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Eternal Snow -雪の女王- ③


   2. 冬の季節と子どもたち

 それから月日はながれ、ながい冬の季節が到来しました。
 木枯らしはきびしい寒波かんぱへとかわり、ふきすさぶ風雪が町全体を白銀の世界にとじこめてしまいました。
 それでも、町にすむ子どもたちが元気なことにはかわりありません。着ぶくれてダルマのようになった子どもたちは、深く降り積もった雪のなかへとびこんだり、大きな雪玉をこしらえて友だちとぶつけあったりしてあそんでいます。
 その年の冬は予想以上に長く、もうそろそろ春の足音がきこえてくるかというような時期になっても依然いぜんとして寒さはきびしく、街路のはしっこに高くつもった雪が溶ける気配はまったくありませんでした。
 そんなある日、スノウとハルがならんでいっしょに歩いていると、ギルとそのなかまたちが広場であつまっているところに遭遇そうぐうしました。ギルたちは広場でボールあそびをしていたのですが、り上げたボールがちかくの大きな木にひっかかり、落ちてこなくなったため、だれが木にのぼってボールをとってくるか話し合いをしている最中だったのです。そこをぐうぜんハルとスノウが通りかかったものですから、ギルは大きな声で、
「おうい、なよなよ虫、きょうも女といっしょに帰ってるのかあ!」と言ってひやかしました。
 ハルとスノウは無視して広場を通り過ぎようとしました。ですが、そんな二人をみたギルはあざけるように挑発しました。
「なよなよ虫、あの木をのぼってボールをとってくることができたら、おまえのことを見直してやってもいいぞ。でもむりだろうなあ、なにせ、女の助けなしじゃ、なんにもできない腰ぬけだからなあ」
 スノウはむっとして立ち止まりました。ハルは、「ほうっておきましょうよ、あんなの」といいましたが、スノウはきく耳をもたず、ずんずんギルたちのところまで歩いて行くと、
「あの木をのぼってボールをとってきたら、ほんとうにもうぼくのことをわるくいわないだろうな」といいました。
 ギルはふんと鼻をならして、「いいぜ、ほんとうにあのボールをとってこれたら、もうおまえのことをばかにしたりはしない、それでどうだ」といいかえします。
「だめよ、落ちてケガしたらどうするの?」
 ハルもやってきて、ギルをにらみつけながらスノウを止めようとしましたが、スノウはせおっていたカバンを放り投げて手ぶくろをはずすと、木の幹にしがみついてよじのぼろうとしました。
 その木は広場のなかでもいちばん老齢な、おとなでものぼるのに苦労するほどりっぱなブナの大木です。ボールは比較的ひくいところに生えている枝のすきまにひっかかっていましたが、それでも子どもからすれば見上げるほどの高さでした。
 スノウは出っぱりやくぼみをさがしながらしんちょうにのぼってゆき、なんとか太い枝にまで手がとどくと、ようやくその上までよじのぼることができました。ボールはそのすこし先にひっかかっています。手をのばしてボールをつかもうとしますが、とどきそうでとどかず、なんども姿勢をくずして落ちそうになりました。そのたびに下でみているギルとそのなかまたちはわあわあとはやしたて、ハルはひやひやして気が気でありませんでした。
 おもいっきり手をのばし、ようやくゆびの先でボールにふれることができましたが、そのはずみで大きくバランスをくずし、スノウは枝の上からすべり落ちてしまいました。ハルが悲鳴をあげて落ちたスノウのもとに駆け寄ります。さいわいにも、つもった雪がクッションになってくれたため、スノウはまったくの無傷でした。そして、落ちるさいに枝が大きくゆれたおかげでボールも下に落ちてくれました。ギルはボールをひろってわらいながらいいました。
「ありがとうよ、なよなよ虫。でもな、ボールといっしょに木から落ちたんじゃあ、カッコはつかないぜ」
「なによ! ボールをとってきてあげたのに、その態度!」
 ハルがぷんすか怒りながらギルにつめよろうとすると、ギルとそのなかまたちはぎゃあぎゃあ悪口をいいながら逃げてゆきました。
「だいじょうぶ?」
 スノウが起き上がるのをてつだいながらハルがいいました。
「なんてことないよ、こんなの」
「どうしてあんなやつら相手にするのよ。ほうっておけばいいのに」
「きみには、ぼくのきもちなんてわからないよ」
 スノウはそう言うと、雪の上に落ちているじぶんのカバンと手ぶくろをひろいあげ、すたすたと歩きはじめました。ハルはなんだかさびしいきもちになりながら、スノウのすぐうしろにくっついて歩きました。――なにか、スノウとのあいだにみえない壁ができてしまったような、このまま、スノウがどこか遠くに行ってしまうんじゃないかというような、そんな不安にむねのうちをしめつけられながら、ハルはとぼとぼと歩きつづけました。


 その日は宵のうちから急激に天候がくずれはじめ、外は記録的な吹雪にみまわれていました。
 スノウはハルの家で夕食をごちそうになると、きょうはじぶんの家で休むつもりだといいました。
 ハルの両親は、外はこんな悪天候だし、今晩はうちに泊まっていきなさい、と引き止めましたが、スノウはもうすぐ帰ってくる父親のために家のなかを掃除しておきたいのだといってことわったのです。それなら、わたしもてつだうわ、とハルがもうしでましたが、それもスノウはことわって、じぶんの家に帰って行きました。
 自宅にもどると、スノウはさっそく家のなかのそうじと荷物のせいりをはじめました。ふだんはハルの家にいることのほうが多く、めったにじぶんの家に帰ってこないため、家のなかはほこりっぽく、また父親あてにとどいた荷物がたくさん床の上に散乱していました。作業は夜おそくまでかかりましたが、なんとかひと段落つき、そろそろベッドに入ってねむろうとしたそのとき、ほどいた荷物のなかに、一冊のぶあつい本のようなものがはさまっているのに気がつきました。それをとりだしてパラパラとめくってみると、古い写真がたくさんはりつけてあります。多くは父の若かったころのすがたを撮影した写真でしたが、母や祖父母がいっしょに写っている写真や、スノウがまだ生まれたばかりのころに撮影した家族全員がそろっている写真も何枚かありました。ベッドの上でそれらの写真をぼんやりとながめながら、両親がいたころのじぶんはしあわせだったろうか、とおもいましたが、答えはでませんでした。いまのじぶんがしあわせなのか、不幸なのか、それすらわからなかったのです。
 やがて、疲労のためにまぶたが重くなってきたスノウは、パタンとそのアルバムをとじると、ランプの灯を消し、毛布をかぶってねむりにつきました。





(つづく)