ビールは大人への憧れの味

1年間、ビールを禁止してました。健康診断で数値がヤバかったとかではなく、自主的に。去年の11/30、小学校時代からの友人と飲んでいて、そのうち1人が「最近ビール控えてるんだよね〜」なんて話したノリで「じゃ俺もやめるわ」でやめました。元からやめたかったんだと思います。

もともとビールは好きでした。ビールだけで何杯でも飲んでました。ビールを飲むのは楽でした。楽というのは、アルコール的な意味ではなく、どこにでもあるもの。それはそれは「とりあえず」なんて枕詞がついてしまうほどに、楽な存在だった。

この3年間思考しかしてない思考マンな僕。「とりあえず」なんて軽い気持ちでビールを選ぶのはビールに失礼では?思考停止では?とりあえずじゃなく、お前が飲みたい!だからビール!と注文すべきではないのか?ビールとの距離を見つめ直すべきではないか?などと倦怠期のカップルのようなことを言っていました。

そして見事1年間、一切ビールを飲みませんでした。

案外、ひとは「週4を週2に減らす」とか、半端な頑張りよりは、一切絶ってしまうほうができるんだな、と実感しました。

ちょうど1年経った日、12/1木曜日。愛すべき同期たちが僕のために(翌日休みをとってまで)最高のビールを飲ませてくれる日を設けてくれました。

1件目はドイツビールの店で、文句なしにうまかった。忘れてた、この味。

でも2件目、アサヒスーパードライを飲んだんですが、美味しくないんですね。。。あんだけ飲んでたのに。

そもそも「ビールはのどごし」っていう概念をつきつめたくて。それって味はマズいってことじゃん?って。実はビールはマズイのでは?という疑問を確かめるためのビール禁止でもあったんです。

「最初の一杯はうまい、あとはいい」とかもうまくないじゃん。マズイって言えよって。喉乾いてるときの水分感覚で味を無視して飲むなら爽快に感じるけど、あとあと味わって飲むとマズイって。そういうことなんじゃないのって。

1年やめてあらためて飲みましたが、確信に変わってしまいました。

その日以降も、解禁したので、ちょくちょく昔飲んでたビール買って飲んでみてるんですが、やっぱり美味しくない。悲しい気持ちになりながら、でも美味しくないってわかってるのになぜか飲みたくなる気持ちにも気づきました。依存性でもあるのかな、と。

ビールって、大人の飲み物だったんですね。大人への憧れそのものだった。

誰でもビールを最初に飲んだ時は苦かったでしょう、飲めなかったでしょう。それから何度か挑戦して、味を感じないようにしてるうちに、(もしかして麻痺して)飲めるようになって。大人への仲間入りをして、仕事終わりのビールなんて体験して、そんなことも忘れて今になってるんじゃないでしょうか。

僕は見つめてしまった。見つめ直してしまった。

愛してるよ、ビール。これからもたまに大人への憧れを思い出させてくれ。

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