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ネオ・マタギの詩

 冷たさの中に身を沈めて、青い光の中に包まれる。もう慣れてしまった。
 対熊用追跡対策ジェルは、いまやこの東京にも必需品だ。体温と臭いを、三時間の間完全に消してくれる。おれはこの世界から居なくなる。
 いつも考える。やつらをここに片っ端から沈めてやって、存在を消滅させてやりたい。熊共め。
 少子高齢社会の到来は、思わぬ副産物を生み出した。それは、放置された山が、今まででは考えられなかった程、動物たちにとって豊かになったのだ。
 そして、突然変異が起こった。不法投棄の粗悪なバイオ・プラスチックの混じった山の食い物を食べ漁った熊──ネオ・ヒグマ共が、毛の硬質化と高い知能を得るようになり──山より人里の方がメシが豊富だということに気がついてしまったのだ。
 もはや半分棺桶に突っ込んだ猟友会は愚か、警察までもが叶わなかった。政府は自衛隊の出動を検討したが、折からの予算削減で、まともな装備を持たない彼らには歯が立たず──広く海外からハンターを集めるようになったのだ。
 熊共の繁殖力はゴキブリとは言わずとも猫や犬並で、放っておいてもすぐ増えてしまう。ハンターにとって今や、東京を中心として日本全土が楽しいキルゾーンだ。
 おれは着替えて、猟銃──クマ撃ちレールガンは基本装備だ──をひっつかみ、シェルターから歩み出た。
 偶然始まった地球寒冷化は、熊共に最高の環境を与えた。忌々しい牡丹雪が半分廃墟のビル群にかかり、ブーツで踏みしめた雪がキュ、と耳障りな音を響かせた。
「……勘弁してくれよ」
 二メートル半の熊が手を広げ、白い息を吐いていた。シェルターに飛び込む前、おれはこいつに追われていた。ネオヒグマ共は人間自体に強い執着を持つ。例え俺が携行核弾頭を持っていても、俺がメシを持っているかも──あるいは俺が美味いかもしれないと考えるのだ。
 おれはレールガンを構えて、心臓に向けた。
「終わりにしようぜ、兄弟」

続く

#逆噴射小説大賞2020