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面白い記事を書く方法

昨日の記事で、もっとnoteで記事を書いて、ベテランになったら書きます。と言いながら早速、ベテランさんにケンカを売るようなタイトルを書いてしまった私をお許し下さい。

やってはいけないと言われるとやってしまうし、押すなと言われると、どうしても押してしまうのです。

そして怒られて「すいません!」と言いながら、また押してしまう私は何かの病気なのでしょう。

さて、私はnote初心者ですが、変人ですがご安心下さい。自分のサイトやブログでなら何年も記事を書いているので、なんとなく書き方はわかっているつもりです。

ただ、私は自分で面白い記事を書けるなんて思っていないですし、別に特別なノウハウを知っているだとか、「これはこうしろ」なんて偉そうなことを言うつもりはありません。

他の方の意見を否定したりするつもりもありません。

ただ、5年、10年と長い間、ネットで文章を書くという経験だけはありますので、それをお伝えすることはできます。

そしてこんな誰でも知りたい内容を、サラッと一言で言えるはずがありませんので、今日は簡単で、なおかつ重要なことをスラッとしれっとお伝えしたいと思います。映画で言えば序章です。

この記事でお伝えたしたいことは、至ってシンプルな内容です。ちなみにここで言う「面白い記事」というのは、人の心を惹き付ける魅力的な記事のことを指します。

興味のある方は是非最後までご覧下さい。

あほの関西人、気付く

突然ですが、私は中国の古典を結構読んでいまして、そこに今回のタイトルの内容に繋がるヒントがありました。

以前書いた記事ですが、もし時間がありましたら、一度読んでみて下さい。動機は不純ですが、私が「なぜ古典を読み始めたのか」が書いてあります。

固い話ではなく、いつものバカ話なので、鼻くそほじりながら読んで頂いても大丈夫な内容です。

では続けさせて頂きます。

「中庸」という中国の古典があるのですが、その中で私の心に突き刺さった言葉があります。

人一度して之を能くすれば、己れ之を百度す。
人十度して之を能くすれば、己れ之を千度す。
果して此道を能くすれば、愚と雖も必らず明、柔と雖も必らず強なり。

なんじゃこりゃ?という声が聞こえてきそうですが、これは何を言っているのかと言いますと、

人が1回で出来るなら、自分は100回努力する。人が10回やるなら自分は1000回努力する。

何か物事をやっていて、他の人より能力で劣ると思うなら、人の10倍、100倍努力すれば差は縮まるし、人に劣ることはない。どんな弱者でも強者になれる。

といった内容のことが書いてあります。

私は二十歳ぐらいの時にこれを読んで、衝撃が走りました。

「人の何倍も努力したら、誰だって凄くなるんだから、それは当たり前」と言われてしまえばそれまでですが、私にとってはもの凄く熱い応援メッセージだったのです。

努力をすれば、他の人に負けない、いつか越えることができる可能性があるというのは希望があります。当たり前のような言葉でも、私はこれこそ真理だと心躍らせました。

私は昨日の記事でも書きましたが、非常にあほなので、勉強も仕事も全然覚えられないし、のみ込みも悪い。要領も悪いし不器用。仕事どころかゲームも覚えられないしヘタクソなんて、何てダメ人間なんだろうと思っていました。

でも「器用な人の何倍も努力すれば負けることはないんだ。陰で人の何倍も練習すれば強くなれるんだ。」この気持ちを持つだけで頑張れる気がしました。

「自分はこれからもずっとダメなのか、何をやっても無駄なのか」という気持ちを吹き飛ばしてくれたのが、先ほどの応援メッセージだったのです。

自分はできない、自分はダメだと言っていても、何も変わりませんが、ダメならダメなりに、できないならできないなりにでも行動していれば、少しずつ自分は向上していくのです。

手塚治虫、めっちゃ描く

私が学生時代に愛読していた漫画「まんが道」に、漫画の神様と呼ばれる手塚治虫が登場します。

主人公はドラえもんの作者である「藤子・F・不二雄」と「藤子不二雄Ⓐ」がモデルとなっている才野茂と満賀道雄のマンガ家を目指す二人組。

この二人がある時、はるばると汽車に乗って手塚治虫の家をたずねます。自分たちの描いた原稿を見てもらうためです。

しかし手塚治虫の家で見たものは、400ページの出版のために描かれた1000ページの原稿。なんと天才・手塚治虫は世に出ることのない原稿を600ページも余分に描いていたのです。

才野と満賀は衝撃を受けました。「天才ですらこんなに努力しているのに、俺たちときたら、描いたのはたった30ページの原稿・・・これで頑張っている気になっていたなんて、恥ずかしい」と、帰りの汽車で原稿を外に投げ捨てます。

そして新たな気持ちで漫画を描く決意をするのです。

昔読んだ話なので、ちょっと違う部分もあるかもしれませんが、天才ですら、陰でそこまで努力しているのです。いや、精一杯の努力をするから天才なのでしょう。って凡人代表の私には、もうよくわかりません。

でも、もしかしてあなたが天才だと思っている作家さん、応援しているクリエイターさんは、元からスゴイのではなくて、才能があるのではなくて、いつも陰で頑張って努力しているのからスゴイのかもしれません。そう考えたら、もっと応援したくなりますね。

あほの関西人、自惚れる

ここまで書かせて頂いたことをまとめると、面白い記事を書きたいなら、魅力的な文章を書きたいなら、ただひらすら自由に書きまくるべし。というのが一つの答えです。

だからといって「自分は全然ダメだ」「文章が下手だ」と思って書くのではなく、「今はたしかにダメかもしれない。下手かもしれない。でも書いて少しずつ上達するんだ。書けば必ず上手くなるんだ」と思って書かないと意味がありません。

同じようにダメだと思っていても、目的、目標があるのと無いのとでは、まったく進む道が違ってきます。

あなたが面白い文章を書きたいと思うのは、書くことが好きだからだと思います。それならば、楽しみながら書く、書き続けるしかありません。

プロの方なら話は違ってきますが、私達は好きで記事を書いているわけですから、苦しんで書く必要はありません。むしろ苦しんではいけないのです。

楽しみながら書けない、書いていても不安なら、自分の好きな人の文章を真似てみる、参考にする、ひたすら読み返す。好きな映画を観まくる、漫画を読み漁る、それも努力の一つです。

自分の見るもの、聞くこと、全てを吸収し、あらゆる情報をヒント、参考にして文章を書くのです。

それもなかなかできない。わからない。という方は安心して下さい。あなたはもうすでにnoteで記事を書くという努力をしています。今までしてきたはずです。まだの方は今日から、今から書いていきましょう。

記事を書くということを継続していると、誰にもあなたにもわかりませんが、少しずつ記事は面白くなっているのです。

あとは、あなたなりに楽しんで、コツコツと記事を書き続けることです。

書くテーマが無ければ、その日あったことを詳しく書けばいいと思います。何も無い日なら、何を思ったのか、何を考えたのか、何を見たのかを書けばいいし、夢でも妄想でも、何でもいいのです。

ちなみに私は、何年も前に自分で書いたブログの記事を読み返すことがありますが、ビックリするほど下手でした。読んでて恥ずかしくなるレベルで、もう消してしまいたいぐらいです。いくつかほんとうに消しました。

そんな恥ずかしい文章を書いていた私ですが、当時はそんなこと思ってもいなかったのです。

「俺には文才がある」と思って書いていたのです。自惚れって恐ろしいですね。

でも時には弱気で書くよりも、自惚れて書くことも必要かもしれません。私はいつも「自分は天才だ」「才能がある」と口に出しています。もちろん部屋で一人の時にですけど。

それは本当に思っているのではなくて、自分にそう言い聞かせているのです。そうやって気持ちを盛り上げて記事を書いているのです。

心の中では何を思っても捕まりはしないので、大いに自惚れて楽しく記事を書いてみてはいかがでしょうか。

というわけで、序章はこれぐらいにさせて頂きます。

もしタイトル詐欺になっていたらすいません。バナナあげるので許して下さい。

本編はまだ先ですが、もっと私が面白くて魅力的な記事を書けるようになった時、続きを書きたいと思います。ありがとうございました。

END

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