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§234.02 所得税法56条の適用範囲


1.事案の検討

⑴ 本件判決(弁護士夫婦事件)の判断のポイントを2つにまとめよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕310頁)

1.所得税法56条の趣旨は、納税者間における税負担の不均衡をもたらすことを防止することにある。そして、その趣旨と文言に照らせば、「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同情の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用がある」というべきである。そして、このような同法56条の立法目的は正当であり、同条の要件は、適用対象を明確にし、簡便な税務処理を可能にするためであるから、立法目的との関連で不合理であるとはいえない。

2.同法57条の趣旨は、(企業と家計の区別が明確である点に求められるのではなく)「個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との間で税負担が不均衡とならないようにすること」に求められるのである。そして、その趣旨と内容に照らせば、同法が57条に定める場合に限って、同法56条の例外を認めていることについて、著しく不合理であることが明らかとはいえない。

⑵ 本件判決の判断の枠組みは、どのような判例に依拠したものか。

(ケースブック租税法〔第6版〕310頁)

 本件判決の判断の枠組みは、大島訴訟(§121.01)に依拠したものと思われる。つまり、同判決は、「そうであるとすれば、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である。」と判示しており、立法目的と規制手段の関連性を検証する枠組みに依拠していると考える。

2.所得税法56条、57条の適用関係

 個人事業主Aは、妻B、長男Cと同居して、小売業を営んでいる。店舗の敷地はBの所有であり、AはこれをBから賃貸借して、1ヶ月10万円の地代をBに支払い、Bはこの土地に関して年間24万円の固定資産税を納付している。また、Cは通常の使用人と同様の仕事をして、通常の使用人と同額の月額20万円の給与をAから受け取っている。AにはB、Cへの支払い前に800万円の所得があった。この事例について、①所得税法56条が適用されない場合、②同法56条が適用される場合、③同法56条、57条1項が適用される場合に、それぞれどのような課税関係となるかを比較し、それらの合理性を検討せよ。

(ケースブック租税法〔第6版〕310頁)

設問①について
 Aの事業所得の必要経費として、Bに支払った地代120万円とCに支払った給与240万円を算入することになるため、必要経費控除後の事業所得は、440万円(800万円−120万円−240万円)となる。
 Bは不動産所得の必要経費として、固定資産税24万円を算入することになるため、必要経費控除後の不動産所得は、96万円(120万円−24万円)となる。
 Cは給与所得として240万円を得ていることになる。

設問②について
 Aの事業所得の必要経費には、Bに支払った地代とCに支払った給与を算入できず、Bが支払った固定資産税を算入できることとなるため、必要経費控除後の事業所得は、776万円(800万円−24万円)となる。そして、Bは不動産所得がないものとみなされ、Cは給与所得がないものとみなされる。

設問③について
 Aが青色申告をしていないとすると、Aの事業所得については、事業専従者である長男Cの給与240万円のうち、50万円が必要経費とみなされて算入することができるが、配偶者Bの地代については、Bが事業に従事した対価ではないため、必要経費(120万円のうち86万円は必要経費とみなされない)への算入は認められない。このため、必要経費控除後のAの事業所得は、750万円(800万円−50万円)となる。Bは不動産所得がないものとみなされ、Cは50万円の給与所得を受け取ったものとみなされる。(所得税法37条3項、4項)
 Aが青色申告をしているときは、Aの事業所得については、事業専従者である長男Cの給与240万円が必要経費とみなされて算入することができるが、配偶者Bの地代については、Bが事業に従事した対価ではないため、必要経費への算入は認められない。このため、必要経費控除後のAの事業所得は、560万円(800万円−240万円)となる。Bは不動産所得がないものとみなされ、Cは240万円の給与所得を受け取ったものとされる。(所得税法37条1項)

 なお、以上につき、佐藤〔第4版〕228-234頁参照。

3.「生計を一にする」の範囲と56条

 所得税法56条における「生計を一にする」の要件が満たされていないと判断した事例として、以下の判決(小規模印刷業者家族56条不適用事件判決)がある。
⑴ この判決において、「生計を一にする」とはどのような状況であると理解されているか。

(ケースブック租税法〔第6版〕310頁)

 「有無相扶けて日常生活の資を共通にしていた」と認められるような状況の下、事業に従事した対価ではなく、生活費として、金銭が支給されているような状況であると理解しているようである。

⑵ 本件においてXとAらが「生計を一に」しないと判断されたのは、どのような事情があったからか。

(ケースブック租税法〔第6版〕310頁)

 ①当時長男Aと次男Bは、いずれも結婚してXとは別居していたこと、②Xの事業が小規模な個人事業であることを踏まえると、Aらに対する金銭の支給が、家族間の扶養の一態様として支給された生活費にすぎないとみることは社会通念に照らし当を得たものとはいいがたいとしている。このため、独立した生計を営んでおり、かつ、事業に従事している態様が、親族以外の雇人と比肩し得る程度の独立当事者間の関係にあったという事情を重視したのではないかと思われる。

4.課税単位と56条

個人単位主義を原則とするわが国の所得税制において、所得税法56条の制度をどのように位置づけるべきであろうか。また、同57条の制度をどのように考えるべきであろうか。なお、課税単位に関する§212.02§212.03 N&Q 3.を参照のこと。

(ケースブック租税法〔第6版〕311頁)

 個人単位主義の下、累進税率を採用しているため、所得分割による税負担の軽減が行われる可能性がある。このことは、親族間において行われやすいと思われる。このため、消費単位主義の考え方を適用し、親族間の所得分割による税負担の軽減を防ぐことに、所得税法56条の目的があると思われる。(佐藤〔第4版〕230-231頁)
 同法57条は、個人で事業を営む者と法人組織で事業を営む者との税負担の均衡を考慮していると、本件判決は判示している。これは、Aが株式会社で事業を運営したとき、配偶者Bと長男Cに支払う金額は、すべて損金算入が認められることとの均衡を考慮し、労務の対価についてのみ限定的に必要経費への算入を認めたことを指摘したものと思われる。これは、法人組織を利用することで、所得分割による税負担の軽減が(ある程度)可能になることを前提としているものと思われる。このため、同条は、一定程度の所得分割を認めた、妥協の産物のような制度のように見受けられる。

5.所得税法56条の妥当性

 所得税法56条は個人事業がどのような態様で営まれていることを前提としていると考えられるか。それは本件や関連裁判例に挙げた事例とどのように異なるか。

(ケースブック租税法〔第6版〕312頁)

 「所得税法56条立法当時の時代背景として、我が国の個人事業の多くが、事業主(世帯主)による事実上の支配関係の下、世帯ぐるみで営まれており、事業に従事する親族に対する対価の支払慣行がないか、支払があってもその金額の妥当性・適正性を判断することが困難な状況にあったことが指摘されている。」(清水誠・百選〈第7版〉「32 所得税法56条の適用範囲–––弁護士夫婦事件)本件の事例や関連裁判例にあげられた事例と比べると、それらの事例は、独立した事業者である夫婦が、独立当事者間の取引を行なっている事案のように見受けられ、上述の立法当時に想定された状況と異なる。

6.関連裁判例

 (略)

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