竹中優子

詩と短歌と小説。第62回角川短歌賞。第一歌集『輪をつくる』。第60回現代詩手帖賞。第一…

竹中優子

詩と短歌と小説。第62回角川短歌賞。第一歌集『輪をつくる』。第60回現代詩手帖賞。第一詩集『冬が終わるとき』(思潮社)2022.10月刊行予定。ご依頼⇒yukotakenakaaa@gmail.com 掲載情報など⇒http://takenaka.take-uma.net/

最近の記事

アンコールでみんな出てくるこれまでに出会ったコンビニ店員たちが(短歌)

 二十代のはじめ、東京で最初の就職をして、そのまま二年半東京で生活をした。この間、とにかくお金がなかった。  食事代、生活費諸々を切り詰めて、何とか日々を乗り切った。遊びに使うお金はなかったが、そもそも土日も仕事に出ることが多く、遊ぶ時間もないのでちょうどよかった。二年間でいくらか貯まったお金は、部屋の更新代で全て飛んだ。二年ごとに部屋の更新という制度があること自体を知らなかった私は、それだけで軽く絶望した。  その頃、私が主食として食べていたものはバナナだった。職場近く

    • 書くということ

      *2021年に「文芸福岡」という雑誌に載せてもらったエッセイを公開します。  今から十五年ほど前、新卒として働き始めた職場は業務量が多く、皆日付を越えて働くのが当たり前、土日も出社、全員消耗し切って誰かが潰れたら他も共倒れるのが明らかという状況だった。その場所で私は、ただ仕事ができない自分が悪いとかたくなに信じて毎日働いた。そこに居場所が欲しかった。  社内で書類のやり取りを行う「社内便」というシステムがあり、それ用の封筒がいくつも棚に仕舞ってあった。その中にひと際くたく

      • 運動靴はバケツに浮かぶ秋の日の水の重さに押し上げられて(エッセイ)

         ダラダラと寝転んで過ごした休日の日暮れに、「いかん、このままでは今日という日がなかったことになってしまう」と焦る気持ちが湧いてきて、「せめて一つ有意義なことをしよう」という気になり、そうだ靴を洗おう、と思い立った私はバケツに水を溜めて、靴と洗剤をそこに放り込んだ。  私は靴を買い換えることがとても苦手だ。(足のサイズが縦には長いが横幅が細い変わったタイプらしく靴づれしない靴を探すのにいつも苦労しているからだ)。  新しい靴を買って、後から失敗だったと気づくこともあるので

        • 第一詩集『冬が終わるとき』予約開始です。

          第一詩集が出来上がりました。 地味だけど、味わいのある一冊になったかなと思っています。 ぜひ読んでもらいたいです。 思潮社 新刊情報 » 【近刊・予約受付中】竹中優子『冬が終わるとき』 (shichosha.co.jp) 上記に飛べば詳細が載っています。 よろしくお願いします!

        アンコールでみんな出てくるこれまでに出会ったコンビニ店員たちが(短歌)

          第一詩集『冬が終わるとき』(思潮社)を2022年10月に刊行します!

          もう自分のすることは終わったので、あとは時間が来るのを待つだけです。 どこかで見かけたらぜひ手にとって読んでみてほしいです。 よろしくお願いします。

          第一詩集『冬が終わるとき』(思潮社)を2022年10月に刊行します!

          イベントのお知らせ

          竹中です。 3つほどイベントをするので、そのお知らせを載せておきます。 興味ある方がいたらぜひご参加くださいませ。 その1 【本のあるところajiro】黒瀬珂瀾さん×竹中優子さんトークイベント『短歌と福岡のあれこれ』(7/20)|書肆侃侃房 web侃づめ|note 6~7年ほど前に福岡に住まわれていた黒瀬さんと福岡時代の思い出やお互いの歌集を読み合って短歌の話をします。 (私はその頃黒瀬さんが立ち上げた福岡歌会(仮)に参加したことをきっかけに短歌を(本格的に)始めま

          イベントのお知らせ

          しろくまのすいか

          すいかです。  申し訳なさそうに大きな身体を縮こめながら、しろくまは小さな声で言った。好きな食べ物の話ではない。すいか、はしろくまの名前だった。しろくまは頭のあたりの毛をぼりぼりとかいた。なぜ周りの女の子たちように髪の毛がさらさらでないのか、しろくまはぼんやりと考えていた。さらさらかどうかどころか、髪の毛でもないのかもしれない。でもしろくまはそれを髪の毛だと思っていた。  しろくまが住んでいる街は、そこそこ大きな地方都市で大抵のものは揃っている便利な街だ。海が近く、緑も多

          しろくまのすいか

          あの友は私の心に生きていて実際小田原でも生きている           柴田葵『母の愛、僕のラブ』(書肆侃侃房、2019年)

          ※本文中に出てくる太字の言葉はすべて柴田さんの短歌です。                  *  「サンタクロース」の制度が好きではない。小さな子どもにサンタクロースがいるとわざわざ嘘を教えて、その設定で何年か生きさせる。その子どもは適当な年齢になったらどこかで「サンタクロースってフィクションだったんだな」ということを理解する。私は小学校五年生の時にその事実を理解した。そう言うと「自分もそれぐらいだったよ」と言う人や「え?結構遅いね」という人がいる。サンタクロースが実在し

          あの友は私の心に生きていて実際小田原でも生きている           柴田葵『母の愛、僕のラブ』(書肆侃侃房、2019年)

          横顔

           佐那は美しい子どもだった。どこにでもあるような地方都市の平凡な中流階級の家庭に生まれて、頼りがいのある父親と優しい母親から十分な愛情を注がれて、佐那は育った。  自分が他の子どもたちと違うと気づいたのは幼稚園の時だった。担任のまあ子先生はいつもお昼寝の時間になると園児たちの周りをゆっくり歩きながら子守唄を歌った。そして皆が寝静まる頃、まあ子先生は佐那の隣に腰掛けて、ゆっくりと佐那の背中をさするのだった。まあ子先生は佐那にお遊戯会のシンデレラの役やクリスマス会で一番大きなケ

          箱崎みつ子は恋をした

           箱崎みつ子は恋をした。そしてそれよりも、家に帰りたかった。  箱崎みつ子は地方都市の中堅企業で経理事務の仕事をしている二十六歳のOLである。学生時代から周囲からは真面目、真面目と言われ、まあどちらかと言えば分類的にはそうなるのかなあ、いやそうでもないかなあと考えるのだが、特に他人に反論することでもないかいうと結論に至り、なんとなくうす笑いを浮かべてやり過ごしている。  みつ子は今の仕事を気に入っている。仕事って、やれば終わるところがいいよねえと思っている。なぜならみつ子

          箱崎みつ子は恋をした

          九月一日

           その子を見つけ出すまでに時間はかからなかった。教室の隅で一際ひっそりと息を潜めて下を向いていた。弱い子はすぐに分かる。真っ白い顔をさらさらの髪がやわらかく隠している。やまもとさん。私は小さく声をかけた。ふでばこ、かわいいね。やまもとさんはゆっくりこっちを見ると、はにかんだように笑った。  中学二年生の最初の一日。私たちはすぐに仲良くなった。住んでいる場所も近く、毎日一緒に帰ることになった。  私たちは沢山のお喋りをした。人気のテレビドラマやアニメのこと、クラスメートや先

          九月一日

          つばめ図書館

           駅前を通り抜けて線路沿いに少し歩いたところ、北高架下商店街の片隅につばめ図書館はある。レコード屋さんと手芸屋さんに挟まれて、古い木の枠の扉に、小さな看板が出ているから、すぐに分かる。 「つばめ図書館には鍵はかかっていません。」  看板の下には、やはり小さな文字で、そんな注意書きが添えられている。 颯太は今年、小学校四年生になった。三歳の頃から通っているスイミングスクールの帰り道に、時々、お母さんとふたりでつばめ図書館に立ち寄ることがある。北高架下商店街の入り口にあるラー

          つばめ図書館

          猫をケースに連れてラーメン食べている男ときどきテレビ見上げる

          【嘘かと思った日記】 ○月○日 晴れ  大型台風の上陸前日にスーパーに寄ると、食品の棚から綺麗に品物が全部消えていた。パンもおにぎりも全て。ついでに乾電池も消えていた。反射的に「これは嘘だ」と思った。現実の状況を見て反射的に「嘘だ」と思う脳の動きは何なのだろう。現実が圧倒的すぎて、受け入れがたい時に起こる歪み、とでもいうのだろうか。どう考えても、これは現実だ。 ○月○日 曇り  歩いていると、知らない野良猫が全身で喜びを表しながら私に全力で駆け寄ってきた。え?と戸惑う私。

          猫をケースに連れてラーメン食べている男ときどきテレビ見上げる

          それでいいならそうするだろう引き出しに点心梅飴ひとつ転がる

          「推し」という言葉がある。  日常の中で「竹中さんの推しは何?」と尋ねられたりして何と答えてよいか分からず戸惑ってしまった。「推し」は「ファン」とは違うのだろうか。違うのだろうなと思う。  戦国大名で言えば、私の推しは小学生の頃から一貫して豊臣秀吉だ。人間臭さが抜きん出ているところがいいと思う。でも、私はそこまで歴史好きでもないし、日頃、秀吉を推すための活動を何らしていない。そういうのは「推し」と言ってはいけないのだろうか。  「推し」という言葉は「ファン」より主体性が

          それでいいならそうするだろう引き出しに点心梅飴ひとつ転がる

          労働の長き廊下よ同僚がてれわらいの形に揺れる

           同僚の田辺さん(仮名)はとても感じのよい女性で、三年ほど同じ係で仕事をしているのだが、私はずっと田辺さんに言い出せずにいることがある。最初に言えばよかったと、ずっと後悔しているのだ。なぜこんな事態を生じさせてしまったのだろうと。  私が何を田辺さんに言えずにいるかというと、それは田辺さんの声が私には全然聞き取れないということだ。  はじめ私は田辺さんの声がひと際小さいのだろうかと思った。そして、それを指摘するのを遠慮した。朝の挨拶をしてくれているのだ、とか何かを笑いかけ

          労働の長き廊下よ同僚がてれわらいの形に揺れる

          目覚めても眠たい耳が団地へと吹く海風をそっと聞いてる

           私はUFOを見たことはあるが、UFOを見たことのある事実は的確なスタンスで他人に伝えることがあまりに難しいため、普段そのことを口にすることはない。  小学校五年の頃、夏休みに祖母の家に預けられた私は近所の子たちとよく海に行って遊んだ。祖母の暮らす団地のすぐ傍に海があったのだ。私は結構人見知りが強い子どもだったと思うが、今思えばよく見知らぬ子どもたちに混ざってあんなに来る日も来る日も遊びまわれたものである。  そんなある日の帰り道に、UFOを見た。UFOは一体ではなく(U

          目覚めても眠たい耳が団地へと吹く海風をそっと聞いてる