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教#047|才能はなくても、努力する才能のある人の活躍を、みんなは期待している~ブルーピリオドを読んで⑱~(たかやんnote)

 八虎は、高2の夏休み前に、絵を描き始め、東京芸大を受験すると決めてからは、毎日絵を描きます。一日も欠かさず、描き続けることが大切です。楽器の場合ですと、一日休んでしまうと、元に戻すのに二日かかります。時間は、短くても構いません。が、まあ、最低でも1時間は練習が必要です。

 私は、去年の二月から毎日、源氏物語を読んでいます。一日も休んでません。もし休んでしまったら、もっと全然、読みやすい、軽い読み物に逃げてしまいます。源氏物語は、主語と云うか、主体がひとつのセンテンスの中で、次々に入れ替わって行くので、難しいんです。敬語の使い方で判別できるわけではありません。敬語の不規則な、例外的な使い方が、そこら中にあふれています。その昔からの注釈書が沢山あって、一応、こうだろうと云う王道的な解釈が定まっています。王道の解釈に従って、取り敢えず、ベーシックな理解を一通り終了させます。7ヶ月半かけて、一回目が、終了しました。すかさず、二巡目に入りました。今、二巡目の最後あたりです。浮舟が、薫と匂宮の二人に愛されて、板挟みになり、宇治川に身を投げて、入水しようと決心する、そのヘンです。終わったら三巡目に入ります。取り敢えず、三巡はさせます。その後、四巡目、五巡目と回数を重ねて行くかどうかは、三巡目が終了してから決めます。三巡目まで終われば、1000時間くらいを費やしたことになります。最低でも1000時間くらい時間をかけないと、その文化のベーシックな教養は、身につかないんです。1000時間で、ようやく偏差値55の壁に辿り着きます。55までは、時間さえかければ、誰でも到達できます。ここからが、本当の学習です。1000時間は、ウォーミングアップに過ぎないんです。

 ちなみに、どの道のエキスパートを目指すとしても、1000時間を10周させて、10000時間は、費やす必要があると、一般的には言われています。まあ、多分、そうだろうなとは思います。私が、二十歳に戻れたとしたら、二十歳から、10000時間を源氏物語に費やせば、源氏物語の研究者になれます。22、3年かかると思います。ですから、42、3歳で、ようやく学会で、ちょこちょこ発言できるようになる・・・って感じです。

 八虎が絵を描き始めたのは、遅かったので、まだせいぜい1000時間くらいしか、絵を描いてません。芸大合格者は、二浪、三浪あたりがボリュームゾーンだと推定できます。つまり1000時間を4、5周させています。1000時間を4、5周と、ウォーミングアップの1000時間のみとでは、物理的に勝ち目はないと推定できます。が、最終的に八虎は現役で、合格しました。つまり、ウォーミングアップだけで、合格したわけです。才能があれば、ウォーミングアップだけでも、いやウォーミングアップなしでも、合格することもあります。が、ブルーピリオドを読む限り、八虎に絵の才能があるとは感じられません。ただ、努力する才能は間違いなくあります。

 ブルーピリオドは、アフタヌーンと云う主に成人男性をターゲットにした週刊マンガ誌で連載しています。とんでもなく才能を備えた天才くんが、易々と大成功を収めると云ったsimpleなサクセスストーリーを読者は、求めてない筈です。努力して、頑張って、何とかカツカツで壁を越え、また大きな壁にぶちあたって、そこで逡巡し、悩み、誰かに励まされ、どうにかこうにか困難を乗り越え、少しずつ高い頂を目指して登って行く、超ド級の艱難辛苦に満ちたstoryを読者は求めています。

 今週号のアエラで、パナソニックの社長の樋口泰行さんのインタビュー記事が掲載されていました。大会社の社長さんには、別段、興味はないんですが、樋口さんが、ドラムを叩いている写真を使っていて、読んでみようと云う気持ちになりました。

 樋口さんは、大阪大学の工学部出身。マスターには進まず、学部卒業で、松下電器産業、つまり現パナソニックに入社しています。経済的な理由で、大学院進学を断念したと書いてあります。ですが、その頃は、学部卒で入社する方が、多かったんです。入社してから、会社がゼロから鍛える、そういう時代でした。ちなみに、樋口さんは、大学時代に軽音サークルで、ドラムを叩いています。最初に配属されたのは、溶接機を作る事業部。きつい、汚い、危険な典型的な3Kの職場で、ショックを受けたそうです。つま先に鉄芯の入った重たい安全靴を履き、通常の作業着の上になめし革製の分厚い防護服を着て、その上に革地のエプロンを着用。長時間、溶接を続けて、金属粒子を容赦なく浴び、全身が粉塵だらけで、鼻の中まで真っ黒になる。帰宅しても、昼間見続けた閃光で目が焼け、涙がこぼれて眠ることができない、そんな職場です。大卒が働く職場としては、確かに想像を絶する過酷な環境です。が、当時、中卒の私の同級生は、普通にこういう仕事をしていました。こういう過酷な職場は、建設現場以外、あまり見かけなくなりました。東南アジアに外注しているんだと思います。建設現場にだって、外国人労働者は、沢山います。

 これだけ過酷な3Kの職場を体験すると、相対的に勉強をすることは、楽になります。社内留学試験に合格して、HBS(ハーバードビジネススクール)に留学します。HBSでは、授業の準備のために、毎日、12時間費やしたそうです。多分、睡眠時間は、2、3時間です。まだ、32、3歳だから頑張れたと言えます。当時のHBSの同窓生は
「樋口さんは、自分をむき出しにして競い合う人じゃない。競争心を刺激するHBSの仕組みには、樋口さんは、余計につらさがあったんじゃないかと思います」と、証言しています。
「おとなしい性格です、などと言っていたら、はじき飛ばされてしまう世界。教室に入る時、毎回、パンパーンと頬を叩いて気合いを入れた。お前はアグレッシブだ、発言しろ」と、自分を励ましていたそうです。

 正直、ドラムが上手そうな感じは全然しません。オーラを発してないんです。他のスナップ写真も、普通の真面目で、常識のあるサラリーマンと云った風貌の写真です。スティーブジョブズやビルゲイツのような、大天才は、日本の会社組織の中にはいません。樋口さんのような、普通に真面目で誠実な方が、トップに辿り着く、そういう社会であるし、あって欲しいと、スピリッツの読者だけでなく、多くの日本人は、多分、思っています。

 絵の才能はなくても、努力する才能のある八虎の活躍を、読者は期待しているわけです。

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