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6年かけてワッピンギルドをリリースするまでの話

皆様、初めまして! クリエイター専用テレワークアプリ「ワッピンギルド」を仲間たちと日夜、開発しております。株式会社サーベイボックス 代表取締役の小林武尊です。

以後お見知りおきのほど、よろしくお願いします。

何故noteを書いたのか!?

今回、6年越しの想いが実を結び、ワッピンギルドのiOSアプリをリリースすることが叶いました。記念すべきこの節目に、今までの想いの丈を皆様と一緒に振り返りながら、目指したい近未来の話をしたいなぁと思いnoteを書いております。

もしも御用とお急ぎでない方は、しばしの間お付き合いをいただけましたら、大変嬉しく存じます。

ワッピンギルドとは!?

ワッピンギルドとは、「UI/UXデザイナー」「藝術家」「音楽家」「電子工作家」などの技能領域で卓越した技能スキルと、強烈な世界観を持ったクリエイターさんが発行した「クエスト」と呼ばれるデジタルお仕事トークンを介してご仕事のやりとりができるアプリです。

SF漫画や、空想科学、RPGゲームみたいに、誰もが自分だけの個性で生きることが出来たら楽しそう。

ワッピンギルドとは、この世界を「ゲームの考え方」で拡張したいという、一見すると子供なら一度は思いつきそうな途方もない空想を

私が早稲田大学社会科学部で学んだ市場経済学、文化人類学、脳神経学、心理学、哲学を応用し、発明した「仮想労働市場」という経済モデルを用いて、誰もが幸う21世紀の未来をデザインしたいという想いで、6年間かけて、色々な方々と実証実験をしながら、ようやく仲間たちと実装できたプロジェクトです。

改めて、こんなメンバー2度と揃わないのでは!? と思うくらいの最強チームと共にワッピンギルドを開発することが出来て、本当に夢が叶うような心持ちであります。

なぜ、6年間も先の見えない「ワッピン」プロジェクトを創作しつづけられたかと、よくお尋ねをいただき、自分でも「どうして6年間、ひと時も心休まることなく邁進できたのだろう?」と疑問に思うことがありますが、

これはおそらく幼少期の強烈な原体験に基づいている部分が大きいと、改めてリリースした今、自分を振り返ってみると気づきました。

フルボディのワインくらいに、重めの話ですが今日まで生き存えてきた私の人生を、せっかくの機会ですので、皆様と一緒に振り返っていきたいと存じます。

空想と現実の狭間で

幼い頃から、私はSF漫画やRPGゲームの世界へ夢を馳せて胸を躍らせていました。

科学技術がもっと進歩すれば、誰もが幸わう21世紀がやってくると本気で信じて、色々な空想に耽りながら、強烈な個性を爆発させて育ちました。

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(ウルトラマンのポーズをする幼少期の筆者)

しかし、幼稚園の頃とは違い、小学校に入るとまったく違った現実が待ち受けていました。

みんな同じで、みんな良い。

私にとって、この言葉は呪いでした。

昔から色々なものを分解したり、はたまた新しく組み替えながら、この世界にまだ存在しないものをつくることが大好きで、同時に、少し授業中に落ち着きがなく動き回る感じの私は、その当時の日本の教育システムからしたら、異常な存在できっと排除される対象だったのでしょう。

当然、教室からも先生からも疎まれてしまい、私は色々なことを学びたいと思っていたので学校に行きたかったのですが、学校側から「普通じゃないお前がくると和が乱れる」とのことで、校長室登校を命ぜられたこともありました。

結果として、私は小学校と中学校を合わせて6校ほど退学および自主退学になってしまい、学校にはもちろん、社会にも、そして家にも居場所はどこにもありませんでした。

インターネットに救われた

そんな中で私が唯一手にいれた居場所が、無限に広がるインターネットの世界でした。

それは今から十数年前の、インターネットがまだ黎明期と呼ばれていた頃で、学校や家とは違い、ものすごい強烈な個性や、独自の世界観を持った凸凹な人たちが、自由に語り合える世界が広がっていました。

今ほど便利ではなかったけれども、それはそれは楽しい世界で、幼稚園ぶりに友達もたくさん出来ました。

突然、崩れ去った日常〜絶望の淵で

そんなこんなで数年が経った2010年の初春、まだ寒空の広がる中、私は自作したPCで、まだ世界に存在しない新しい価値をもたらせるサービスを空想しておりました。

きっと幼稚園の頃、泥だんごを誰よりもピカピカに磨き上げて、みんなの前で先生からずっと褒めてもらった成功体験が脳裏に染みついていて、世界からも褒めて欲しい、認められたい、無条件の愛を受けたい、そう思ってことが創作の原動力になっていたのだろうと思います。これは今でも変わっていません。

もちろん母も父も、とても辛かったことでしょう。訳のわからないネットの世界にのめり込み、プログラミングやデザインという、その当時からすれば全くのトンチンカンで、無意味にも見えることに時間や人生を無限に費やす、我が子を見ることは。

そんなこんなで、私に愛想を尽かした両親は児童相談所という矯正施設に私を入れる準備を進めていたらしいです。 (もちろん、私はその旨を知る由もなかった..)

今の日本国では「この子はうちにいらない」と親が思えば、電話一本、ものの30分で子供を親元から引き剥がし児童相談所に連れていってくれるのです。

朝の5時、昨日まで当たり前だった自由は一瞬にして崩れ去ってしまった。

『いいか、お前たちはみんな社会からはみ出した。お前たちは存在しない。』

児童相談所の空気は、息もつまりそうなくらい画一的な閉塞感で、窓についた可愛らしいお花のカタチをした鉄の格子越しに見える外の世界はとても輝いて見え、自由に、大空高く舞う鳥がひたすらに羨ましかったです。

突如として生命の尊厳をすべて奪われて、心が引き裂かれるような想いで深く絶望しながらも、「新しい生活」に必死に立ち向かっていくのでありました。

ちなみに、当時は思いもしなかったのは、この児童相談所の目の前に、今、ワッピンギルドの動力源となっている早稲田大学の理工キャンパスがあるということ。なんたる偶然なのか!!!

個性をつぶす児童相談所に収容された6ヶ月

刻一刻と過ぎ去る「生命」という時の流れに身体がふき飛ばされそうになる中で、単純・無個性なルーティーンの日々は、一瞬一瞬が永遠のように感じられました。

毎日ひたすら惨めな気持ちで反省して、矯正しなければならないんだ。』

『虐待を受けた奴も、不登校のやつも、みんなお前たちに原因があるからそうなったんだ。』

『個性を矯正して「普通」に治すんだ。』

時には寒空の下、一人で涙を呑んだ事もあったかもしれません。

愛別離苦の悲しみと、自由や生命の尊厳を踏みにじられ、個性をつぶされたときに生きることをあきらめそうになった事も、足の指も使ったら数えられそうなくらいはあったかもしれません。

当時は子供ながらに、未来を夢描きながら、一日千秋の想いで、必死に生きることをあきらめずに、今まで生き存えてきました。

その昔、日本を訪れた外国人が口々に「子供の楽園」と形容していた頃の逝きし世の面影は、何処へいってしまったのだろうか。

あの輝ける栄光の21世紀はどこに行ってしまったのだろうか。

幼い頃に夢焦がれた「約束された未来」はどこへいってしまったのだろうか。

車は大空高く飛び、悪い敵が現れても忍者やウルトラマンがどこからともなく現れて護ってくれる。人類はあらゆる苦しみからも自由になり、誰もが幸わえる21世紀は待てど暮らせど私を訪れなかった。

ロボットも人間も、誰もが個性を輝かせて、みんなが心を通わせながら生命の時間を全うできる21世紀の未来はどこへ行ってしまったのだろうか。

文明の曲がり角に、逝きし世の面影を探る。

幕末から今まで、日本は西洋文明に追いつけ、追い越せと一生懸命だったことでしょう。

しかし文明の燈火が、日没と共に蔽い被さる夜の闇をことごとく切り裂いて、昼に還すことができないように、自然から背を向けて、心が頑なになった人類に進歩の道は閉ざされるだろうと私は感じます。

古きを訪ね、新しきを知るかのように、この島に縄文時代から宿る長い時間軸の中でじっくりと物事を深く考えてゆきたいと考えております。

クルマが空を飛ぶ時代という近未来のハードウェアにも対応できるような、ソフトウェア的なこころの面での進化を成し遂げないといけないのであります。

物心両面が繁栄する21世紀の未来をデザインしよう。

PanasonicやSEGA、SONY、TOYOTAに続き、次の時代も日本が世界の中心となり、新しい令和の御代に、今までで一番最高な文明を築き上げよう。

物も心も満たして日本の経済を再興したい。
もう一度この国の良さを持ち直してみたい。

すべての夢追い人が個性を輝かせながら多様な価値を生み出し、まるでパズルみたいに互いに交歓し、集合知のように途轍もないパワーが生まれる世界をめちゃめちゃ強い気持ちで祈念しております。

無限大の想像力を持った子供の想像力をもっともっとかき立て、ワクワクさせながら、個性を爆発させる教育、そして経済圏を創造しなければならない。

SF漫画やRPGゲームの世界から、幸せな未来を切り拓く。

まるで日本がまるごとテーマパークになったように、すべてのクリエイターが自分だけのキャラクターや、個性で輝かせながら、夢や希望の中で生きていける世界をつくりたい。

私が恋焦がれた日本の職人文化の高い精神性や、クリエイター魂を次の時代に護り抜くために、個性を爆発させながら色々な事業をつくってきました。

自分自身も金勘定の事よりも、ひたすら最高なインターフェイスデザインをつくるという職人魂にこだわりすぎて、なかなか事業を通じて幸せにできる人の数も限られていました。

このように、おもちゃ箱ひっくり返したような経営スタイルだったので..

ありとあらゆる事が上手くいかなかった。

私の考えが至らなかった結果として、思うこと為すことすべてが惨憺たる結果を招いて、まるでテリーギリアムのドンキホーテばりに、最高に荒波・いばら・大嵐の6年間でした。

しかし、私は物事がうまくいかなかったりすることの方がむしろ平常運転で、6年間異常なまでにハッピーモードと鬱モードを繰り返しながら、愛と魂を込めて1日1日を大切に創作活動を続けて参りました。

思い返してみると嵐のような我が人生

日本での私の最終学歴は幼卒です。どんな嵐が吹き荒れても、どうってことはないって思えますよね。(早く大卒が欲しい..)

光があるとこに影があり、過去があって今があるように、私は過去を嘆いたり、悔やんだりしていません。

むしろ私にとって過去の影の部分は、むしろ強烈な光をも感じさせるのであります。

そんな影の重みを、愛や真心などのポジティブなエネルギーに転換し、すべてプロダクトデザインに落とし込みました。

ずっと生きづらさを抱えながら、激動の人生にも負けずに未来にドデカい夢を描きながら生命の燈火を護り抜いてきた。

あらゆる艱難辛苦を超克してきたからこそ、その経験を活かして人類の進歩の為に私の全生命を捧げたい。 もっと全人間的、全人類に生きたいと念じております。

日本が世界に誇る未来を夢見るチカラを復活させて、誰もが希望に満ち溢れて、物心両面の繁栄する21世紀の未来を一緒にデザインしましょう!


6年かけてワッピンギルドをリリースするまでの話

そんな想いが叶い、時の運にも恵まれて、ようやく私の原体験や、想い、そしてクリエイティブのすべてを込めて「ワッピンギルド」として、「これは絶対に最高なアプリである」と世界に宣言できるモノが、ようやく陽の目を見れることが嬉しくて仕方がないのです。

マジで頑張ってきてよかったって、今では少しづつ自分を褒められるようになりました。

お付き合いを賜り、本当にありがとうございました。

チームのほとんどが、卒業や就職を控えていて文字通り最後の打席で、企業体力も残りわずかですが、大逆転ホームランを打てるように、これからも頑張り続けます。

これからも一生懸命に仲間たちと一緒に、ワッピンギルドをもっともっと最高なサービスにしていけるように奮励努力してまいります! また近いうちにお会いしましょう!

ワッピンギルドのサービス開始を記念して。
小林武尊  拝


なお、タイポグラフィとかも全部魂を込めて、アプリ用に書き記した詩文は、こちらのリンク先でご覧いただけます! もしも私たちの想いに興味を持ってくださった方はこちらもご高覧いただけると幸いです。


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恐悦至極です。。
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クリエイター専用テレワークアプリ「ワッピンギルド」を仲間たちと開発しております。個性と空想科学のチカラで、誰もが幸わえる21世紀の未来をデザインしたいです。