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ゴミ箱があるのに「ゴミ」が落ちている? 掃除について考える in Italia

Buongiorno!
こんにちは、タケディーナです。

今回は、掃除に関するお話です。

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夫が日本に来たときに、驚いていることがありました。

それは、シルバー人材センターの方々がゴミ拾いをしている事について。

お年寄りのシルバー人材センターの人たちが、ワイワイ楽しそうに「ゴミ拾い」や「落ち葉拾い」など、街を掃除してくれている姿をみて、びっくりしたそうです。

お年寄りの方々をみて、
「これ、普通???」って聞かれたので、
「うん、普通だね。」と答えました。

「彼らは市から派遣されてるんだよ。ボランティアもあるけど、仕事してもらう場合もある。リタイアしてもまだ元気だし、働けるし。みんなの役に立つことをしたり、こうやって人と会って話すことも彼らにとって良いことなんだと思うよ。私たちも助かるしね。」と話してました。

このシステムに大変感心してました。
日本の至る所で、こういう掃除する人たちを見かけたと言っていました。
とにかく、至る所で誰かしら掃除していると笑

「イタリアにも、リタイアした人たちが参加する、ボランティアやいろんなものがあるけど、ゴミ拾いは殆どないな。イタリアでは、ゴミ拾いや収集は、生活には大切なんだけど「いい仕事ではない」というイメージがあって誰もやりたがらないんだよ。だから、こうやって楽しそうに率先的に参加している姿はすごいと思う。清潔を保つ、そして掃除するという事に対して誇りを持つ姿に、日本の文化を感じる。」とのこと。

そうなのか!と目から鱗でした。

確かに、「清掃」の仕事はあまり人がやりたがらないのは、日本も一緒ですよね。
でも、「街を掃除をすること」について、悪いイメージではないと思うのですよね。

綺麗にすること = 良いこと 
という、むしろプラスのイメージと言いますか。

こういったボランティアのゴミ拾いの人たちを見ていても、有難いな、偉いな、と思っていました。
みんなで休憩したり、おしゃべりしたり、おにぎり食べたり、楽しんでいたり。

イタリアでも、学生のボランティア活動で、ゴミを減らしましょう、という目立つ色のジャケットを着ている子達を見かけたことがありました。
ゴミを拾うというよりは、声かけがメインなような気がしました。
今はコロナで見なくなりましたが・・・。

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日本にいた頃は、ゴミをゴミ箱に捨てる、ということは「当たり前」にしてきた行為でした。

家でも言われましたし、学校でも掃除をしてました。
自分で散らかしたものは自分で片付けるのよ。
と常々教えられてきた気がします。

近年では街中にゴミ箱自体が減っていますが、街や道路は綺麗なままですよね。むしろ綺麗になってきている気がする。
日本全体で「ゴミはゴミ箱に捨てる」「しっかり片付ける」ということが徹底されている証拠だと思います。

家の外ではゴミはそこらへんに捨てちゃいけない、とほとんどの人が分かっているはずです。例え、家がいくら散らかっている人でも。

東京の渋谷・新宿は昔はもっとカオスでかなり汚かったですが、今は徐々に綺麗になってきた気もします。

スイスに住む友達が日本に遊びに来たときに
「こんなにゴミ箱がないのに、街中にゴミが落ちてないのか不思議でしょうがない」と言われました。

みんなどうしているの????と。

そうですね、考えてみると、ゴミ箱があったら捨てるけど、無かったら見つかるまで持ち歩く、もしくは家に持って帰ることもありますよね。

とにかく「ゴミ箱」がなければ捨てないわけですね。

そんな感じの返答をすると「そうなの?!」と驚いてました。

その時、渋谷にいたのですが、「渋谷は東京でも綺麗な街じゃないよ、今はよくなったけど」と答えました。すると「ここでも十分綺麗じゃない?!これで綺麗じゃないなら、スイスなんか、超ゴミだらけだよ!」と言ってました。

確かに、海外はゴミ落ちてるところが多いですからね。
イメージ的に、スイスは綺麗なイメージがあったのですがそうでもないらしい。

街が綺麗だと心理的にゴミをポイ捨てしにくくなるらしく、スイス人の彼らは歩きながら一生懸命ゴミ箱を探してました笑


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イタリアでは、ゴミ箱は街中にあります。

しかし

ゴミは沢山落ちています。
ゴミ山ではありませんが、至る所にポロポロとゴミが落ちている、という感じでしょうか。
大半の人はゴミに捨てますが、少数派で捨てない人もいるわけです。
(この少数派は、日本よりも多い少数派だと思います)

私としては大変疑問なわけです。

「なぜ、ゴミ箱があるのに、ゴミをゴミ箱に捨てないのか?」と。
だって、日本の自販機並みにゴミ箱が設置されてるんですよ。
数メートル先にゴミ箱が見えるくらい。

ゴミ箱がないのにゴミが落ちていない日本と
ゴミ箱があるのにゴミが落ちているココ。

もちろん綺麗な街もあります。
歴史的な街や、世界遺産に指定されている街は綺麗ですし、田舎街や山に行けばゴミ等はあまり見かけません。

やはり、都会に行くと人が増え、汚くなる傾向にあるのはどこも一緒かな、と思うのですが、それにしても、なんとなく腑に落ちない訳です。
家は綺麗にするのに、ポイ捨てはする。と。

子供でもできる簡単なことで、ちょっと気をつけるだけで出来ることですし。

私は、夫に聞きました。

夫はただ、教育が悪いんだ、バカな人たちが増えてる。
というのですが・・・。むむぅ〜〜っ。

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曜日で開かれるマーケットの後なんか、すごい惨状です。
広場や道路はゴミだらけです。

でも、その後にゴミ収集車が待機していて、全部掃除をします。

その様子を見た時に、これだったんだ!と、私はココに答えを見つけ出した気がしました。

「掃除は自分でやらなくても、掃除の仕事をする人がやってくれる。」

という認識があるのだと思ったのです。

街では、道を掃除する曜日が決まってて、指定日の朝は、その道に駐車できなくなったりします。
例えば、月曜日は道路左側、木曜日は道路右側、みたいな感じです。
決まった曜日に清掃の車がやってくるのです。

朝からゴゴゴゴ〜〜〜っと掃除が始まります。

イタリアでは片付け方も豪快。
一気にブワ〜〜〜〜っと片付ける。

少しずつ片付けて、いつも綺麗にするように心がければ、そんな一気に片付ける必要ないのにな〜と思うのですが。

ここは国民性の違いですね笑

我が家の中でも、片付け方の方針で意見が分かれます。
たまに、ちょっと気にしすぎじゃない??とか言われますし、年末の大掃除の時は、やりすぎじゃない?とか言われたり。
しかし、荷物置部屋にある段ボール箱は何ヶ月も放置してある・・・笑 

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日本だと、
自分で片付ける
元あったように現状復帰
などの意識がありますよね。
そうしないと、場所によって使わせてもらえなくなったりもしますし。

でも、イタリア(その他の国も含め)では、学校で " 掃除の時間 " はなく、
「掃除の人がやってくれる」という認識が根付いているのだと思います。
日本でやる、学校中大掃除なんてイベント、イタリアの皆さんしたことないと思います。

どっちの教育も悪いわけではないと思っています。
基本的な考え方の違いですね。
イタリアの学生はみんな自由でのびのび生活している気がします。

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日本の学校では、
「みんなが気持ちよく過ごすために、学校を綺麗に保ちましょう!」
のようなスローガンをよく掲げていた気がします。

ここにも国民性が垣間見える気がします。
「みんなのため」に綺麗にする、この時点で、人の事をすでに気遣っている訳ですよね。次に使う人のためとか。
しかも、それを習慣としている。

こういう意識は、海外では結構ないものです。
日本での「当たり前」は案外当たり前じゃない。

「みんなのため」「綺麗にする」など
こういうところ
日本の素敵な心掛けだなと思います。

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Ci vediamo!

タケディーナ




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