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造形をめざして【3】『造形講座』全5巻、そして吉阪隆正の「有形学」へ

昭和29-30年にでた河出書房版『造形講座』。企画当初は全9巻の予定が、結果的には5巻までしか出なかったようです。そのシリーズの第3巻『環境と造形』(河出書房、1955年)は、建築家・吉阪隆正による監修。内容はさながら「古今東西建築活動大図鑑」で、膨大な図版と軽妙ながらも含蓄ある吉阪節が炸裂です(図1)。

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図1 造形講座3環境と造形

ちなみに、吉阪が記したたくさんの文章をあつめた著作集(全17巻、勁草書房)にも「環境と造形」は収録されていますが、図版と文章がガッチリ組み合わされたレイアウトを維持して、異なる判型の著作集へ掲載することはできず、一時は「そのまま復刻」すら模索されたのだそう。

Eテレ工作番組の変遷や、京都造形芸術大学改名問題にふれてきました「造形をめざして」。3つ目のお話は、吉阪隆正監修『環境と造形』を含む『造形講座』シリーズを眺めながら「造形」について備忘録的に記しておきます。

『造形講座』の構成

『造形講座』の帯文には、美術評論家・今泉篤男(1902-84年、当時、国立近代美術館副館長)による「本講座を薦める」が掲載されています。ちょっと読んでみましょう。

現代の造形表現の問題は極めて多方面にわたり、われわれ日々の生活と非常に密接で複雑な関係を示しています。美術に関係ある人々に限らず、一般の人々にとっても、造形の問題が今日いろいろなものの考え方の根底に深く根をおろすことは、これからの新しい社会の建設のために是非必要なことに違いありません。ところが、われわれが当面している混乱した造形上の生きた問題をわかり易く整理して説いてくれる刊行物はほとんど見当らないのであります。この講座がその重要な役割の一つを果たしてくれることと信じます。

今泉が評すうるように、戦後日本社会のなかで「造形」あるいは「デザイン」といった切り口の重要性が次第に認識されていきます。たとえば、『造形講座』が出版された1950年代後半には次のような本・雑誌が出版されています。

1954年 造型教育研究会編『デザイン教育講座』美術出版社
1955年 武井勝雄『構成教育入門』造形芸術研究会
    遠藤教三『造形表現』造形芸術研究会
    造形同人会、雑誌『造形』創刊
1956年 勝見勝編『現代のデザイン』河出書房
    小池岩太郎『基礎デザイン』美術出版社
    開隆堂出版社『造形ニュース』創刊
1957年 武藤重典『構成・デザインの基礎』造形芸術研究会

「造形」という考え方を俯瞰し、まとめる作業が積極化したのがこの頃のようです。『造形講座』もそうした気運のなかで企画されたのでしょう。先述したとおり、この講座は当初は全9巻の予定だったようです。それは同書奥付をみるとわかります。

造形講座 (当初の刊行予定リスト)
第1巻 形と色 末田利一編
第2巻 表現の世界 村田良策編
第3巻 環境と造形 吉阪隆正編
第4巻 服飾と生活 新井泉編
第5巻 手と道具 村田義之編

第6巻 機械とデザイン 山口正城編
第7巻 視覚による伝達 小池新二編
第8巻 造形教育 森桂一編
別 巻 造形する人々 村田良策・小池新二編

このうち、実際に刊行されたのは、太字にした1、3、4、5、6巻で、6巻に割り振られていた「機械とデザイン」が欠巻になった2巻に納まります。こうやって全体像をみると、やはり出版されなかった巻があったら、「造形」がより多角的に提示できたであろうと思われ惜しまれます。

そんな『造形講座』。既刊分の目次を以下に書き出して、全体の雰囲気をつかんでいただければと思います。

第1巻 形と色 末田利一編
 自然への観察
  山と石
  植物のすがた
  微小の世界
  貝殻のかたち
  雲と水
  水爆と活火山
  天体
 形と構成
  直線・直線の構成
  曲線・曲線直線の構成
  面の分割・構成
  立体・立体構成
  自由線と分解構成
  人体の造形表現
 あとがき

第2巻 機械とデザイン 山口正城編
 Ⅰ 機械の登場
 Ⅱ 機械と人間
 Ⅲ マス・プロダクション
 Ⅳ デザイナーの系譜
 Ⅴ 点の秘密から人間工学へ
 Ⅵ インダストリアル・デザイン
 Ⅶ 工業製品と現代
 追記、あとがき

第3巻 環境と造形 吉阪隆正編
 Ⅰ 出発点
  1.環境=F(自然・人間)
  2.美や歓びのもと
 Ⅱ 造形の要因
  1.二つの欲望・怠けと遊び
  2.機能と形
  3.材料と形
  4.技術の進歩と形
  5.権力・勢力と形
  6.防工・武装と形
  7.生産・消費と形
  8.社会構造と形
 Ⅲ 特に現代的な要因
  1.独善・分裂・混沌
  2.スピードの増加
  3.スケールの拡大
  4.エネルギーの強大化
  5.計量の精密化
  6.自然の改造
 Ⅳ 結び
 あとがき

第4巻 服飾と生活 新井泉編
 Ⅰ 服飾と生活空間
 Ⅱ 服飾と造型感覚
 Ⅲ 服飾と民族様式
 あとがき

第5巻 手と道具 村田義之編
 Ⅰ 手の働きと発達
 Ⅱ 手と道具
 Ⅲ 道具と機能
 Ⅳ 技術と道具
 Ⅴ 工作機械
 Ⅵ 鑑賞
 あとがき

各巻それぞれに構成も異なり、監修者によって「造形」観もいろいろ。なかには新井泉のように、「造形」ではなく「造型」という語をあてる人もいるくらい。そんな全5巻のラインナップのなかで、やはり特異な内容で目を引くのが、第3巻『環境と造形』です。

『環境と造形』の世界

第3巻を担当したのは建築家・吉阪隆正(1917-80年)。前川國男や坂倉準三などなどと並んで、ル・コルビュジエに学んだ日本人建築家として知られるとともに、生活学・考現学の創始者・今和次郎に師事したことでも有名です。

早稲田大学建築学科で教鞭をとりつつ、設計事務所「U研究室」を主宰、さらに登山家・探検家としての顔も持つ。そうしたキャリアが、この『環境と造形』にもこだましています。そんな吉阪のユニークかつ深遠な思想に触れるには『好きなことはやらずにはいられない:吉阪隆正との対話』が最適です。

さてさて、それでは『環境と造形』はどんな内容だったのか。同書ではキーワードとなる「環境」について冒頭、こう説明されます。

ここでいう環境とは、
 人間を中心として見たときに、
 その人間を、とりまく世界のことであり、
 それは、宇宙のなかの
 無数にある恒星・惑星中の地球、
 それもその表面という
 薄い球面の僅かな層だが、
 光がきらきらと輝く世界である。

なんとも壮大なスケール。さながら吉阪流古今東西建築活動大図鑑の様相を呈しています。たくさんの「環境と造形」を膨大な図版(全307枚!)で示しつつ、「環境=F〔自然・人間〕」を見出そうと試みます。

その中に何か人間に共通な反応がありはしないか。反応の結果はさまざまな形をとっていても、その奥には何らかの法則が見出せるのではないか。

「あとがき」ではそんな同書について「『環境と造形』という題目は、やや人文地理学の解説、あるいはその参考図集という感じを受けとられたことと思う」と前置きし、「しかし私は建築活動(この言葉に対し僭越とは思うが、私は人間が環境整備のためにつくり出すすべてのもの、及びそれを作ることを含ませている)の解説と解釈と考えたのであった」と説きます。

全部で300枚以上ある『環境と造形』の図版。一番最初は「地上百哩の上空から地表を見る」です。そして、地球の航空写真からはじまる古今東西の旅の終着点、最後の図版は土門拳撮影による「家族団欒の図」。この図版を掲げながら、吉阪はこう説明します。

夫婦和合、家庭団欒、子供の成長、それが可能な社会。
いいかえれば、時代の条件に適合するように、個人と集団とを和合させること
それが恙なく行われることに、案外終局の目標があったのではないか。
そのための努力、そのための環境整備、そのための創作であったのではないか。
この知慧を忘れた造形は、死物であることを知るべきである。

地球から家族にまで至る「造形」の世界。

冒頭にも書きましたが、『吉阪隆正集』の第5巻(勁草書房、1986年)がその名も『環境と造形』と題して、この『造形講座3:環境と造形』も収録されています。

同書の「後記」にて、建築家・平井秀一氏はこう書いています。

この本(『環境と造形』)は30代後半の若き吉阪が、自らの感性に依拠しつつまとめたマニフェストであるといえよう。原本は写真による図版を中心にまとめられており、文章は図版と一体となってこそ理解できる。また、図版のレイアウトも実によくデザインされ、当時では画期的な出版物であったろうと思われる。紙面全体を使い、モンドリアンを思わせる比例分割をしたり、あるいは自由に割り付けたりして、図版と文章の配置をデザインしている。

そのレイアウトの妙があって、同書を著作集に収録するのは難航したそう。一時は「そのまま復刻」すら模索されつつも、最終的には、一部を紙面そのままに縮小して掲載して、原書の雰囲気を伝えるにとどめています。

平井氏によれば「人間と自然との関係のあり方」を問う姿勢は、卒業論文以来のテーマだそう。さらには、その後「有形学」へと発展する契機としても『環境と造形』は特筆される一冊だといいます。

「有形学」へ

『環境と造形』が後の「有形学」へと発展する契機となったとのこと。ではその「有形学」とは、ということで、『吉阪隆正集』の第13巻がその名も『有形学へ』となっています。同書に収められた文章の一つが、テレビ大学講座用テキスト『生活とかたち:有形学』(旺文社、1980年)。

一般向けに「有形学」を説くこのテレビ大学講座はどんな内容だったのか。目次をみるだけでも、あの『環境と造形』がさらに発展した世界を感じとることができます。

生活とかたち:有形学
1 生活とかたち(有形学)
2 拠点を選ぶ
3 広がり
4 外向と内向
5 熟練、洗練
6 規模拡大
7 階層区分
8 過剰、破局、彼岸
9 文化や文明の伝播
10 人口革命とその後
11 江戸時代の例
12 時空のブツ切り
13 異質間の調整
14 結び目としての単位
15 視点と視野

ガイダンス的な位置づけの第1章。「人類は、絶えざる自然改造によって高度な文明をつくりあげていったが、その原動力を、新たな視点から探っていく手段として『有形学』を提起する」とあります。

人間が物をつくる。その人工物に囲まれて暮らすということが新しい問題となり、つくる本人である人間、その「人間がつくる」とはどういうことかという根源に戻って設問しなければならない。

あるいはこうも語ります。

バラバラに分岐してしまった各専門分野を、もう一度総合してとらえるためには、そして人間居住としてどのように歓びのある生活をつくり上げるかを発見するためには、物の姿を通じて生活の絡み合いを知る必要が生じて、有形学をつくらせる。
安心できるのは総合されたものだ。(中略)このためには過去を顧みて、物の形がつくられる経過に学び、他方、未来に賭けて提案するみちを探ることだ。

人間が物をつくるとは?を問うこと。そのためにはバラバラな専門分野を総合すべく、物の姿を通じて生活の絡み合いを知る必要がある。過去から「形がつくられる経過」に学び、そして「未来」へ向かって提案する。

1950年代に『環境と造形』の執筆依頼を受けて、吉阪は大いに刺激を受けながら、「環境」と「造形」の関係について思索を深めたにちがいありません。そして、そこで育まれたビジョン、壮大な「建築活動図鑑」は、1980年代に「有形学」へと発展していったのでした。

そんな「有形学」。2004年に開催された「吉阪隆正展」のシンポジウムが本にまとめられています。

全10夜にわたったシンポジウムの最後もまた「有形学」をめぐって展開しています。建築評論家・川添登の発言を拾って、もやっとしたお話を締めることにします。

だから「有形学」というのは、ある意味では面白いんですね。かたちをあらしめると言っているけれども、あらしめるとは読めない。かたちをあらしめるというと造形学になるでしょう。だけど造形学じゃないですね。やっぱりかたちがある。
なかでも、「有形学」には受け継ぐべきいろんな要素があります。形態的認識の一番基本に関わる問題をやっている。(中略)ちゃんと自分の生活を見つめて、そこから論理を築き上げて、住むとは何か、食べるとは何か、ということを実証的にやっていこうというのが今和次郎の生活学であり、吉阪さんの住居学ですが、有形学は広大な領域が残されたままです。僕がもうちょっと若ければ、「有形学」をやるんだけどね(笑)。


参考文献
吉阪隆正監修『造形講座3:環境と造形』河出書房、1955年
吉阪隆正『生活とかたち:有形学』旺文社、1980年
吉阪隆正『吉阪隆正集 第13巻:有形学へ』勁草書房、1985年
平井秀一「後記」、『吉阪隆正集 第5巻:環境と造形』勁草書房、1986年
重村力「環境-生活-形姿という構図」、『吉阪隆正集 第5巻:環境と造形』勁草書房、1986年
2004吉阪隆正展実行委員会編『吉阪隆正の迷宮』TOTO出版、2005年

図版出典
トップ画:『造形講座』表紙(全巻共通)、河出書房、1954-55年

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