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Eternal Snow -雪の女王- ⑫


   11. 春の足音

 ハルとスノウは玉座の間を去り、お城の外に出てみると、あれほどすさまじく吹きすさんでいた吹雪はすっかりおさまり、空は晴れわたって雲ひとつなく、うららかな日ざしがふりそそいでいました。
 冬の国のお城と町をおおいつくしていた雪や氷は少しずつとけはじめ、さらさらとながれるちいさなせせらぎとなって、いたるところに水の通り道をつくっていました。
 雪の女王の魔法が消え去ったため、凍りついていた人たちが目をさまし、城下町の往来はにぎやかな人出となっていました。だれもが何事もなかったかのようにあくびをしながら、わらったり話しあったり、仕事の準備をしたりしています。いままでじぶんたちの身になにが起きていたのか、また、この国の女王がその後どうなったか、それらのことなどまったく知ることもなく、いつもと変わらないふだんの日常を送っているようにみえました。
 そんな活気のもどった町のなかを歩いていると、ふたりをよぶ大きな声がきこえてきます。
 その声がしたほうをみると、この町までハルを送り届けてくれた娘が手をふっていました。娘はふたりのもとへ駆けよると、ハルと娘はすべてがうまくいったことをよろこびあい、スノウははじめて会った娘にあいさつをしました。
「目をさますと、あんなにはげしかった雪や風がうそのように止んでいたから、まさかとおもったけど、やっぱりあんたはたいしたもんだよ。さあ、春の国まで送ってやるよ。父上がきっとあんたたちの帰りをまってるだろうからね」
 三人は城下町の外側まで歩いて行くと、そこには一頭の馬が主人の帰りをまっていたかのように、ふさふさした尾っぽを高くふりながら近寄ってきました。
 娘はうれしそうに馬の顔をなでてやると、軽やかな動きで背にとびのりました。ハルとスノウも娘の助けをかりながら馬の背にまたがると、三人は春の国にむけて出発しました。
 さわやかな風が大地の上をふきわたっていました。照りつけるあたたかい太陽の光のおかげで気温はぐんぐんと上がり、帰りの旅路はとても安楽なものとなりました。雪にうもれていた草花は少しずつ生命のかがやきをとりもどし、土の中や岩穴などでねむっていた動物たちも目をさましはじめています。三人はときおり休憩をはさみながら、なにもかもが元どおりにもどりつつあるその風景をゆっくりとながめていました。
 やがて春の国のお城と町なみがみえてきました。町じゅうをおおっていた雪はすっかりとけ、春の国は草木にかこまれたうつくしいすがたにもどっていました。城下町に近づいたところで娘は馬の足を止めると、ハルとスノウをその場でおろし、ふたりに別れをつげました。
「どうしても、いっしょに行かないの?」ハルがざんねんそうにいいます。
「あたしにお城の生活は合わないんだ。安心しな、あの山賊たちのところにはもどらないよ。せっかくだから、この広い世界をもっともっとみてまわりたいんだ。父上にはうまく伝えておいてくれ。いずれ、あんたたちが住む町にも寄るかもしれない。そのときはまた、旅の話なんかをきかせてやるよ。ハル、あんたに会えてほんとうによかった。スノウも、これほどたいせつにおもってくれる人が身近にいるあんたがうらやましいよ」
 娘はいきおいよく馬を走らせると、遠くへ旅立って行きました。ふたりは遠ざかってゆく娘のすがたを見送ったあと、お城をめざして歩きだしました。
 お城では王さまをはじめ、たくさんの兵士や使用人たちがふたりを歓迎してくれました。ハルは冬の国で起きた出来事と雪の女王のこと、行方不明になっていた王さまの娘のことも話し、雪の女王からあずかっていた指輪を王さまにわたしました。王さまは指輪をながめながらしばらく物思いにふけっていましたが、やがて愁眉をひらいてふたりに話しかけました。
「ありがとう、雪の女王も、最後はおぬしたちふたりに出会えて幸福だったであろう。それから娘のことだが、あれはむかしからおてんばで手がつけられん子だった。ともあれ、元気でおるならそれでよい。あれも満足するまで外の世界をみてまわったら、いずれもどってくるやもしれぬからな……」
 それから王さまは晴れやかな顔になり、話題をかえました。
「さあ、おぬしたちの帰還を祝って盛大な宴でもひらこう。すでに町じゅうに御触れをだしておる。今日のところは存分にたのしみ、ゆっくり休んで労をねぎらうがよい。そして明日にはおぬしたちを故郷の町に送り届けるよう手配しておこう」
 さて、その日は春の国全体で盛大な宴がもよおされ、人々は一日じゅう飲んだり食べたり踊ったりの大さわぎでした。もちろん、その中心には今回の立役者であるハルとスノウのすがたがありましたが、ふたりは少々てれくさそうにしながら、その宴のようすをながめたり、テーブルの上にならべられた食事に少しだけ手をつけたりしただけでした。それでも、この国にすむ人たちがたのしげに歌ったり踊ったりしたりしているようすをみていると、ふたりの気分もだんだんと晴れてゆくのを感じ、いつしかみんなとおなじようにわらったり、いっしょに歌ったり踊ったりなどして、夢のようなたのしい時間を過ごすことができました。
 あくる日、まだ宴の余韻ものこっている朝のうちに、王さまは一台のりっぱな馬車を用意し、ふたりを故郷の町まで送るよう御者に伝えました。
 出発するハルとスノウを見送るため、おおぜいの民衆とお城の従者たちが馬車の前にあつまりました。王さまが代表となってふたりに別れのあいさつをのべました。
「この国を救ってくれた勇敢な子どもたち、改めて礼をいおう。そなたたちにはいつまでもここに留まっていてもらいたいところだが、そうもいくまい。またいつでもこの国を訪れるがよい。そのときは歓迎しよう。そなたたちの行く先が幸いにみちあふれておることを、心から祈っておるよ」
 ハルとスノウもいんぎんにお礼をいい、馬車に乗りこみました。いよいよ出発となったとき、ハルは前方に乗る御者にあるおねがいをしました。わたしたちが住む町へ帰る前に、少しだけ寄ってほしいところがあるといったのです。その具体的な場所を伝えると、御者の男はこころよくうなずき、馬車は春の国を出発しました。
 ハルが立ち寄ってほしいといった場所は、かつて雪のなかでたおれていたところを助けてくれたおばあさんの家でした。そのあたりの地域にはまだ雪がとけずにのこっており、空気はひんやりとしていましたが、馬車は何事もなく目的地にたどりつくことができました。
 おばあさんは家のなかで籐椅子に腰をおろし、暖炉のちかくであみものをしていましたが、ハルとスノウが訪ねてくると、よろこんでふたりを招き入れました。
 ハルはおばあさんに抱きつき、かんたんなあいさつをしてからスノウを紹介し、それから首飾りのお礼をいいました。この首飾りのふしぎな力になんど助けられたかわからなかったからです。
「そうかい、そりゃあよかった」と、おばあさんはにこやかにほほえみながら答えました。「でもね、その首飾りにはそんなたいした力などないのだよ。それに、その効力も、いまとなってはとっくになくなってるはずだ。それでも悪しき魔法の力に打ち勝てたのは、きっとおまえさんのその子を想う力が、魔法の力よりもはるかに強かったからさ。その首飾りはあげるよ。よくにあってる。大事にしておくれ」
 まだまだ話したいことがたくさんありましたが、外に馬車と御者さんを待たせているので、あまり長居することはできませんでした。そこでハルとスノウは、かならずまたこの家を訪れることをやくそくして、おばあさんの家をあとにしました。
 馬車は快速で走りつづけ、やがてみなれた風景がひろがってきました。あの丘をこえれば、ふたりが住む町がみえてくるはずです。
 町がみえてきたところで、ハルとスノウは御者さんにおねがいして馬車からおろしてもらいました。そこからさきは、じぶんたちの足で歩いて帰りたいとおもったからです。
 ふたりはここまで送ってくれた御者さんに頭をさげてお礼をいうと、手をふって別れ、町をめざして歩き出しました。
 あたりはまだ雪にうずもれており、冬のなごりは消えずに跡をとどめていましたが、高くのぼった太陽からふりそそぐ日光のおかげで寒さは感じず、歩いているあいだは汗ばむほどの陽気でした。
 町がちかづいてくると、人々の話す声やわらい声、平常な日々がかなでるさまざまな生活の音がきこえてきます。それらの音が、この町に帰ってきたふたりをあたたかくむかえいれてくれているような気がしました。
 やがてふたりの住む家がみえてきたところでスノウとハルは立ち止まり、たがいに顔を見合わせると、ほほえみながらちいさくうなずきました。それからふたりは手をつなぎ、じぶんたちの家をめざして歩き出しました。まだひんやりとつめたい空気が、おたがいの手のぬくもりをこころよく感じさせます。
 ながい冬の季節はおわりを告げ、春の季節の足音は、もうすぐそこにまでせまってきていました。







(おわり)