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【過去問】 子の調理師学費と妻のピアノ演奏料


1.問題

1 Aは、生計を一にする妻B及び子Cと同居し、飲食店を営む青色申告者である。
Aは、毎日夕方の開店から閉店までの間は、Cに調理の手伝いをさせる一方、Cに調理師の資格を得させてAの飲食店で調理師として働かせるため、昼間は、調理師専門学校に通わせていた。Aは、Cに対し、調理の手伝いに見合う給与のほか、調理師専門学校の授業料相当額を、学資金だと伝えて支払っていた。Cは、学資金名目の金員を調理師専門学校の授業料に充てていた。
 また、Bは、ピアノの演奏や教授を業としていたが、週末等時間に余裕があるときに、Aの飲食店で、ピアノの演奏を行い、その都度、Aから演奏料を受け取っていた。
2 Aが雇い入れた従業員甲は、自分の借金の返済などに窮したため、飲食店の売上金200万円を持ち逃げして、すべて使い果たした。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。
〔設問〕
1 ⑴ Cが支払を受けた調理師専門学校の授業料相当額の学資金名目の金員は、Cの課税上、どのように取り扱われるか。
⑵ AがBに支払った演奏料は、A及びBの課税上、どのように取り扱われるか。

(司法試験平成22年第1問設1)

2.出題趣旨

 本問題は、家族的事業についての課税の在り方を通じて、所得税法の基本的な理解と応用力を試すものである。まず、設問1⑴は、父親Aから子Cに支払われた学資金名目の金員について、授業料に充てられていた上記金員はCの所得に当たるのか、所得税法第9条第1項第14号の学資金又は扶養義務の履行に該当するとして非課税となるのか、若しくは給与となるかを踏まえて多角的に検討する問題である。
 また、給与とした場合には、家族内の費用支出の取扱い(所得税法第56条)についての言及も必要となる。この論点は、さらに,設問1⑵で、ピアノ演奏等を業としている妻Bに対する演奏料について所得税法第56条、第57条の適用があるかを、判例(最判平成16年11月2日判時1883号43頁)にも照らして検討することが求められている。

3.採点実感等

 第1問は、家族的事業についての課税の在り方を通じて、所得税法の基本的な理解と応用力を試すものであり、子の授業料に充てられた金員が非課税となるのか、妻に対する演奏料支払が必要経費となるかなどについて、設問2は、他人の窃盗によって失った金銭は、所得税において、どのように取り扱われるのかについて、やはり基本的な理解と対応力を問うものであった。
 このうち、第1問については、まず、設問1の学資金について、所得税法第9条の非課税規定を挙げる答案が少なかった。最近の最高裁判所が、定期金について、相続税の課されるものとして同法第9条の非課税規定を適用しており、同法第9条の重要性を再認識してもらいたい。また、学資金について、直ちに、給与として、同法第56条及び第57条の問題として議論する答案が非常に多かった。採点に当たっては、同法第9条適用の可否に触れないまま給与とした答案にも一定限度で加点したが、この点を丁寧に論じている答案とは差が付くことになった。同様に、設問2で所得税法第72条の雑損控除規定を挙げた答案とそうでなかったものとの間にも差が生じており、所得税法に対する基本的な理解が答案の内容に反映されたと実感している。法人税法との比較についても、正確に答えている答案は少なく、差が付く結果となった。
 なお、設問1では、所得税法第56条、第57条の適用につき、判例(最判平成16年11月2日判時1883号43頁)に照らして検討することが求められているが、これらの規定に触れた答案は、おおむね検討ができており、基本的な判例に対する理解は涵養されていると思われる。他方で、同法第56条が「ないものとみなす。」と規定している意味を理解しない答案も散見され、基本的知識を具体的事案に適用する訓練が不十分な受験生が一定程度存在することも実感されたところである。
 全体として、受験生が比較的正しく理解できている問題と、誤っていたり不十分な理解が目立つ問題とが明白に分かれており、受験生の実力の差を測るという意味で、出題内容のバランスはとれていると感じた。

4.解答例

設問1⑴について
1.まず、CがAから受け取った学資金名目の金員(以下「本件学資金」という)の所得区分を検討する。
 この点、Cは、毎日夕方の開店から閉店までの間、Aの調理を手伝っており、その労務の対価として給与を受け取っている。つまり、AとCとの間には、雇用契約が成立しており、その対価として給与所得(所得税法28条1項)を受け取っている。
 そして、本件学資金は、調理を手伝っているCに資格を取得させて、Aの飲食店で調理師として働いてもらうためのものである。また、Cは受け取った金員を調理師学校の授業料に充てている。
 したがって、前述の雇用契約に係る労務の対価に関連した給付として、給与所得に区分されるべきである。
2.ところで、学資に充てるため給付される金員は、非課税とされている(同法9条1項15号)。本件学資金は、通常の給与に加算してAからCに給付されているため、同号ハとニにあたり、非課税とならないか問題となる。
 まず、AとCとが生計を一にしているため同号ハには該当しない(同号ハのかっこ書き)。また、同様に、AとCは生計を一にする親族であるから同号ニにも該当しない(同号ニのふたつめのかっこ書き)。
 さらに、本件学資金は、AのCに対する扶養義務の履行として給付されるものではないと考える(同号柱書後段)。
 したがって、本件学資金は同号により非課税とならない。
3.Aは飲食店事業について青色申告をしている。そして、Cは、毎日夕方の開店から閉店までの間、Aのために調理の手伝いをしており、「専ら」Aの飲食店事業に従事している。したがって、Aが同法57条2項の要件を満たしているときは、Cは青色事業専従者にあたり、本件学資金は、Cの給与所得として課税上取り扱われる(同法57条1項)。
 また、本件学費金の支払いは客観的に、Aの飲食店事業に直接関連し、かつ、その業務遂行上必要である(同法37条1項後段、ロータリークラブ会費事件判決参照)。このため、本件学資金はAの事業所得の必要経費(同法27条2項)として控除することができる。

設問1⑵について
1.Bは、ピアノの演奏と教授を業としている。問題文からは、その具体的態様は明らかではないが、Bの計算と危険において営利を目的として継続的に行う経済活動であると考える。このため、BがAから受け取った演奏料は、Bの事業所得(同法27条1項)に区分される。
2.そして、AからBへの支払は、週末等時間に余裕があるときにAの飲食店での演奏の対価であり、Aの飲食店事業の「対価」(同法56条)にあたるものと考える。
 この点、生計を一にするAは飲食店事業、Bはピアノ演奏等事業と別々の事業を営んでおり、その場合、同条は適用されないとの考え方もあるが、法文上、除外されておらず、そのような場合も適用されると考える(弁護士夫婦事件判決)。
3.このため、AのBへの演奏料の支払は、客観的に、飲食店事業に直接関連し、かつ、その業務遂行上必要と認められ、必要経費(同法37条1項)にあたるが、Aの事業所得の計算上、必要経費として控除できない(同法56条1文)。また、Bが受け取った演奏料は、Bのピアノ演奏等事業の所得計算上、なかったものとみなされる(同条2文)。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 設問1⑴については、「§234.02 所得税法56条の適用範囲」の「2.所得税法56条、57条の適用関係」(ケースブック租税法〔第6版〕310頁)における具体例の検討をもとに、検討を加えた。初見では、非課税所得の検討を丸々と落としてしまった。反省すべきところである。また、所得税法57条にふれるとき、原則を定めた56条とその趣旨に触れた方がよいように感じたが、どのように触れるべきか定まらなかった。今後、検討のうえ、修正したい。
 設問1⑵については、「§234.02 所得税法56条の適用範囲」の「1.事案の検討」において、弁護士夫婦事件判決のふたつのポイントを問われた際、回答した内容を踏まえて、記述した。それ以外は、前述した具体例の検討を通じて学んだことを踏まえた記述である。平成26年第1問の出題趣旨を読むと、弁護士夫婦事件判決については、反対説(56条適用否定説)を踏まえた記述が望ましいようにも思えるが、そこまで詳しく述べた文献をみつけることができなかったので、とりあえず、あっさりと書いてある。今後、検討のうえ、修正したい。

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