ディテクティブ vol.4
「わかりました。念のため振り込んだ銀行にも調査に行きます。名前を教えてもらえますか?」
「葉山銀行の目黒支店です。」
妙子は静かに答えた。
林は「また、葉山か」と心の内でつぶやきながら、
「ありがとうございます。それでは今日のところはこれで。何か進展がありましたらご連絡します。」
その場で細貝一家を見送り、自分も部屋を出た。
これから後輩の木下とその葉山銀行の目黒支店で待ち合わせだ。
携帯を取り出し、木下に電話してみた。
「どうだ、もう到着したか?」
「ええ、銀行向かいの勝木書店てとこで待機しています。林さんはこれから向かいますか?」
「そうだな。ちょうど被害者の調書が取れたんで今から合流するよ。」
林は署長からもらった詐欺グループの名簿を見ながら、ある名前を見つけた。
―中山英昭。26歳。無職。数年前まで建設作業員をしていた、とある。
「こいつが今日現れてくれれば、一気に尻尾をつかめるな。」
林は心の内で強く念じ、署を後にした。
8月の終わり頃でもまだセミの鳴き声がけたたましく通りに響いていた。
中目黒の駅から降りて3分ぐらいのところに葉山銀行の看板を見つけた。
その場で木下に電話をし、
「今駅降りたとこだから、このまま銀行に向かう。俺は銀行の役員に用があるから、そのまま見張っておいてくれ。」
「わかりました。今のところ進展はありません。」
「了解。」と電話を切ったところで何となく今日は中山が現れないような気がしていた。
葉山銀行は大通りに面しており、外観は古いが、中では若い銀行員たちがきびきびと業務に当たっていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか。」
受付の女性店員が声をかけた。
「港湾東署の林と申します。支店長さんはいらっしゃる?」
「わかりました。少しお待ちください。」
警察と聞いて女性店員の顔が少し曇りかけたが、林は気にせず、顧客用のソファに腰を下ろした。
しばらく待っていると、50代ぐらいの恰幅のいい男性が現れた。
「林様でいらっしゃいますか?支店長の田中と申します。お話しはあちらの談話室でお聞きします。」
そのまま丁重に案内されて2人は談話室に入った。
名刺を差し出すと同時に田中は間髪入れず口を開いた。
「刑事さん、実は最近怪しい口座をいくつか見つけましてね。本人確認の整合が取れていない口座が二つあるんです。」
「そのうちの一つが細貝さんに連絡したときのものですか?」
「え、もう聞いてましたか?」
田中は少し驚いた表情を浮かべたが、細貝さんが署に相談に来られたことを話すと、
「そうでしたか。当行では一日のATMでの引き出しは100万に設定しています。この日付を見てください。」
田中はある預金口座のコピーを示しながら、
「8月12日にホソガイ タエコ名義で400万振り込まれてますが、同日に100万、その後13、14、15日と連続で100万づつ引き出されています。」
「ここまでくると、あからさまですね。」
「そうなんです。当行の社員にも不正な引出しがないか毎日チェックさせてるんですが、これの引き出しに気づいたのは昨日でして。」
「ほう、今日は28日だからもう2週間ぐらい経ってますよね。口座ごとに担当する職員って決まってるんですか?」
「はい、これは沢井というものがチェックしたはずです。お呼びしましょうか。」
「そうですね。可能なら。」
「わかりました。今呼んできます。」
田中は席を立って、しばらくすると女性の職員を連れてきた。
紺色の制服の胸元には「沢井 優子」と書かれた社員証がつけてあった。
20代半ばぐらいのほっそりとした美人でどことなく知的な雰囲気を感じさせた。
「沢井です。口座のことでお呼びでしょうか。」
「ごめんなさいね。お呼び立てして。支店長さんと話してたらあなたが口座を担当していたと聞いたので。ところで、口座の引き出しに気づいたのが昨日だと聞いたんですが、間違いないですか。」
「はい、申し訳ございません。最近色んな融資の手伝いで営業とやり取りしていたので、チェックがおろそかになっていたんです。」
「なるほど、口座はもう解約されていると聞いたんですが、解約を受け受けたのもあなた?」
「はい。確か3日前だったと思います。」
「どんな方でしたか?」
「40代ぐらいの普通の会社員風の男性でした。」
「解約するにあたって何か言ってませんでしたか?」
「そうですね、転勤で引っ越すから別の口座を作りたいとかおっしゃってました。」
「わかりました。ありがとう。」
沢井優子は席を立った。
「田中さん、念のため3日前の受付の防犯カメラって証拠として出してもらえますか?」
「わかりました。それぐらいならすぐ出せます。」
「でもああいうしっかりした子がうっかり見落とすってのも珍しいですね。」
さりげなく沢井優子について聞いてみた。
「そうなんです。あの子は短大卒でしたけど、誰よりも事務作業が早いんで新規の口座受付とかはだいたい彼女にやらせるんですよ。少し任せすぎていっぱいいっぱいだったのかな。」
田中はため息まじりに応えた。
林も笑みを浮かべながら、葉山銀行の中にグループの内通者がいることを確信していた。
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