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逃げか、挑戦か

中学1年生の時、所属していたクラブチームを辞めて地元の中学の部活に転向しました。

この頃に初めて具体的にJリーガーになるにはどうするか?を考え始め、大卒プロを目指そうと決めたからです。

小学生の時点で自分にサッカーの才能がないことは嫌というほどわかっていたので、6年後にJでプレーしているイメージはどうしても湧きませんでした。でも、10年あればなんとかなるかもしれないと考える、わりと前向きな少年だったんです。

大卒プロから逆算すると、大学で日本一のチームに入って活躍できさえすればいいから、中高のキャリアはそこまで影響しない。でも、日本一のチームに入りたいのに受験で落ちて入れないなんてことになってはそこで夢が潰えます。
大学サッカー日本一の学校がどれだけの偏差値であろうとも入学するには、それなりに偏差値の高い高校に入る必要があり、そのために中2になりかけの僕がやるべきことは、勉強でした。でもクラブでは放課後すぐ電車に飛び乗り、帰宅も遅い毎日で勉強する時間がほとんどありません。
だからきちんと勉強ができて、サッカーも続けられるよう環境を変えました。

一言で言えば、「大卒Jのために部活に転向」です。
でも一般的には、中学でクラブチームに入ることがプロを目指すために通るべき道です。なので周りからは「竹本はサッカーを諦めた」というレッテルを貼られます。クラブの元チームメイトからは「竹本は逃げた」と言われていました。(こういう声って不思議と人伝に耳に入ってくるんですよね。)

自分の中でも、「これは逃げているだけではないのか?」という葛藤がずっとありました。

意思決定が間違っていなかったかも、と最初に思えたのは、5年後の高校サッカーで神奈川県準優勝をしたあたりです。決勝進出を決めたタイミングで中学のクラブのチームメイトからも、部活のチームメイトからも応援のメッセージが届きました。「応援してる、頑張れ」というメッセージが過去の自分を肯定してくれたようで、少し安心したことを覚えています。
そして大学4年次にオファーがもらえたことで、10年の時を経てようやく「あの時の自分は逃げたわけではなかった」と、自分を納得させられました。

もしも今、自分がどの道に進むべきかわからなければ、とりあえず自分の素直な想いに従ってみてはどうでしょうか。そしてそれが逃げではなく挑戦だ、と証明するために懸命に進めばいい。その歩みを「努力」と呼ぶのだと思います。

現在は、Jではなく海外挑戦を選んで活動しています。「日本で活躍できない可能性を怖がっているのではないか」なんて葛藤は何十周もしました。答えは未だわかりません。

21歳の自分を肯定するために、今日も頑張ります。


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▼竹本将太のプロフィール
1998年生まれ、神奈川県横浜市出身。
あざみ野FC→横浜FC鶴見JY→中川西中学校→横浜市立東高校→関西学院大学を経て2020年からスペインへ。高校在学時、県2部リーグながら主将として神奈川県準優勝。その後一般入部で関西学院大サッカー部に入部し、2019年主将として全国3位。Jリーグのオファーを断り2020年からスペインサッカーに挑戦中。

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竹本将太

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関西学院大学サッカー部主将(2019)→スペインサッカー挑戦(2020)