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Eternal Snow -雪の女王- ⑦


   6. ふしぎな力と動物たち

 その日は天候にもめぐまれ、冬の国をめざす旅路は順調でした。
 とはいえ、あいかわらず雪は深く積もっていましたし、空気は突き刺さるほどつめたいはずでしたが、ふしぎなことにハルはあまり寒さを感じませんでした。それどころか、歩くたびにからだはぽかぽかとあたたかくなり、ついには上着を一枚ぬいだほどです。
 さらに、ふしぎなできごとはそれだけではありませんでした。さきほどから、どこからともなくひそひそとささやくような声がきこえてくるのです。
 ハルは周囲をきょろきょろと確認してみましたが、ちかくに人がいるような感じはしません。でも、その声は妙にはっきりきこえることもあれば、遠すぎてききとりづらいこともあります。
 それでもしばらく歩きつづけていると、こんどは足もとから、「こんにちは、おじょうさん」と急に話しかけられ、ハルはおもわずギョッとして立ち止まってしまいました。
 足もとをみてみると、いっぴきのかわいい野ウサギがぴょんぴょこぴょんぴょこはねまわっています。
「そんなにいそいで、どこに行かれるのですか」
 なんと、話しかけてくるのはその野ウサギだったのです。
「まあ、あなた、ウサギなのに話すことができるの?」
「だって、いまこうしてあなたとおしゃべりしてるじゃありませんか」
 これはいったいどういうことなのだろう、とハルはおもいました。そういえば、おばあさんの家を出発してから、このふしぎな声はきこえるようになったような気がします。ハルは、おばあさんにもらった木彫りの首飾りに目をやりました。
(ひょっとして、おばあさんにもらったこの首飾りのふしぎな力のおかげで、寒さが平気になったり、動物たちの声がきこえるようになったのかしら?)
 真実はわかりませんが、きっとそうにちがいない、とハルはおもいました。
「ねえ、ウサギさん、冬の国まではまだ遠いのかしら?」
 ウサギは長くピンとのびた耳をひくひくと動かしながら答えます。
「ええ、そうですね。まだまだ歩かなくてはいけません。でも、いったいどのような用事で冬の国まで行かれるのですか?」
 ハルはこれまでのできごとをかんたんに説明しました。
「それはたいへんな旅ですね。おひとりでは心ぼそいでしょう。わたしがお供いたしましょう」
「ありがとう、よろしくね、ウサギさん」
 それからしばらく野ウサギといっしょに歩いていますと、またいっぴきの野ウサギがやってきて、うしろをぴょんぴょんついてきました。と、ウサギはつぎからつぎへとあつまってきて、あっというまにハルのまわりはたくさんのうさぎたちでいっぱいになってしまいました。
 やがて日がかたむいてくると、おおぜいあつまっているウサギのなかのいっぴきがいいました。
「おじょうさん、そろそろつかれたでしょう、このあたりでちょっと休憩でもしませんか?」
「そうね、そろそろ休んで、お食事でもしましょう」
 ハルはちかくにあった木立の下にすわりこむと、野ウサギたちもハルのまわりをぐるりと取りかこみました。そしてハルがふくろの中からリンゴとパンをひとつずつ取り出すと、それをものほしそうにみつめています。
(ああ、そっか、このウサギたちもお腹がすいていたのね。だからわたしのあとをずっとついてきてたんだ)
「お食べ」といって、ハルはパンとリンゴをちいさくわけてウサギたちに与えました。ウサギたちはよろこんでむしゃむしゃ食べはじめました。
 すると、こんどは小鳥たちがやってきて、ハルとウサギたちの食事をうらやましそうにみています。
「鳥さんたちもおいで、いっしょに食べましょう」
 ハルはパンをちいさくちぎって小鳥たちにも分け与えました。小鳥たちは近寄ってきてそれをぱくぱくと食べはじめました。それからリスたちもやってきたので、ハルはリスたちにもあまっていたリンゴをわけ与えました。
 気がつくと、数日分はあったはずの食料はもうすっかりなくなっていました。
「ごめんなさい、食べるもの、もうなくなっちゃった」
「いえいえ、こちらこそ、こんなにおいしいものをいただいて感謝のしようもございません。お礼といってはなんですが、もうしばらくのあいだ、旅のお供させてください。そのあいだ、わたしたちがあなたを守ってさしあげます」
 あつまった動物たちの中からいっぴきが代表していいました。
「ありがとう、それじゃあ、そろそろ出発しましょう」
 ハルは立ち上がると、動物たちのむれにかこまれながら歩き出しました。
 たくさんの動物たちとおしゃべりしながら歩きましたので、ずいぶんにぎやかでたのしい旅路になりました。
 野ウサギは穴の掘りかたを教えてくれました。小鳥たちはうつくしい声で歌をうたい、リスたちがそれに合わせてひょこひょこ踊ってみんなをよろこばせます。
 と、そのとき、野ウサギのいっぴきが長い耳をぴんとたて、からだをブルルとふるわせて止まりました。ほかの動物たちもそれに合わせて動きを止め、あたりをきょろきょろと見まわしました。
「どうしたの?」ハルもおどろいて立ち止まり、動物たちにたずねます。
「なにかがものすごいスピードでちかづいてきます。この足音は……おそらく馬車かもしれません。西のほうから、まっすぐこちらにむかってきます」
 ハルも耳をすまして付近をながめてみましたが、それらしい物影や物音は確認できません。でもしばらく待っていると、動物たちのいうとおり、まっすぐこちらにむかって走ってくる馬車のすがたが遠くのほうにみえてきました。
 二頭立ての馬車はあっというまにハルの目の前までやってくると、すぐちかくを通り過ぎたところで速度を落として止まりました。そして前方の御者台から、ものものしいよろいを身にまとった男がふたり降りてきて、そのうちのひとりがハルにたずねました。
「むすめ、こんなところで何をしている?」
「冬の国へむかっています」と、ハルは答えます。
「なに、冬の国?」男はびっくりしていいました。「いま、冬の国にはだれも近づくことができん。いったいどんな目的で冬の国にむかうのだ」
 ハルは雪の女王につれさられてしまったスノウのことや、凍りついて動かなくなってしまった家族や町の人たちのことを正直に話しました。ふたりの男はだまってハルの話に耳をかたむけていましたが、そんなことよりもハルのまわりにあつまっている動物たちのことが気になってしかたがないというようすです。
「むすめ、おまえ魔女のたぐいか、雪の女王のしもべではあるまいな?」
「いいえ、ちがいます」
 あわてて否定しましたが、ふたりの男はそれでも不審そうにハルのほうをじろじろとながめていました。かれらはこそこそ相談をはじめると、やがて話がついたらしく、ハルにむかっていいました。
「われわれは春の国の王さまに仕えている衛兵だ。ここから冬の国にむかうにはまだまだ時間がかかる。日がのぼっているうちにたどりつくのはむずかしかろう。そこでひとつ提案があるのだが、おぬしを春の国に招待したいとおもっておるのだが、どうだろうか。春の国はここからそう遠くはない。今日のところはそこで一晩過ごしたのち、明朝冬の国にむかってもおそくはあるまい」
 どうしようかしら、とハルは迷いました。たしかに、もう日はだいぶかたむいてきましたし、まだまだ冬の国までの道のりは遠そうです。ここは、素直にこの人たちの提案にしたがったほうがよいのかもしれません。ハルはしばらく考えたすえに答えました。
「わかりました、あなたたちといっしょにいきます」
「うむ、ではご案内しよう」
 男のひとりがハルにちかよろうとすると、まわりにいた動物たちがとびあがって威嚇しました。
「だいじょうぶよ、みんな。この人たち、そんなにわるそうな人じゃないとおもうわ」
 ハルがそういってなだめると、動物たちもおとなしくなり、もうとびかかったりはしなくなりました。そのようすをみた衛兵ふたりはおどろいて顔を見合わせました。
「ウサギさんに小鳥さん、それにリスさんも、みじかいあいだだったけど、あなたたちといろいろおしゃべりできてとてもたのしかったわ。さようなら、みんな元気でね」
 ハルはそういって動物たちにわかれをつげると、衛兵たちにうながされて馬車に乗りこみました。動物たちはなごりおしそうにハルのほうをみつめています。
 衛兵のひとりが馬に出発の合図をだすと、馬車はゆるやかに動き出しました。ハルは馬車から身を乗り出すと、もういちど動物たちにさようなら、と手をふりました。馬車はまもなく速度をあげて雪のなかを疾走し、やがて動物たちのすがたもみえなくなりました。





(つづく)