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私の祖父母は戦争体験者

戦後77年
今は平和なのだろうか

これから
戦争に向けて
進んでいるのではないか

とても不安・・・


私の父方の祖父は

特攻隊でした。

祖父の飛行機の出発する日の
前に
終戦となり

祖父は生き残ることができました。

そして、

祖父母は
大阪で大空襲の時

お互いを探し回り
見つけ出し

抱き合い

絶対生きてまた会おう
と、
約束したそうです。

戦争が終わり、
二人生きて
結ばれてくれたことで

今の私があります。

母方の祖父母は
沖縄戦を体験しています。

祖父は

がんで、
私が短大生2年の夏に
亡くなったのですが、

モルヒネでもうろうとしている中

戦争中の事を思い出したらしく

アメリカーが来るーー

と、椅子を振り回し
壁に穴をあけたそうです

意識ももうろうとした中

当時の恐怖が
フラッシュバックしたのだろう。

生きていた頃
一度も戦争の話は
したことのない祖父でしたが

この出来事が
当時の戦争体験そのものを
物語っているのではないかと・・・

トラウマとして
祖父の記憶から
無くしたくても
なくならない出来事。

母方の祖母は、

防空壕で
教頭先生が

天皇陛下ばんざーい

と言い放ち
自分で首を切って
命をたったのをみたそうです。

その、教頭先生の
娘さんたちもいる中
だったそうです。

戦火を逃げながら、

小さい子をもった
母親が

何か食べ物をください

と声をかけられ

祖母は
もう、傷んでしまった
食料を手渡したそうです。

母親は喜んでくれたけど

祖母はどうなったかな
と、心配したが

逃げるのに必死で
その後は
わからないと言っていました。

私が幼い頃

祖母から

塩と、砂糖があれば
生きていけるからね

と、
きっと
戦争体験からの
生きるために
必要になる食材を
幼い私に、心から思う
祖母の切実なアドバイスだったのかも
しれません。

そんな恐ろしい事を
経験して
生きていてくれて

本当にありがとう。

今の私があります。

世界が
日本が
平和でありますように。

日々の生活に感謝。
温かいベットで寝られることに感謝。
家族と一つ屋根の下で
健康で暮らせることに感謝。

当たり前に感謝。

今日も読んで頂きありがとうございました。


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