20240321 暗くなるまえに #豊橋
村上さん(明日、照らす)の弾き語りライブを見に、はじめて豊橋に来た。翌日。せっかくなので豊橋をすこし散歩して、昼過ぎくらいの電車で東京に戻ることにする。
朝ごはんを食べて洗面所に歯を磨きに来たら、自然光がそっけなく壁を浸して、静かで硬質な時間が流れていた。鏡が硝子窓の外の青空や建物を反射していた。
はじめて歩くまちはいちおう、概要的な情報をあらかじめ少し集めておく。まず、優先的に調べるのは(古)本屋・CD(レコード)ショップ・銭湯・アートギャラリー。それから美術館・博物館・郷土資料館・図書館などの文化施設系、公園・川・湧き水・丘・湖などの自然系。余裕があれば老舗っぽい地元で有名なお菓子屋さん・パン屋さん・酒屋さん・喫茶店など、地域密着型の個人商店でいくつか気になるところを見つけておく。最後に、ほとんど参考にすることはないが観光名所やイベントなども一応調べる。
貧乏なひとり旅を何回か続けているうちに、とても短い時間でまちを概観し、自分の好きなところをつかみ取る調べ方・歩き方が少しずつ分かってきた。ひととおり調べれば、そのまちを時間内で最大限(自分なりに)たのしむためのルートがあるていど浮かんでくる。それを今回の散歩の漠然とした方向性として、そこから逸脱する可能性を多分に残しながら、あるきはじめる。
最初に立ち寄った「ボン.千賀」さんは老舗のお菓子屋さん。パピロ(バターパン)を食べてみたかったのだが残念ながら今日は販売していないとのことだった。店内で甲斐みのりさん監修の地元パン文具が棚いっぱいに展開されていたのが印象的だった。
お昼に食べる菓子パンを2つと、高尾で待っている祖母へのお土産としてレモンクッキーを買った。
さっき調べたときに、「水上ビル」という面白そうな場所を見つけていた。豊橋駅西口をすこし南にいったところから、ずらーっと東に向かって板状のビルが連立している。そのビル群の1階には喫茶店やスナック、定食屋、雑貨屋、などの小商店がひしめき合っていて、ビルの両側面は商店街の様相を呈している。
しばらくこの商店街をあるく。他にあるくひとは少なく、あいている店も少ない。古いスナックや喫茶店に交じって、おしゃれなカフェもちらほら見つけられる。
そして商店街の境目に、つまりビルとビルの境目に、突如として橋があらわれる。
どこにも水は見えないのだが、ビルとビルの間に架かっている橋。
このビル群はじつは暗渠化された用水路(牟呂用水)のうえに、その用水路を忠実になぞるように立っている。橋が残されていることで辛うじて、やんわりと、しかし確実に目に見えるかたちでそれが伝わる。
こんな風景が延々と続いている。
ひとやすみしたくなったので、気になった純喫茶「キャロン」に入って、コーヒーを頼む。女性がひとりでやっている。常連らしきお客さんと何やら楽しそうにおしゃべりしている。このときわたしは名古屋のモーニング文化のことを完全に忘れており(そんなことある?)、コーヒーと一緒にサンドウィッチやゆで卵が出てきて「お~?」とびっくりしてしまった(そんなことある?)。
「ぼくコーヒーしか注文してなかった・・・んじゃないかな~・・・と思います」と思わずこぼすと、「同じ値段でついてきますよ。11時までね。食べるでしょ?」と言われる。むしろ、良いんですか?ありがとうございます……。何も知らない他所の若者にも優しい。
420円でドリンクにサンドウィッチとゆでたまごとバナナ一切れが付いてくる。モーニング文化、素晴らしい。帰り際、さっきは失礼しました、おいしかったです、と言うと、おばさんは「いいのよ!若いから食べた方が良いでしょ。年寄りだったらこんなこと言わないんだけどね」と笑った。
お店の入り口ちかくにあった、机と一体になっているタイプの古~い麻雀ゲームの筐体はプラグがコンセントに刺さっていなかった。ボタンが黒く汚れていた。
どうして水上ビルが生まれたのか、用水路のうえにビルが建ったのはなぜなのか、気になり始めた。ちょうどキャロンのある大豊ビルのちかくに「まちなか図書館」という綺麗な図書館があったので入って調べてみるが、郷土資料じたいが少なく、水上ビルについて詳しく書いてあるものは無かった。図書館ではあるが、飲み物OKだったり、お喋りOKだったり、コミュニティスペース的というか、豊橋の文化拠点的立ち位置なのかなーと感じた。
水上ビルは、豊橋ビル、大豊ビル、大手ビルと3つに分かれており、大豊ビルと大手ビルを分断する国道259号(田原街道)に大きな歩道橋が架かっている。
しばらく歩いて、ひそかに目をつけていた「LiE RECORDS」に到着。12時の開店を待って直撃する。
CD棚に直行。ミュジック・コンクレートの作品もあったりして、ユーモラスな棚。せっかくなので1枚買ってみようと思って勘をたよりに選ぶ。森山ふとし『ゆうたいりだつ±』と迷ったが、筒井響子『エイ!』を1曲試聴したら意味わからなくて良かったのでこれに決める。しかし、会計後に(いつの間にか再プレスされていたらしい)Nora Guthrieの7inchを見つけてしまう!激しく興奮しながら追加購入。
他にお客さんはいなかったので、店主に仙台から来たことを明かしつつ、昨日の人参湯でのイベントのことを話す。明日、照らすのことは知らないようだったが、人参湯でDJをやったりしていたという。その話を聞いただけで、豊橋の文化的なネットワークの肝心のところが見えた気がしてしまった。自分の住む場所をせっかくだから面白くしようと、面白い場所や出来事をつくって残そうとしているひとは、おなじようなひととたいてい繋がっている。
「銭湯ファンなんですか」と聞かれる。「銭湯ファンでもあるんですが(?)、単純に明日、照らすというバンドがむかしから好きで」と正直に答える。
「豊橋ははじめてきたのですが、この水上につくられた商店街は本当に面白くてびっくりしました。建物自体はかなり古そうですが、このお店みたいな、あたらしいお店も増えているんですか?」
「そうですね、古い店と新しい店が混在しています。もともと用水路が暗渠化されて、そのうえにつくられた商店街なんですが、戦後の闇市が発祥なんですよ。いまもむかしも治安が悪くて。
ビルの2階から上は住宅になってますが、生活保護を受けている生活困窮者のかたが多く住んでいます。棟によって構造とか間取りが違ってて、建物としても面白いですよ。
このお店は、自分たちでリノベーションして、内装も綺麗にしました」
「だんだんあたらしい店も入って、いま少しづつ発展している途中ということですか」
「発展している最中というより、いまがトップですよ!この建物ももう20年以上は続かないと思うし。ほら、ここも水道管から水が漏れてて、如雨露をしたに置いて受けてるんですよ。地震が来たらもう終わりだと思う。
水路と土地と建物とで所有者が違うから色々難しいんですよね。建て替えとかは絶対に無理です。だからあと20年くらい、なんとか続けようって、それだけです」
「建物が壊れる前に、また来たいです。ありがとうございました」
ここまで十分に豊橋を散歩してきた。帰りの電車の時間が迫っている。しかし、どうしても一軒行きたい古本屋があるので、足早に向かう。今日は良い天気で本当に良かった。Nora Gathrie「Home Before Dark」が沁みる。口ずさみながら大池通を歩く。水上ビルのことがまだ気になっている。
古本屋に到着。古本屋らしく、はいったら荷物を全部入り口に投げたくなるくらい狭い。いたるところに在庫の山。老夫婦で営んでいるらしく、二人がときどき何か話している声が聞こえる。ラジオやテレビではなくてなぜかYOUTUBEショートが流れていて、ゆっくりボイスが政治ニュースを読み上げている動画が延々とループしていてあまりにもサイケデリックだった。
文学、美術、思想、文化、科学、医学、民俗などを猛スピードでまわり、郷土資料を念入りにたしかめる。用水の歴史や豊橋中央の昭和史を探すが、水上ビルについての記述は少ない。ダメ元で店主と思しきおじさんにたずねる。「すみません、豊橋駅前ちかくの水上ビルについて書いてある本ってありますか?牟呂用水についての歴史とか、あのビル群が生まれたころのことを知りたいのですが・・・」はじめ、店主は虚をつかれたように「水上ビル・・・?」と戸惑っていたが、夫婦で言葉を交わしあって本を探しはじめた。古本屋の対応としては丁寧すぎるくらいに、奥の倉庫まで調べてくれて、「ごめんね、ちょっと分からなかったな。ここに無かったらないと思う」と申し訳なさそうに教えてくれた。
水上ビルができるまえに現在の豊橋ビルあたりの牟呂用水路を地元のひとが清掃している古写真(昭和25年)が素敵だったので『写真集:豊橋いまむかし』(近藤正典監修、名古屋郷土出版社、平成元年発行)を購入する。
豊橋駅行のバスの乗り場も丁寧に教えていただき、本当にありがとうございました、と言って店を出る。今日も出会うひとがみんな優しかった。その旅の思い出はどのようなひとに出会ったかで色調が変わる。
バスに乗りながら水上ビルについて調べる。結局、大豊協同組合が発行している『大豊ジャーナル』がいちばん詳しく、読みやすかった。ちなみに、ここには水上ビルができるまえ(1958年)の地図が載っている(挟間橋のちかくに遊園地があったりして面白い)。
戦後、大豊商店街を再開発することになって商店主たちが立ち退きに同意したが、結局あたらしく商店街の用地を確保することができなくて、苦肉の策で用水路のうえにビルを建てて商店街にしたらしい。LiE RECORDSの店主も言っていたが、既に老朽化がすすむ建物も権利者が複雑に絡んでいて建て替えもできないらしい。
スマホをしまって、ああ、そういえば路面電車に乗り損ねたなあ、とぼんやり思った。