見出し画像

021:技術を愛するトムの参画|クレイジーで行こう!第2章

不思議なタイミングで連絡が入る

製品が立ち上がる直前で、プロダクトの責任者であるマイク・リアンが会社を辞めることになった。全体の青写真はマイクの頭の中にあったため、このままでは10人以上いるエンジニアが宙に浮いてしまう。向こう1~2週間のタスクは積まれているものの、その後は、はっきりとした目標が立っていない。プロジェクトがストップしてしまうことはもちろん問題だが、何人ものエンジニアが辞めてしまうんじゃないかという不安もあった。

マイク・リアンの代わりになりそうな人がいないか探してみるも、ヒデと「なかなかいないよね」と話す毎日だった。

不安を抱えていたある日、トムから連絡がきた。トムというのは、3年前に本気で採用を検討した人物だ。スタンフォード大学で機械工学を4年、その後工学部の大学院で2年、MBAでさらに2年学んだエリートで、当時は30代前半くらいだっただろうか。プロダクトのマネージャーとして採用を検討していたが、もうひとり評価の高かったジョエルと競って、採用には至らなかった。

実は当時、僕がもっとも高い評点を付けたのはトムだった。ところが、他のメンバーはなんだか気が進まないという。「頭が良すぎる」「成熟していない」といった具合だ。その気持ちも、多少はわからなくもない。とにかく病的に早口で、頭で考えたことを端から端までひと呼吸で話すのだ。圧倒されてしまう気持ちもわかる。だが、僕からみたらしっかりと筋が通っていて、すべてのロジックが正しかった。

3年前は残念ながら縁がなかったが、今ここで連絡をくれたのは思わぬ機会だ。もしかしたら、トムこそがマイク・リアンの穴を埋めてくれるかもしれない。

約束の時間に連絡が来ない……

トムはそれまで、再生エネルギーの事業を担う会社でインドのチームをまとめていた。ところが、インド市場から撤退することになり、部署ごとなくなってしまったという。それで、あっさりと全員解雇。シリコンバレーではよくあることだ。

市場に優秀なエンジニアが放出されると、たくさんの企業がそれを獲得しにいく。それはまるで、海に放たれた餌をたくさんのサメがむしゃむしゃ食べるようなイメージ。あっという間に食い尽くされてしまうのだ。僕とヒデは、とにかくトムを獲得しなくてはならないと躍起になった。

僕たちは、まどろっこしい交渉はしない。トムに会うなり、とにかく単刀直入に話をした。

「とにかく困っているんだ。プロダクトをまとめられる人がいなくなってしまった。トム以外にいないんだ。フラクタに来てくれないか」

熱心に話したら、少し心を動かしてくれたようだった。すぐに決めてくれることは叶わなかったが、それ以降も毎日のようにラブコールを送った。

「木曜の朝までに返事をするよ」

その言葉を聞いて、僕たちはその日まで待つことにした。僕たちの想いは伝えたから、あとはトムに考えてもらうしかない。

木曜日の朝がやってきた。メールをチェックするも、トムからの返信はきていない。そこで僕から電話をしたが、一向に出てくれない。これは、NGというトムの答えなのだろうか。

「ダメだったか……」

電話に出てくれないのでは、もはや説得のしようもない。とても惜しいが、他の人を探すしかないだろう。僕とヒデは肩を落として、また一から考え直すことにしたのだった。

ところが、すっかりあきらめた午後4時ごろ、なんとトムから電話がかかってきた。トムの答えはこうだった。

「まずは1か月試してみることにするよ」

朝の電話に出なかったのは、悩んでいたからだという。

「いろいろなパターンを考えていたから、電話に出ることができなかった。将来性を考えると、フラクタはやはり面白い会社だ。ただ、日本の色が強いから、カルチャーフィットするかわからない。それを検証するために、まずは1か月試してみたい」

こうして、トムがプロダクトの責任者として入ってくれることになった。

プロジェクトに参画したとたん、トムは驚くべきスピードで全体像を把握していった。2~3日ほどで、これまでの体制の問題点をまとめ、これからの方針を決めていってくれた。それは本当に、見事だと言うしかなかった。

投資銀行とコンサルティング会社には入社しない

トムは、6歳のときにポーランドからアメリカに移民としてやってきている。共同創業者であるラースさんも移民だった。僕は、苦労の多かっただろう移民の力を信じているのだ。

アメリカで生まれ育った裕福な白人は、こう言っては何だが大した苦労をしていないケースも多い。特に、過干渉な親が多いのだ。学校の授業が気にいらなかったら「子どもの成績が下がった」と教師を辞めさせてしまうこともある。アメリカではそんな親を、ヘリコプター・ペアレントと呼ぶ。白人の人たちは、そんな親に甘やかされてしまう。

一方で、移民の人たちは言葉や肌の色の違いから、いろいろな苦労をする。ハードシップを乗り越えるために、コミュニケーションをはじめとしたさまざまなスキルを洗練させてきている。ラースさんは、相手の下から懐に入ることも、妥協することも知っていた。僕も移民なわけだから、ある種の親和性を持ってフラクタが生まれたと言っていいだろう。移民の人たちには、逆境に負けないハングリー精神があり、僕はそれが好きだった。

「トムくらい頭がよければ、もっと稼げるだろう? なんでゴールドマン・サックス証券やマッキンゼーに行かず、再生エネルギーなんて地味なことをやっていたの?」

コーヒーを飲みながら僕は尋ねた。いつの間にか「お試し」と言っていた1か月を過ぎ、最近では、トムとコーヒーを飲みながら話すことも増えた。

「そうだね、頭の筋で言えばその世界でも働けると思うよ。彼らはものすごく優秀だし、きれいなプレゼンをするし、正しいロジックで話す。でも……これを言うと嫌われるんだけど、彼らはなんにも生み出していないんだよ。文字通り『ゼロ』なんだ」

僕は、そんなトムの考え方に共感した。彼は、ものごとを金儲けという観点で見ていないのだ。

「それから、マッキンゼーは断ったんだ。一度、マッキンゼーのパートナーと面談をしたことがある。自動車産業を扱っている人で、彼女の話すストーリーはとてもロジカルできれいだったよ。でも、僕は過去にフォードで働いていたから、彼女の言っていることが『間違っている』とわかってしまった。そういう人がパートナーをしているってことは、やっていることも間違っているにちがいないと思った。そんなわけで、僕は投資銀行とコンサルティング会社には就職しないって決めたんだ」

トムの考えは、まさにノブレス・オブリージュ。僕がヒロに言った言葉と同じだ。自分に知性や才能が備わっていると知っているから、それを自分のためでなく、社会のために使おうとする。

アルゴリズムを世界一にして守り抜く

「スタンフォードでは、パーティとかあるの? 僕たちはアメリカの学生生活はよくわからないから教えてよ」

そうトムに尋ねたことがある。

「あまりなかったよ」

「テレビドラマとか見ると、プロムとかさ、ホームパーティとかあるじゃない?」

「みんなはやっていたけど、僕は別のことに夢中だったから……」

なんだかトムの様子がおかしい。いつもと違って、次の言葉が続かない。

「何? スポーツ?」

「フットサルはやっていたけど……」

「違うの? 何をやっていたの?」

ようやく重い口を開いたと思ったら、ずっと「ソーラー・チャレンジ」に夢中だったという。太陽光パネルからのエネルギーで自動車を動かすレース競技で、日本で言う「鳥人間コンテスト」のようなもの。ソーラーカーが好きだったから、最初にフォードに就職し、その後に太陽光エネルギーの分野へ行く。技術をとても愛しているのだろう。

そんな彼は、フラクタで次のように明確な指標を定めた。

「大切なのは、アルゴリズムを世界一にして、それを守り抜くことだ」

水道管の劣化を予測する分野で、フラクタのアルゴリズムには自信を持っているが、本当に世界一かどうかは検証しないとわからない。それを比較し世界一になり、その座をキープすることが大事だという。

これまで、たくさんの人が製品のアルゴリズムに関わり、責任者も入れ替わってきたが、「テクノロジーファースト」をここまではっきりと掲げたのは初めてだったかもしれない。僕も物理学を専攻していたから、技術の話は大好きだ。彼とアルゴリズムの話や、製品の問題点を議論するのはとても楽しく、エキサイティングだ。トムはまた、マイク・リアンとは違ったタイプの責任者として、製品を引っ張って行ってくれるに違いない。


マイク・リアンと離れるときには、本当につらかった。でも、ちょうどいいタイミングでトムと再会し、チームを立て直すことができた。数か月前のことが、もはや数年前にも感じるほどだ。

でもそれが、シリコンバレーなのだろう。今日もまた、空は気持ちよく晴れている。ずっと悲しんでいるのは、この土地には似合わない。

僕たちは、壮大なバトンレースをしているのかもしれない。バトンを次の人に繋いでいくとは、決してネガティブなことではないのだ。僕だって、今後ずっとフラクタにフィットするとは言い切れない。決まったルールや会議は嫌い。決まった時間に出勤するのも好きじゃない。反社会的な面もあるし、オフィスの壁は赤や青で塗っている……。まだまだ黎明期のフラクタだからこそ、僕は働けているのかもしれない。

僕たちは何かのために、もっとも得意とする順番でバトンをもらう。そのバトンを、未来に繋いでいくのだ。

(記事終わり)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
Feeling like coffee?
We are a Silicon Valley Coffee Shop in Tokyo!!
コーヒー1杯で、昨日より良い一日を!
メンローパーク・コーヒー渋谷店はこちら↓↓↓

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
- どうせなら、挑戦する人生を歩みたい -
「誰でも起業して成功することはできるんです」
TBS『Dooo』に出演した際の動画はこちら↓↓↓

前編20分:

後編20分:


サポートいただいた寄付は、全額「メンローパーク・コーヒー」の活動費に充てられます。サポートいただく際には、僕に対して直接メッセージを送付することができます。直接お会いしたことがある方以外からのメールには滅多に返信しない僕ですが、サポーターの方にはきちんと返信しています。