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妄想の防波堤

山育ちだから、海は永遠の憧れ。
海辺で青春時代を過ごすってどんな感じなんだろう。

きっとこんな防波堤を歩いたり、腰掛けて語りあったり、「好きだ!」とかいって海に飛び込んじゃったりするんだろうか。(あくまでも妄想です。危険なのでマネしないでね)

妄想の防波堤

防波堤といえば…。

最初の学生時代の彼が海辺の街の出身で、彼の地元に遊びに行ったことがある。海沿いの防波堤沿いの坂道を、彼といっしょに登った。彼はしきりに、小さい頃から知っているこの場所に、わたしが居ることが信じられない、というようなことを興奮しながら話していた。少し先を歩く彼がわたしを振り返り、人懐こい笑顔でわらった。太陽が眩しくて、彼の顔が逆光になっていた。

そのとき、なぜだかわからないけれど、「ああ、いつかこの日を想い出すことがあるんだろうなあ」と思った。目の前にある光景が、未来から眺めた過去みたいにフェードがかって見えた。ということは、わたしのなかでこの日々が過去形に変わることを、すでに予感していたのだろう。

彼はわたしに「大学を卒業したらなるべく早く結婚したい」と言っていた。彼のことは大好きだったけど、わたしは内心「それはない」と思っていた。しかも早く結婚したいという理由が、「父親を見るに、おそらく自分も禿げてしまうだろう。だからなるべく早く結婚しておきたい」というのだ。

そう言われて、「では結婚しましょう」と思う女性がいるだろうか。別に禿げるのがどうこう言っているわけではない。わたしの父も祖父もそうだったので「そういうものなんだろう」くらいに思っていた。問題は、そのことを仮にも結婚したいという相手にポロっと言ってしまうこと。そういうとこだよ。

結局、彼とは別れることになった。もし彼があのとき、「結婚しよう!」と言って海に飛び込んだら、わたしは結婚しただろうか。いや、それはぜったいにない。ああ、飛び込んでくれなくてよかったと思う。うっかり飛び込んでしまいそうな演出大好きタイプの人だったから。

妄想の防波堤ほど、美しいものはない。

わたしはその後、間違ってもプロポーズで海に飛び込んだりしないような人と結婚した。そもそも夫は泳げない。それにちゃんとプロポーズもされていない。サプライズ的なことが何もできない夫なのだ。こういうのって、中間はないものなのだろうか。


結婚して20年以上経つが、しかし夫は禿げてはいない。

兵庫県赤穂市坂越にて



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