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わけわかんないしがらみを跳び越えろガールズ。新しい時代、Z世代の彼女たち。

オリンピックについて、特に書くこともないだろうと思っていたのだけれど、あまりにもすがすがしかったので、書きたくなった。スケートボード女子、そしてフィリピン代表のマージン・ディダル選手について。そしてわたしの14歳の娘を含む、新しい時代の彼女たちのことを。

入院先のベッドの上で

試合のあった日は、娘の日帰り入院の日だった。14歳の娘は「小麦・卵・牛乳・ナッツ類・ソバ」の食物アレルギーを持っている。生後10ヶ月で重度の食物アレルギーとわかり、その後もアナフィラキシーと呼ばれる比較的重篤な発作を繰り返していたため、今まではわたしが鉄壁の防御でアレルギー食材を除去して娘を守ってきた。ご飯はすべて手作り、給食も全部持ち込みお弁当で。

しかし、娘ももうすぐ15歳。いつまでもわたしが守ってやるわけにはいかなくなる。そろそろ自分で自分の体調をコントロールできるようにならないといけない。そのために、どれくらいの量を食べたらどういう反応が出るのか、入院して少しずつ対象食材を食べて反応をみる「負荷試験」を半年ほど前からすることになった。

じつは以前、娘が小学生くらいの時にも、負荷試験をして「うどん」を食べたことがある。しかしその時は4センチくらい食べて反応が出てしまったのだ。それ以来わたしは怖くなって、負荷試験ができなくなった。今の先生と最初の診察の時、「なんでもっと早くにせんかったん?」という娘に、わたしが「怖くて」と言うと、先生はそのことをたしなめるわけでもなく、「そりゃあ親やったら怖くなるよ」と言ってくれた。ちょっと泣きそうになった。それでやっと、負荷試験をまたやってみようと思った。うどん6センチ、うどん2本、の段階を経て、今回がうどん50グラム(4分の1玉)の負荷試験の日だった。

で、日帰り入院先のベッドで、娘とテレビでオリンピックを見ていたのだ。ちょうど、スケートボード女子の予選が始まったところだった。14歳の娘と同じ年頃の女の子たちが元気いっぱいに滑走している。まぶしい。目が離せない。

新しい競技、新しい時代

スケートボード女子、娘と同世代の女の子たちが元気いっぱいの笑顔でみんな楽しそうだった。ストリートから生まれた、なんのしがらみもない新しい競技。

金メダルを取った西矢椛さん(13)も、銅メダルの中山楓奈さん(16)もめっちゃかわいかったし、かっこよかった。本当に素晴らしかった。しかし、報道で日本人の選手ばかりが注目されるのは少しもったいない気がした。各国の選手たち、みんなそれぞれに個性があってとっても素敵だったのだ。ストリート系のユニフォームの着こなし方もオシャレで楽しい。黒キャップに赤毛のウェーブヘアのフランスの選手や、アメリカ人選手のカーゴパンツユニフォームのこなれ感。親しみやすくフレッシュな笑顔の中国人選手。スケートボード女子には個性的でかっこかわいい選手がたくさんいる。中でもひときわ目を引いたのが、フィリピン代表のマージリン・ディダル選手だ。

フィリピン代表、マージリン・ディダル選手

なんの前情報がなくても、ひときわ輝く彼女の笑顔に惹きつけられた。とにかくこの場所に居られるのが最高! っていう笑顔。もう楽しくてしかたがないというのが彼女の全身から伝わってくる。失敗しても笑う。他の選手の素晴らしい演技を讃え、励ます。本当に素晴らしかった。

最後の滑走でコケちゃって、でも笑顔で深々とおじぎをして、そのあと嬉しそうに掲げた右腕に、五輪のタトゥーが見えた。

本当は、彼女の生い立ちとかストーリーとか関係なく、彼女は素晴らしかったのだけど。

フィリピンの貧困家庭に生まれ、けっしてスケートボードに専念できる環境ではなかった彼女。友達のデッキ(板、ボードの意味)を借りて出た初めての大会で少額のお金をもらい、家族にお米が買えると思ったのがスケートボードを始めたきっかけだったという。

だから「ここに居られるのが最高!」っていう笑顔だったんだね。あの笑顔見たら、みんな大好きになっちゃうよ。


彼女たちの自由さ

わけわかんない政治や組織のしがらみとか伝統なんかとは、すべてが対極にある。そこにあるのは、好きなことができる楽しさと生きるよろこび。新しい競技、新しい時代。彼女たちの自由さ、すがすがしさに胸がスカッとした。

さて、娘はといえば、無事にうどん50グラムを食べることができて、反応も出なかった。ちょっとずつ。

退院の帰り道、「なんかちょっとスケートボードしたくなった」という娘。うんうん、何をしてもいいよ。何でもできるよ。わたしはあなたが生きてくれてるだけでいいんだから。好きなことをすればいい。

「でもさ、生きてるだけでいいだなんで中学校の三者懇談では言わないでよ、恥ずかしいから」と娘はいう。

そうかな。中学校だからこそわたしは言うんだよ。

わけわかんないしがらみを跳び越えろガールズ!

ふと、中学に入ったばかりのことを思い出す。学年主任の50〜60代くらいの男性教員と娘の食物アレルギー対応について個別相談していた時のこと。

給食で飲み残した牛乳を捨てるバケツを教室内においているが、それは大丈夫なのか。と聞かれた。アレルギー患者のなかには空気中に漂う成分だけでも反応を起こしてしまう重篤な例もあるので、その確認だった。娘は摂食しなければ反応が出ないタイプだったので、「それは大丈夫です」と答えた。すると教員が、「ああよかった」という。「もし教室内に置くのがダメで、廊下に置いたら、そのクラスにアレルギーの子がいるとバレてしまいますので」

はあ?

どういうこと? 娘の体調を心配してのことじゃないんやな。

娘の存在や病気を隠せと?

人と違う特徴や個性を持っているとイジメの原因になるとでも? 保育園から小学校までは、「この子にはこういう特徴があるから、みんなも気をつけようね」というスタンスで、みんなが守ってくれていた。その方が安心だ。実際娘の友達が、給食のアレルギー食材のメニューに事前に気づいてくれたこともあるくらいだった。それが中学では人と違うことを隠さないといけないってことですか? 

体裁とか、個性を隠して均一化するとか、そんなことばっかり考えてるからイジメがなくならへんのじゃあ!と、ぶるぶると今にも教員に食ってかかりそうなわたしに気づいて、娘は小声で言った。

「だいじょうぶ、仲のいい子にはわたしから言うから。それにわたしコミュ力あるからだいじょうぶ」

ああなんか、頼もしいなと思った。

娘の方がよっぽどオトナだよ。


Z世代の彼女たち

Z世代(1990年代後半から2012年頃に生まれた世代)の女の子たちは、私たちが思うよりずっと、うんと自由でしたたかだ。

そのかろやかさで、この時代の、わけわかんないしがらみとか蹴って蹴って、ひょいっと柵を飛び越えていってほしい。


スケートボードみたいにシューっとね。

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ドレスの仕立て屋タケチヒロミです。 日本各地の布をめぐる「いとへんの旅」、大学院で研究することになりました! いただいたサポートはありがたく、研究の旅の費用に使わせていただきます!