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Case2: 「非常に深刻です。○○レベルです」

「こんなに人のいない街だったっけ」

地下鉄の階段を登って地上に出てからそう思った。

家の近くのレディースクリニックで「外からでもさわれるほど」の大きな子宮筋腫を発見してもらった私は、紹介状を書いてもらって、紹介先の大きな病院の最寄駅前にいた。

「とにかくできるだけ早く、大きい病院に行ってください」と、レディースクリニックの先生は素晴らしいスピードで紹介状を書いてくれ、筋腫発見の10日後には私は大きな病院の予約を入れることができていた。

それだけ深刻なのか...と少し憂鬱になったが、12月も下旬で、曖昧な気分で年を越すのももやっとするなと思ったので、モヤモヤの種はなるべく早く取り除いてしまったほうが良い、と気持ちを切り替えた。

ちなみに紹介された大きな病院は、かつて私がこどもを出産した病院でもあった。そして病院があるこの街にも結婚前後に数年間暮らしていた。


こどもを妊娠するまでは、毎日のように遅くまで残業し、その足で飲み歩き、友人たちと遊び、週に何回も近所の大きな公園のランニングコースを走っていた。高いヒール、まつげエクステ、ネイル、頭のてっぺんからつまさきまで末端美容も欠かさなかった。アクティブの塊のような日々を送っていた。

妊娠したことで当たり前のように世界は全く変わった。

つわりに苦しみ、食べ物や飲み物、睡眠時間に気をつかい、健康状態を把握するために素爪に戻し、出産の準備で仕事をとても慎重に神経質に調整し、ホルモンの関係もあって気持ちが不安定になり、夫によくあたった。

自分がとても儚く弱く、小さい存在になってしまったような気がした。

もちろん、こどものことは大好きだし、間違いなく出会えてよかったと思っているけれど、今まで自分の好きなように扱ってきた身体が、私ひとりのものじゃなくなるというのは、想像以上に私にとって恐怖だった。

こどもは今6歳。日々ぐんぐん大きくなっていくこどもを見ていると、時の流れを否応なく感じさせられる。

ここも、いろいろな思い出がつまった街のはずなのに、今降り立つと全く別物だ。数えきれないほど通った駅前は、ガワは同じだけど、なんだかよそよそしい。



閑散としていた駅前とは裏腹に、病院は混んでいた。

紹介状はあるものの、初診ということや、年末、時節柄もあるだろう。そういうものだと思って待った。

待つことは想定内で、PCや本を持ち込んでいたので、仕事をしたり本を読んだりして最初は余裕で過ごしていたが、だんだんおなかもすいてきて、名前を呼ばれるころには、病院に足を踏み入れてから3時間が過ぎていた。

先生は、小柄でおだやかな、私と同じくらいの歳の女性だった。仮にA先生としておこう。えんじ色のアクリルフレームの眼鏡をかけていた。

A先生は前の病院の紹介状に入っていた私の血液検査の結果を眺めながら、「深刻ですね」と言った。

「深刻ですか」

「はい、内科だったら輸血されるレベルです」


輸血されるレベルです。


「貧血」はよく聞く言葉だし、貧血で思い浮かぶ症状、例えば、朝礼で倒れたりすることや、朝起きれないということは今までなかったので、貧血、という症状が私に深刻な影響をおよぼしている、ということをその言葉を投げかけられるまで自覚できていなかった。


A先生はこう続けた。

「ヘモグロビンが少ないと、心臓にも負担がかかります」

ここではっとした。思い当たる節があった。

「そういえば、最近坂道を登ると心臓が異常にドキドキするので、運動不足かと思ってたんですが..」

「それは貧血が原因です。酸素をたくさん運ぼうとして、鼓動が速くなるのです」

そうだったのか.. これで前回のおりものの多さに続き、またひとつ謎が解けた。質問するのは大事だ。とのんきに思った。



何回やってもなれない内診台での内診と超音波検査を終え、再びA先生と向き合うかたちになって、A先生が今後の方針を話しはじめる。

「まず、やっぱり筋腫が10cmくらいに達していたので、とるのが良いと思いますが、今日の血液検査の結果と、MRI検査の結果をもって、今後どのような治療をするのがよいのかを来月お話しましょう」

ここで手術の日程を決めると思っていた私は少し拍子抜けした。

「そうなると手術する場合はまだ先になりますか..?」

「そうですね。どちらにしろ、この貧血では手術ができませんので。今は、数値が徐々に下がっていっているかたちなので、なんとか歩いていられますが、一気にこの数値まで下がった場合は輸血されてますよ」

手術もできない貧血とは、と思ったものの、確かに、腹を切るのだから、血もでるし、出血も結構あるのだろう。途端に「手術」がリアルに迫ってきた。A先生はこう続けた。

「もう少し詳しく子宮の中を診たいので、MRIをとっていただきたいのですが、当病院のMRIの予約がおそらく2ヶ月先くらいまでうまっているので、外のMRIセンターで撮ってきてもらえますか」

「外のMRIセンター」と言ったかどうかは覚えてないが、そんなような言葉をおっしゃった。

どうやら、MRIを外注するらしい。そんな仕組みがあることを知らなかった。

店舗の一覧をもらうと、都内に何店舗もあった。会社のオフィス近くにもあった。今までまさか自分がこのような施設にお世話になると露ほども思っていなかったので、まったく知らなかった。人間の目と脳はうまくできてる。

ここでもA先生がすごいさばきで渋谷のMRIセンターに予約を入れてくれ、年内に撮れることになった。

さすが深刻度が高いだけあるなあと、また感心してしまった。


年内、病院はこれが最後だと思っていたのに、最後の最後にもう一軒いくことになってしまった。


次回MRIを人生初めて受けた話。


有料部分はA先生に「輸血レベル」と言わしめた、私の血液検査結果です。


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