-FFL-football for life         ~僕がサッカーに出会うまで①~

こんにちは、たかちゃんです。

本日ようやく、本田圭佑が発起人の東京社会人サッカーチーム
『ONE TOKYO』のサロンメンバーになりました。
お金がかつかつすぎて死にそうですが、何とかココだけは投資したくて奮発しました。

『サッカークラブのオーナー』になる夢に向けて、
走る一歩を歩みだしました。

今回は、
サッカーを人生のテーマにしている僕だけど

自分とサッカーとの出会い、なぜここまでサッカーは自分を熱狂させるのかをちょっと深掘ってみようと思います。

何回になるかわかりませんが、ここ何回かつらつらと書こうと思ってます。


僕がサッカーに出会うまで

サッカーとの最初の出会いは中学二年生の時。

と、その前に、自分が野球少年だった時の話から話します。

(今回はほとんどサッカーの話でてこないかなぁ笑)


僕の地元は野球がとにかく盛んで、

その影響もあり僕は小学5年から野球を始めた。

正直5年生というのはスポーツを始めるにはかなり遅い。

実は小学3年から知り合いの親や友達からずっと誘われていたが、
断り続けていた。

その理由はシンプルで、
『自由に、好きな時に遊びたかったから』笑


僕の貴重な人生を、平日の練習と土日を試合でつぶしたくなかった。

何かにコントロールされたくなかった。


なんと生意気なガキだろうか(笑)

そして結局、遊びにも飽き、5年生で野球を始めるのだった。

始めたきっかけも、あまり内発的な動機ではなく、周りの影響だった。

少年野球時代はずっとベンチを温め、正直あまりいい思い出はない。

でも、人間として得たものは大きかった。

努力すること。仲間の大切さ。師匠の存在。自分と向き合うこと。

この人間としてのソフト面はここで育まれたかもしれない。

だからこそ、スポーツには多くの価値を感じる。
(スポーツの価値についてはまたの機会に書きます)



そして中学も、クラブチームで野球をすることにした。

他の選択肢は考えなかったのか?と思ったが、まったく考えていなかった。

野球本気でやろう!!っていう気概はほどほどに、どちらかというと

小学で仲良かったメンツがいたからだ。

ここも今につながるなあ。
自分の意思決定には「人」の影響が大きいことに。


そして出来立てほやほやのクラブチームにジョインした。
人数は13人。2年と1年で構成されたチームだ。

そして、なぜか入部後すぐに、

僕は未来のエース候補になった。

その背景には、ある大物の影響があった。


つづく(ってなんのストーリーやねん)





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