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§231.02 必要経費の意義

1.事件のその後

 (略)

2.事案の検討

⑴ 本件判決は、必要経費を控除する根拠をどのように述べているか。

(ケースブック租税法〔第6版〕279頁)

 本件判決(ロータリークラブ会費事件判決)は、必要経費を控除する根拠を次のように述べている。「法37条1項が、事業所得の金額の計算上必要経費の算入を認めている趣旨は、総収入金額のうち、課税対象を所得に限定し、投下資本の回収部分に課税が及ぶことを避けるためであると解される。」

⑵ 本件判決は、ある支出が所得税法37条1項後段の一般対応の必要経費に当たるためには、どのような要件を満たす必要があるとしているか。また、その要件が必要なことを、どのように理由付けているか。

(ケースブック租税法〔第6版〕279頁)

 本件判決は、「個人の支出のうち、事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、支出が事業に係る収入を生み出す業務に直接関連して支出されたものであり、当該業務の遂行上必要なものに限られるというべきである。」とし、「上記関連性及び必要性の判断は、関係者の主観的判断を基準とするのではなく、客観的に判断されるべきである。」とした。すなわち、直接関連性と業務遂行上の必要性という要件を満たす必要があるとしている。
 これら要件が必要となる理由としては、必要経費の控除を適切に行うためには、投下資本の回収部分である必要経費と所得の処分である家事費とを明確に区別する必要があるところ、①所得税法37条1項後段が、一般対応の必要経費について「所得を生ずべき業務について生じた費用であること」を求め、②同法45条1項・同法施行令96条1号が、「経費の主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分できるもの」を、2号が、「事業所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされるもの」を、必要経費として算入される家事関連費としているということから、直接関連性と業務遂行上の必要性という要件を導き出している。

⑶ 所得税法45条1項1号、同施行令96条1項1号と所得税基本通達45-2を比較し、後者の方が必要経費に算入しうる家事関連費の範囲を広く認めていることを確認せよ。その上で、通達の内容の合理性を検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕279頁)

 この点、所得税法施行令96条1項1号は、「家事上の経費に関連する経費の主たる部分が……業務の遂行条必要であり」と定めているが、所得税法基本通達45-2は、この要件について、「その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする」と定め、「主たる部分」を「50%超」としている。しかし、続けて「ただし、当該必要である部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない」としている。この但書において、通達は、法令よりも、広く必要経費算入を認めていることが確認できる。
 この通達の内容の合理性であるが、「この扱いは、厳密には租税法律主義(合法性の原則……)との関係で問題が残りますが、収入のうち『所得』にあたらないものを除くという必要経費の理論的意義に照らせば、明らかに必要経費にあたるものを控除するという扱いですから、その内容は正当なものであるといえます。」(佐藤〔第4版〕284頁参照)

3.37条1項前段の必要経費

 (略)

4.必要経費に該当する「外れ馬券の購入費用」

⑴ ①以下に引用する最判平成27年3月10日〔§225.02 N&Q 1.参照〕の控訴審判決の判示を読み、この事件の第一審判決と控訴審判決が、それぞれ、「外れ馬券」の必要経費算入をどのように説明しているかを整理せよ。また、②外れ馬券民事事件(§225.02)における最高裁判決の法廷意見はどのような立場を採ったと考えられかを検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕279-280頁)

設問①について

 控訴審判決は、本件馬券購入行為を一連の行為ととらえて全体的に見て、外れ馬券の購入費用は、「直接に要した費用」(所得税法37条1項前段)にあたると考えた。これに対して、一審判決は、外れ馬券は、特定の当たり馬券と対応関係にないことから「直接に要した費用」にあたらないと判断したうえで、特定の当たり馬券による「所得を生ずべき業務について生じた費用」(同項後段)にあたると考えた。
 すなわち、控訴審判決は、業務を広く捉えることで、売上と売上原価のような個別対応を認めたのに対して、一審判決は、業務を狭く捉えたうえで一般対応を認めたといえる。両判決とも、必要経費に該当するという結論においては一致している。

設問②について

 外れ馬券民事事件の判決は、「Xは、偶然性の影響を減殺するために長期間にわたって多数の馬券を頻繁に購入することにより、年間を通じての収支で利益が得られるように継続的に馬券を購入しており、そのような一連の馬券の購入により利益を得るためには、外れ馬券の購入は不可避であったといわざるを得ない。」と述べたうえで、「本件における外れ馬券の購入代金は、雑所得である当たり馬券の払戻金を得るため直接に要した費用として」、所得税法37条1項にいう必要経費に当たると判断した。このため、控訴審判決と同様、個別対応があると捉えて、同項前段を適用して、必要経費該当性を認めたものと思われる。

⑵ この点については、最判平成27年3月10日に付された大谷剛彦裁判官の意見では、以下のように述べられている。これを読んで以下の①〜③を検討せよ。
 ① ある支出の必要経費性を判断する場合に、「広く一般国民から理解」されるか否かを考慮することは適切か。
 ② 法廷意見の立場に立った場合に、大谷意見に対してどのような反論が可能か。
 ③ ⑴を含めたこれらの検討の結果を踏まえ、「外れ馬券」の購入費用を雑所得の計算上どのように扱うべきかを検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕280頁)

設問①について

 租税法律主義(憲法84条)の観点からは、租税法の制定・変更だけではなく、解釈にあたっても民意に配慮することは大切であると思われる。このため、支出の必要経費性の判断にあたって、広く一般国民から理解を考慮することは望ましいことではなかろうか。ただ、具体的な事案の処理にあたっては、広く一般国民から理解されるか否かについて、議論が生ずるようにも思われる。

設問②について

 ご意見は、払戻金は、当たり馬券から生ずるものであり、外れ馬券と因果関係がないということを指摘するものと思われる。法廷意見の立場からこれに反論するとするならば、外れ馬券からも払戻金が発生していることを論証する必要があると思われる。そこで、外れ馬券が発生することを前提として行為態様により払戻金を得ているということ、すなわち、「Xの本件馬券購入行為の態様が、競馬予想ソフトや競馬情報配信サービスを利用し、馬券の大量購入を反復継続して払戻金を得るというものであ」ることを指摘し、反論することができるのではなかろうか。

設問③について

 これまでの検討を踏まえると、必要経費性は、所得の稼得に向けられた経済活動の態様との因果関係によって、個別対応、一般対応、対応なしを決定すべきなのではないかと思われる。外れ馬券事件については、法廷意見の認定する態様で、本件馬券購入行為があったのであれば、当たり馬券の払戻金と個別対応していると考え、必要経費性を認めることができるのではないかと思われる。

⑶ ある支出が、所得税法37条1項の「直接要した費用」と「所得を生ずべき業務について生じた費用」のどちらに当たるかを争う実益としては、どのような点が考えられるか。法人税に関する§324.01§324.02参照。

(ケースブック租税法〔第6版〕280-281頁)

 「直接要した費用」と「所得を生ずべき業務について生じた費用」のどちらに当たるか争う実益は、前者については、債務の確定は要求されていないのに対して、後者については、「(償却費以外の費用でその取りにおいて債務の確定しないものを除く。)」と定められており、債務の確定が要件となっているという差に求められると思われる。すなわち、債務の確定していない費用については「直接要した費用」にあたると主張し、必要経費算入を主張することが考えられる。

5.支出の主体

 この判決(逆ハーフタックスプラン事件)の考え方が必要経費にも及ぶかどうか検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕281頁)

 この判決は、所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」という文言が、支出の主体と収入の主体を同一であることを前提としていることを論じるにあたり、同項が、「一時所得に係る収入のうちこのような支出額に相当する部分が上記個人の担税力を増加させるものではないことを考慮したものと解される」ことに言及している。
 この考え方は、一時所得に固有のことではなく、同法37条が念頭においている所得分類にもあてはまるものと思われる。すなわち、所得税法は、課税単位を個人としており、その単位ごとに、純資産増加の有無を捉えている以上は、必要経費性についても、課税単位ごとに捉えるべきである。このため、この判決の考え方は、必要経費にも及ぶと考えるべきではないかと思われる。
 なお、「この判示は同様に必要経費にもあてはまるから、必要経費についても、『収入を得る個人が自ら負担して支出した』金額に限定されると解するべきである。」(佐藤〔第4版〕293頁)。

6.所得税における必要経費の意義と法人税における損金の意義

 (略)


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