困りごと」を解決するものだから、8コマの中で、どんな人が、どんなことに困っていて、それをどんなサービスやプロダクトで解決し、どんなハッピーな状態になるのかを描けば良い。絵が上手い必要は全くない。むしろ下手な方が良い。それでも、手が動かない人がいる。なので、僕はここで5分以内という制限を設ける。時間通りにできなくても良い。とにかく、何かが描かれていることが大事だ。そして、出来上がったものを誰かに見せながら説明してみよう。

するとどうだろうか?
良いポイントも、全然ダメなところも見えてくるはずだ。こうした方が良いのではないかというアイデアも生まれる。ならば、また8コマを新しく描いてみる。コマ数が足りないと感じたなら10コマにしたって、16コマにしたって良いが、8コマはアイデアの要点を編集するのにちょうど良い分量だ。これを繰り返していくことでアイデアの原型が形づくられていく。「ストーリーボード」というカッコいい別名もある。

実は、この8コマ漫画は「相談下手」な人にこそ効果的だ。僕たちの研修プログラムの後半には、実際に新規事業を立ち上げたり、会社を起業したりしてきた先輩経営者と直接相談できる機会をつくっていた。そんな時も、8コマ漫画が役に立つ。想定するお客さんが経験するストーリーを漫画で見せることで、一気に理解が進み、有益なアドバイスをもらえるようになる。もちろん、最終プレゼンで漫画を大活用して、社長の説得に成功している人もいた。漫画ストーリーにはパワーポイント資料にはない力がある。

何か新しいことを始めようという人にはぜひ8コマ漫画を薦めたい。それを持って、どんどん相談して、何度も描き直す。そうこうしているうちに、仲間や協力者が増え、プロトタイプは手の込んだものになり、プロダクトができているかもしれない。

たかが8コマ、されど8コマ。かくいう僕も、久しぶりにA4用紙を引っ張り出してこようと思い始めている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?