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【トークシリーズ#1・レポート】風雷社中の中村さんに聞いてみる!「重度知的障害のある人の自立生活(ケア付き一人暮らし)!?」

ゲスト:中村和利(NPO法人風雷社中理事長、WEBマガジンIKETAMA主宰)
聞き手:ササキユーイチ(NPO法人クリエイティブサポートレッツ)

重度知的障害のある青年が家族から自立し、シェアハウス「Transit Yard」で公的ケアを活用した生活を始めました。シェアハウス1階のイベントスペースに集う人たちとの交流を通じて知的障害者の新しい暮らしのあり方を描いたドキュメンタリー映画「Transit Yard げんちゃんの記録」を上映するとともに、彼の自立生活に支援者として関わってきた中村和利さんに、なぜ自立生活をすすめるのか、重度知的障害者の意思決定をどう捉え、どう支援していくべきか、自立生活に到るまでの調整や交渉の実際などについて、うかがいました。

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なぜ重度知的障害者の自立生活をすすめるのか

中村:知的障害者は、意思決定ができないと言われがちですが、僕はどんなに重度の知的障害者でも、意思決定ができるという前提に立っています。論理的に情報を整理したり、予測を立てることは苦手ですが、自分が体験している環境や雰囲気や状況に対して、快不快や好き嫌いといったサインは発していて、僕らのほうが、それを汲み取ることが下手なんだと考えています。
 では、知的障害者の暮らし方として、なぜ自立生活をすすめるのか。それは、いろんなことを経験してほしいからです。いま、知的障害者に提案されている暮らし方は、まず家族と暮らすということです。これを前提に法制度が運用されています。しかも、50歳の障害当事者を80歳の親がケアする、いわゆる「8050問題」の状況が前提となっています。でも、知的障害者のケアを同居家族がしなければならないという法的根拠はどこにもないんですね。他に提案されている暮らし方は、グループホームと入所施設です。一方で、一人暮らしを提案をされる重度知的障害者は、日本では本当に少ないと思います。
 他の者と平等であること、これは人権の基本です。日本も批准している障害者権利条約では、基本的な考え方として、障害がある人に特定の生活様式を押し付けてはいけないということが規定されています。障害がない人と同じ暮らしを保障されるのが障害者の権利ということです。そして、彼らが体験から何かを選ぶ際に、最初に何を提案するのかがとても大事なんです。

他の者との平等としての人権保障

中村:日本で生活する一般的な人たちは、おそらく26〜36歳の約10年間で親元から離れて暮らすか、親元にいながら親に依存せずに生活を構築するというのがスタンダードだろうと思います。そして、知的障害者にも、その年齢幅の中で、親元を離れて他の人と同じ生活をする機会を提供していくことが、他の者との平等を担保するのだろうと思います。けれども、それが担保されていないのが現状です。提案されるのは、あなたはグループホームで暮らしなさい、入所施設で暮らしなさい、その集団のルールに合わせて暮らしなさいということしか提案されていない。これは平等を全く無視している状況です。
 僕は差別と虐待は地続きだと思っています。入所施設や特別支援学校で虐待の問題が止まないのは、この人は人権を制約してもいい人だという考えが、暴れたら殴ってもいい人だという考えにすり替わっていくからなんですね。実際、虐待が世界的にいちばん多いのは収容所です。要するに人権を奪われている人は、さらに奪われる可能性が高いのです。そういう意味でも、人権を保障していくことが彼らの生活を安全で安心なものにしていくと考えています。
 知的障害者の暮らしの話をすると、グループホームなら社会的に孤立しないし複数の人が見るから安心だとか、入所施設にはこういうメリットがあるとか、選択肢が増えればいいよねと言われたりします。でも、本人にとっていちばんよい生活は、本人が経験してみないとわからないですよね。けれども僕らは、どうしてもその人の今の状況を見て、この人にはこういう暮らしがいいという提案をしがちです。例えば、グループホームを提案して、その環境が本人にもマッチした場合、次に自立生活を体験してもらう理由ってないですよね。でも、グループホームの暮らしは、障害のない人たちは選ばない暮らしです。障害のない同世代の人と同じ生活を最初に提案しないのは、その人から権利を奪うことです。そして、権利を奪われた人はリスキーな状態に置かれてしまう。なので僕は、自立生活を強く提案しているんですね。でも、いろんな理由で実現に至らない場合もあるので、グループホームや入所施設の役割はまだ終わっていないとも思っています。

ディスカッション

ササキ:自立生活はゴールではなく始まりで、そこからどういう生活をつくっていくかが大事だと思います。例えば、どこにご飯食べに行くのか、どんな服を着るのかといったことも含め、どう意思決定していくのかについてお聞きしたいです。

中村:人生プランや資産管理などを決める大きい意思決定と、日常的にどこに行こうか、何を着ようか、何を買おうかなどを決める小さい意思決定があると思います。後者でいえば、僕は本人に聞くのが基本だと思います。例えば、僕がケアに入っているケースでは、自立生活を始めた最初の一年くらい、僕がタンスからその日の服を出して渡すと、彼は気に入らない服を戻していたんですね。僕は一年くらい経ってやっと、本人にタンスの中を見てもらえばいいと気づいたのね。
 じゃあ、どうすれば選べる状況をつくれるか。例えば、遊びに行く先を選ぶ場合、本人の行きたいところはあるけれど、新しい情報を取ってこなかったり、いつものところが安心だという気持ちが出たりして、新規体験を避けがちです。でも、新規体験がうまくハマると幅が広がっていくので、日常的に付き合って何が好みなのかを把握しながら、新規の体験を提案をして、経験して選んでもらう。そのとき大事なのは、自分がしたくないことは提案しないほうがいいということです。自分が楽しいと思っていることを共有していく。その結果として判断を示してくれる。そして、それを尊重する。
 施設の旅行では、本人が拒否しても無理やりバスに押し込んで行ったりすることがありますよね。でも、ガイドヘルプや自立生活では、提案して行ってみて本人が怒ったら帰ればいいんです。それが意思決定に寄り添うということだと思う。同時に、情報を取ってくるのが苦手な人に新規体験を提供しないのは、選ぶ権利を奪うことになると思っています。
 このとき、支援者から見た角度だけで正解を選べると思わないほうがいい。大事なのは、本人を取り囲むいろんな立ち位置の人たちと、提案や決定について共有していくことです。「自分の提案は正しいのかな」「彼の決定を僕はこう理解したけれど正しいかな」というやりとりを支援者同士ではよくやりますが、支援者は同じ方向しか見ていないし、同じ利害関係しかない。なので、そうではない人とやりとりしていくことが重要です。ひとつは家族です。自立したら親は関係ないではなくて、自立してはじめて逆にとても大事な存在になるんだと思います。あとは、本人を知っていて、支援者とは違う角度からものが見えている人を増やしていって、意見をもらえるようにしていく。人間って相手や場面によって見せる自分が違うけれど、トータルで自分ですよね。なので、いろんな角度から見られるようにしていくことが意思決定のいちばんポイントで、いちばん難しいところだと思います。

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参加者1:知的障害で自閉症の28歳の娘がいるので、娘だったらどうなのだろうと思いながら映像を見ていました。支援者は寝るときも付き添うんですよね。一人でいる時間が全然ないのは、本人にとって息苦しくないのでしょうか。それから、映像ではわがままを言っている場面がありましたが、この程度?と思ったので、暴れたりするようなことはなかったのかなと気になりました。

中村:支援者と密に過ごすのは息苦しいと思います。Transit Yardのシェアハウスは3階建だったんですね。なので、どのヘルパーも居室から外れる時間を意図的につくっていました。仮眠は同じ部屋ですが、単純にスペースがなくて隣に寝かせてもらっていたので、もし別室があればそのほうがいいと思います。
 実はあのシェアハウスは先月で立ち退きになって、いまは1DKとも言えないような1Kに暮らしています。やはり支援者が安全を確保しつつ離れて待機できる場所があるという家屋状況は大事です。重度身体障害で一人暮らしをしている方も、同じようなことを思っているんじゃないでしょうか。知り合いの重度身体障害の方は、ヘルパーに出かけてもらう時間や支給をかけない時間をあえてつくっているそうです。ただ、家屋状況が悪くてプライバシーが守れないとか住みづらいというのは、障害の有無にかかわらず誰もが経験することで、それをどう豊かに変えていけるかという工夫のしどころだと思います。入所施設やグループホームだと、確かに一人になる時間は持ちやすいですが、違う意味で監視されているのが実態だと思います。
 行動障害に関する場面は作品の中ではあまり撮っていませんが、実際にはあります。例えば、ストレスが高まっていると、夜中に急に自動販売機でジュースを買いたくなって、5本くらい買ったりするんですが、支援者の倫理観や常識で一晩に5本はダメだろうと思って止めてしまう。すると、本人は怒りだして詰め寄ってくるといったことはあります。でも長く付き合っていくなかで、押さえ込んだり薬を使ったりではない方法で対応できるのではないかと模索しているところです。なるべく本人の基礎的欲求を満たしながら、でも健康な生活を維持していく、そのバランスですよね。
 過去の心的外傷が原因で行動障害を呼び起こしてしまうこともあります。普段いい関係をつくっている大好きな支援者なのに、本人もやりたいわけではないのに、暴力衝動が抑えられなくて殴ってしまう。結局そういう状況にも付き合っていくしかない。なるべくストレスをかけないで楽しい経験をたくさんしてもらって、過去の心的外傷をどう軽減していくかだと思います。

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参加者2:知的障害者の入所施設やグループホームを運営している法人の職員です。入所施設やグループホームで働いていると、彼らがそこにいることが当たり前で、他の選択の余地を疑わずに、権利を奪われてここにいるという認識がないままに働いていることの怖さを、今日は痛感しています。

中村:施設はもともと、障害者が家族に殺されてしまうのを防ぐための収容施設として始まりました。とても貧しい時代で、成立は必然だったと思います。ただ、その後、高度経済成長でみんなが豊かになっていく一方で、施設だけが置き去りになり、障害者はそこに放り込まれるようになりました。そういった状況に対して、収容施設ではダメだという身体障害者たちの運動や闘争を通じて、「措置」から「契約」になり、よりよい入所施設をつくろうというふうに進んできているので、とても変わってきていると思います。とはいえ施設は施設だということで、介護運動のなかでグループホームが生まれて、やっとそれがスタンダードになってきたのが今なんですよね。そして、グループホームもどんどん変化しています。例えば、サテライト型で自立生活に近い生活も支援できるようにしようとか。だからもっと変わっていけばいいんだと思うんです。入所施設もグループホームも次の役割に行くタイミングがもう来ているし、自立生活の実践がその歯車になるといいなと思っています。

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参加者3:知的障害と自閉症と肢体不自由がある息子がいて、指談でコミュニケーションをとっています。私自身はいま生活介護、居宅介護、放課後等デイサービスなどの職員をやっています。指談で意思表示できるんだよということを小さく実践すると、だんだん複雑な文章や理解が構築されていくのを肌身で感じます。先ほど、快不快やなんらかのアクションが誰にでもあるんだという話がありましたが、そういう意思表示、意思決定をやっていいんだとなれば、行動障害も減るというのは息子や周りでも感じています。

中村:僕自身は指談は不勉強なので、その点についてはコメントできませんが、いろんなコミュニケーション手段を常に追求していくべきだろうとは思います。僕は手話もできないのですが、聾の友達はいて、筆談で話をしたり、年配の方は口話を読んでくれたりします。相手と本当にコミュニケーションを取りたいと思えるかどうかがいちばん大事で、コミュニケーション手段は、思い込みや憶測を抜きにいろいろ試して、二人にとっていいものを選んでいくのが大事だと思います。

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参加者3:重度訪問介護がいま対象拡大と言われていますが、その時間数の交渉というのは事業所主体でやるのか、本人が実践を重ねてみて行動問題があるから二人介助にするというように周りから提案があるのか、一人暮らしやシェアが前提での支給決定を最初からもらえたのかお聞きしたいです。

中村:保護者と自立生活を進めたい人たちの間の合意と、本人の必要性があって動き出します。まず計画相談で「公的介護を使った家族からの自立」を長期目標に入れます。これをサービス等利用計画として行政に認めさせなければいけないのですが、これまでのケースでは、行政は、計画はわかったけれど支給決定の時間数は実際に一人暮らしになってみないとわからないと返答してきます。ただ、一人暮らし自体には行政の許可は要らないですよね。なので、とにかく一人暮らしを始めてしまう。そのうえで、事業者はサービスが必要だから提供しているという事実をつくります。こうなると、行政にとっては支給決定を出さない理由はなくなるんですね。だいたい1〜2ヶ月遅れになりますが、遡って支給決定を出してくださいよということになる。
 でも、実際にはいろんな理由をつけて支給時間を削られて苦戦している地域もありますね。そのときにサポートしているのは僕らの場合は居宅介護事業所です。いろんなところをインクルーシブにしていくことをミッションとして掲げるNPOなので、必然性があるんです。それで支給が出ればビジネスとしても成立しますから。自立生活援助も重度訪問介護も、他の短時間支援と比べて黒字になりやすいので。

参加者3:支援学校の高等部などに在学中から、ステップアップのために居宅介護を入れてもらうようなアクションなど、法人として動かれていますか。映画では男性介助者の方々がけっこういらっしゃいましたが、利用者の男女比率はどうですか。

中村:僕の事業所は、地域に重度の知的障害者がどんどん出ていって、世の中を変えていこうということでつくった法人なので、ガイドヘルプの利用が多いです。それから、大田区では、個人が区に介護者として登録すると、有償ボランティアとして1泊1万円程度の謝礼が支払われる個人預かりの制度もあります。居宅介護は、家の中に入って来ることに対して親御さんの抵抗感があったりして広がりづらいですが、ガイドヘルプは広げやすいです。ヘルパーの確保という点でも、ガイドヘルパーにはなりやすいし、ダブルワークでやっている人や未経験からはじめた人も多いです。
 利用者は男性が圧倒的に多いですね。家庭介護の軸がお母さんなので、なかなか息子を連れて外に出ることが難しいし、息子と距離を取ることで家庭内を安定させるというのもあって、男性利用者の方が圧倒的にニーズが強いのだと思います。

(了)

編集:石幡愛

ゲストプロフィール

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中村和利(NPO法人風雷社中理事長、WEBマガジンIKETAMA主宰)
20代、30代を様々な障害者通所施設で働き、また障害児放課後活動施設を立ち上げ運営。障害者施設での集団処遇に疑問と限界を感じ、居宅介護・移動支援を中心とした障害者支援とニート・フリーターを障害支援職に案内していくことを狙ったNPO法人風雷社中を立ち上げ、運営している。30代に施設職員をしながら、地域で自立生活をする重度身体障害当事者の介護に関わりをもつ、同時期に知的障害のある子どもたちの活動施設から数名の入所施設入所者が出たことから、知的障害のある人の自立生活を模索。4年前より大田区で初めての重度知的障害のある青年の自立生活に関わる。また、2018年より、地域の情報活性と介護求人を結びつけるWEBマガジンIKETAMAを立ち上げ運営中。

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