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連続小説:部下を持つ 24

その後も午前中一杯かけて、内定者は、ランチのメニューやサービスについて意見を出し合った。
やがて12:00になり、内定者は、新宿西口と新宿北口・大久保方面に分かれ、ランチに出かけた。内定者は、今回のお題である新宿のランチ事情を確かめることができそうだと、軽やかに歩き始めた。しかし、歩き始めて数分で、今回のお題が自分たちの想像以上に切実であること、そしてバーチャルではなくリアルであることを知り、来年入社する自分たち自身の問題として捉え始めた。
まず直面したのは、店の前にできた長蛇の列だ。グループワークを始めるにあたり東口から聞かされてはいたが、昼食を求めて西新宿の高層ビル群から地上に降りる人間がこれほど多いとは想像だにしていなかった。多くの内定者が新宿西口でなかなか昼食にありつけない。あきらめ顔の内定者の中には、今日の昼食にありつけない不安よりも、入社後の心配を始める者が出始めた。そんな中、最初から大久保方面に向かった内定者の中に、厨房を忙しく動き回る定食屋の店主に、午前中に話し合ったことを話し始める内定者がいた。内定者の中で最も元気な川元だ。
「ちょっとお尋ねしますが、僕ら、来年立川産業に入社するんですけど、このとんかつ定食って新入社員割引ってないですか?僕ら入社してしばらくはきっとお金がなくて」
「ごめんなさいね、うちはそういうのやってないよ」
「すみません」
川元はあっけなく断られた。一緒にランチをしていた他の内定者は、川元の発言をニヤニヤしながら聴いていたが、店主の回答を聴いた途端、笑顔が消えた。軽いノリで聞いた川元からは、両脇の下に冷や汗が走った。川元を含めチームメンバーは、改めてこのワークがリアルなものであることを思い知ったのだ。
昼食から戻ってきた他のチームからも、似たような反応が相次いだ。自分たちの提案を聞き入れてもらえそうな店は無かったのだ。すでに時刻は13:00を回っている。終了の18:00まで残り5時間を切った。たかだがランチの割引を約束してくるだけのワークである。面白そうだからやってみようと、軽いノリで取り掛かっていたのは川元だけではない。内定者全員が出鼻をくじかれた。
「みなさん、午前中にお伝えしたことを思い出してください。みなさんは手段について話し合いました。手段と言っているのは、例えばランチにドリンクをサービスしてもらうといったことです。それが如何に自分たち目線だったか理解できたでしょう」
ふさぎ込んだ内定者に向かって、得意げに東口が語り始めた。
「飲食店にとってもWin、立川産業の社員にとってもWinとなるような企画が出来上って初めて提案となるわけです。忙しいオーナーに時間を割いていただくんです。オーナーにとって有益な内容が組み立てられていないと聞いてくれませんよ。」
「・・・・・」
「でも、そうはいっても最終的には具体案が無いとせっかく聞いてくれるオーナーだって困ってしまいます。そこで、まずはどのようなお店であれば聞いてくれやすいかを探してみてください。皆さんの提案を聞いてくれそうなお店がきっとあるはずです。」
いやに頼もしくなってきた。東口は、今日を迎えるにあたり、ひそかに勉強してきたプレゼンテーションの手法を披露し始めている。
「うちらの提案を聴いてくれるお店を探すのか・・・。そんな店ってあるのかな」
「さっき行った店は聞いてくれそうもないな・・・。」つづく・・・

❒コラム
みなさんは建物の中で帽子を脱ぎますか?
私はゴルフをやりますが、最近、クラブハウスというゴルフ場の建物内で脱帽せずに歩いている人を見かけることが増えました。
競技に出ると競技委員に指摘されることもあり着帽のままの人は少ないのですが、お客様や友人とお邪魔する初見のコースでは、脱帽せずのかたがチラホラ。
私は幼いころ叔父に、建物の中では帽子を取りなさいと指導されました。叔父は、武士も剣士も戦いが終われば兜を脱ぐ。それは相手への敬意からだ。そこから、自分の家以外、つまり他人様の建物内では家主へ敬意を表す意味で脱帽するのが当たり前。と理由まで教わりました。それからは、建物内で帽子を被っているほうが恥ずかしく感じるようになりました。
躾というものは大きな影響力があるものだと、改めて感ずるところでございます。

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