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30歳。ほぼ未経験から農業を始めた青年にぶっちゃけ農業ってどうなのよ。を聞いてみた。(前編)


さてさて!それでは、早速、高山に暮らす方の紹介ですよ〜。
記念すべき初回を飾る高山住まいの方は、渡辺聖光さんです!
今回は、聖光さんのお家と畑におじゃましました。

みっちゃんハウス

こちら、聖光さんのお家。
まるで、北の国からに出てきそうなお家だわ。
畑がお家のすぐ前にもあります。(お、おや?農作業に使うようなものが車のタイヤに巻きついているぞ・・・。何だろう、あれ。ドギマギ・・・!!)

こんにちは!おじゃましまーす!!
お家の周りには、農機具が、たくさん。これらも、新規就農のために、揃えられたもの。聖光さん、今年から農業で独り立ちされたんですって。
農家さんはきっとこの季節忙しいのでしょうに、時間をいただき取材に協力してくださいました!!聖光さんありがとうございます!

農業で独り立ちって、どうしたらなれるの?

「農業で独り立ち」って、どんな風にされたのでしょう。
とっても気になるこの辺り、じっくり聴いていこうと思います!

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こちらが渡辺聖光さん。伊勢崎市出身。現在30歳。
2年前に、群馬県伊勢崎市から、高山村に移住して来られました。
この春までの2年間、高山村内の農家さんで、農家研修を経て、
今年から一人で農業をはじめられた新人農家さんです。
農業と関係ない学部卒。その後農業に目覚めたんですって。

聖光さんは、一体どんな風に農業に興味を持ちはじめたのでしょうか。

聖光さんは、慶應大学出身。農業には全然関係ない商学部。
高校生の頃は、薬学部に進もうと考えたこともあったそう。
「病気で悩む人を助けたかったんですよね。」
でも、結局薬で治していく方法は、対処療法であると感じはじめ、進路として薬学部を目指すのはやめることにしました。
そして悩む中で、世の中を動かしていくのは経済やビジネスなのでは。と商学を専攻。それでもグローバリズムは結局文化の破壊なのでは。という疑問にぶち当たり、積極的にやりたい仕事というのを見出せずにいました。

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公務員志望からガラリと転向。
「食」を支える仕事がしたくて。


聖光さん、大学を卒業したのち公務員を目指そうかと勉強していた時期もあったそう。でもやはり何かが違う・・・・・。人生を模索していました。
そんな中、人間として根本的な「食」を支える仕事をしようと思い始めます。そのきっかけは在学中のこと。お兄さんが読んでいた木村秋則さんの『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』幻冬舎 (2008)を読んだことで、農業に対する見方が一変したことがきっかけで、さらに自然栽培に関する本をいくつか読み、「無肥料自然栽培」で育てられた野菜や作物には、病気を治す力があることを知ります。
その後、福岡正信さんの、自然農法の本を読み、その哲学に、現代社会に対するメッセージとして共感を覚えます。
自然農法とは、基本的に、土を耕さない、自然界の力を借りながら行う農法のこと。

振り返ると、元々の薬学部志望の動機と重なっています。
「病気で悩む人を助けたい。」

公務員を目指すことをやめた頃、実家から通いで、地元のおまんじゅう屋さんで働きはじめます。おまんじゅう屋さんは、朝が早く、朝の5時から、お昼頃までで、午後は自分の時間として使えたそう。

聖光さんは、午後の時間の使い道として、当時実家の隣にあった畑で農業の実験をはじめます。広さは、10m四方くらいの大きさの畑でした。聖光さんは本をたよりに野菜づくりをはじめます。野菜の作り方は、もちろん自然農法を選びました。

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実験!種を混ぜた泥団子を畑に投げてみた!!


そしてはじめた畑には、土地の改良のためにと、まずはクローバーの種を蒔きました。

そのあと、福岡さんの本から、「畑というのはその土地にあった野菜が生き延びる」という理論を学び、いろんな野菜の種をまぜ、それを泥団子にして畑に投げ込み蒔いていきました。(!!)
すると、そこから三浦大根や茄子、人参が育つではありませんか。
育った彼らは花を咲かせ、今までに聖光さんが見たことのないような美しい景色が現れてきます。その後「野菜の種を取る」という経験をします。

その次に、おじいちゃんが兼業農家としてやっていた畑を一反(300坪)ほど借りて動物性の肥料を撒き、蕎麦を育てるということをしてみます。当時は、機械を触ることもなかったので、“作を切る”作業から自分の力で行いました。(さくを切るとは「くわで田畑にうねを作る。また、農作物の根元に土を寄せかける。」こと。)同時にその頃、ミツバチに興味を持っていたので、そば畑がミツバチの蜜源になれば・・・。という想いもあったそう。

田んぼも畑もやっていたおじいちゃん。機械の動かし方など、その後徐々におじいちゃんに教えてもらいます。
種を継いで野菜を作る高山村の有機農家さんに出会う
2年後、聖光さんは、後藤さんという、高山村で有機農業をやっている方に出会います。それは銀河高原ファームの後藤さん。

先に兄夫婦が高山村に越していました。義理姉が収穫祭で出会った後藤さんの野菜が美味しい!と感動したことから後藤さんを知ります。その後、後藤さんがテレビ取材を受けているのを見て、後藤さんが自家採種(自分の畑で取れた野菜から種を採り、それを繋いでいること)をしていることを知ります。

元々聖光さんは自家採種する農家さんで、勉強をしたいと考えていました。
日本の農家さんでも自家採種している方はとても珍しいとのこと。
その冬、聖光さんは後藤さんにお話を聞く機会に恵まれます。そこで来春から研修生でとのお話になって、翌春2017年後藤さんの畑で研修することが決まります。

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左から、後藤さん奥様、後藤さんご本人、義理姉の渡辺藍さん、聖光さん。

聖光さん!ところで、農業の研修って何ですか?
研修したら農家になれるの??
研修しているときは、生活費はどうしたの??
まだまだ聞きたいことが目白押しの丸山。
質問攻めの後半は、また次回!!


ライター/丸山 えり
群馬県前橋市在住。東京都生まれ。広告会社に勤務したのち「自分たちで食べるものは出来るだけ自分たちの手で作ってみよう」と移住を決める。平飼いたまごの農家さん「すぎな農園」でたまに遊んでお百姓さんとは。を学ぶ。得意なお仕事は、企画・編集・写真撮影・デザイン・広報。コト・モノ・ヒトの魅力を独特のの切り口で発見し、未だそれを知らない人へ向けて最大限のイメージで伝えます。あらゆる瞬間、自分の良い成分を最大限に抽出し写真・動き・食べ物で共にするひとと愛を作っていきたいです。最愛の夫と私、わがやのモットーは「素直で正直に生きる。」
https://maruyamaeri.pb.online/


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