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005:間違いを認め、足元を確かにしていく|クレイジーで行こう!第2章

「今日は僕から話すよ」

レンガ造りのビルにあるフラクタの会議室で、そう言って手を挙げたのはヒデだ。僕も含め、その場にいた4人のメンバー全員が驚いて彼を見た。彼が手にしていたのは、僕が日経ビジネスオンラインで連載していた創業ストーリーをまとめた書籍『クレイジーで行こう』だった。

腹を割って話を聞くと、若手メンバーがおいおいと泣き始めた

『クレイジーで行こう』には、僕やアメリカ人のラースさんをはじめとする初期のメンバーが日々奮闘する様子が赤裸々に書かれている。

当時は、日々忙しくやることをやっていただけで、僕たちは団結していたように思う。ランチを一緒に取り、一番気になっているビジネスのことばかりを話す。ご飯を一緒に食べることが、すなわちチームビルディングになっていた。

ところが今は、ありがたいことに社員は30人を超え、いくつもの部署に分かれている。いつも一緒にランチを取るわけではない。さらに、シリコンバレーのレッドウッドシティにある本社で8割以上を占めるアメリカ人の働き方は日本人とは大いに異なる。仕事が終われば早く帰るし、良くも悪くも自分の仕事に責任をもってやり遂げることを大切にしている。

昨年は、事業の多角化も相まって、人間関係が希薄になり、メンバーの心が分散していくような気がしていた。僕はそのことに課題意識があったものの、アメリカ人に日本的文化を押し付けるだけではうまくいかないだろうことも一方ではわかっていた。

今年1月の頭からフラクタにジョインしてくれたヒデも、同じような課題意識を持っていた。ヒデは、日本生まれのカナダ育ちで、今はアメリカの国籍を持っている。アメリカ人的な考え方でありながら、日本的なことも理解がある稀有な人材だ。

彼と「少なくとも、各部署に散らばっている日本人のスタッフ同士は、思いも含めて共有したほうがいいだろう」と意見が一致した。「今抱えている想い」「やりたいこと」「会社をどうしていきたいか」そんなことをざっくばらんに話してみようと考えたのだ。

1月の終わりに、ファイナンス、エンジニアリング、広報PRを担当するそれぞれの若手メンバーを集め、僕とヒデを加えた計5人で語らいの場を設けた。彼らは想像した以上に大きなものを抱えていたようだった。失敗、悩みや迷いを話し、それに対して僕とヒデが励ましやアドバイスを与えていくうち、なんと若手は3人ともおいおいと泣き始めてしまった。

任された仕事に対する責任の大きさはもとより、アメリカ人との文化の違いや差別意識に直面することもある。それを日本人的な感覚の中で内に秘めていたのだろう。僕はそれを見て、「これ、毎週やろうか」と提案した。良かったことも悪かったことも共有して、良かったことは糧に、悪かったことはうまくいくように改善していく。失敗をやらかしたとして、1回アドバイスするだけで解決するとは思えない。継続してできるようになるためには、定期的な開催が不可欠だと考えたのだ。

その後、その「本音の語らい場」は、まず若手メンバーが1週間を通して生まれた悩みや失敗をシェアし、それに対して僕とヒデが意見やアドバイスを告げることが常になっていたのだった。

過去の業務のミスを責めたヒデ

3月のある日、若手が口火を切るはずの語らいの場で、「今日は僕から話すよ」と話し始めたヒデ。驚く僕たちを尻目に、彼の表情は少し楽しそうにも見える。そのエピソードは、ある週末に起こった出来事だった。

去年、フラクタの事業はある意味で大失敗だった。ベンチャー企業における売上の数字などというものは、企業の本当の意味での「爆発力」や「挑戦する力」を表現しない。そこに強烈な違和感があった。これを何とかしようと、年明けからヒデに入ってもらったわけだ。彼はとても頭のキレがよく、実績も豊富にある。法律や会計といった管理面にも強く、これまで手が回っていなかった部分を巻き取ってくれていた。

それまで管理部門を統括していたのは、今は日本で栗田工業との連携事業を進めてくれているヒロだ。『クレイジーで行こう』にも書いたが、ヒロは「仕事が楽しくて仕方がないです。ありがとうございます」と言いながら、昼夜を問わず奮闘してくれた宝のようなメンバーだ。

ところがヒデは、膨大な業務の中で非効率を招くヒロのずさんな部分が目についた。その「ケツ拭き」のような業務に追われるたびに、イライラが募っていたのだ。その週末にも、重要なウェブサービスのパスワード管理がされておらず戸惑ったようだった。僕も含め何人かをCCに入れたメールで、ヒロに次のような内容の苦情メールを送った。

「過去のずさんな管理が、後に続く人に苦労を呼び込んでいる。パスワードをしっかり管理しないなんて、自分ならこんなことはしない。お里が知れるよ」

そのメールを読んだとたん、僕の中には、強烈な怒りの感情が湧き上がった。休日だったのでメールではあったが、すぐにヒデに連絡をした。

「その考えはおかしい。当時のヒロは睡眠時間が毎日2時間しか取れないような状況で、通常の人の10倍とも20倍とも思えるような量の仕事をしていた。まさに粉骨砕身で働いていた中で、パスワードの管理が漏れてしまっただけだ。過去の経緯も知らずにそんな辛辣なメッセージを送るなんて、勘違いも甚だしい」

まだヒデがフラクタにジョインして1ヶ月程度しか経っていない。ヒデの人となりを完全に理解しているわけではないし、こうしたアクションをきっかけに、会社はヒデを失うかもしれない。しかし、それでも構わない。僕は覚悟を持って助言をする。会社の事業が全くうまくいかなかった前年を立て直そうと迎え入れたヒデだが、僕の気持ちが伝わらなかったら、仕方がないのだ。

「そういうつもりで言ったんじゃない」「そうは言っても大事なことだ」そんな返答を何となく予想していた気がする。アメリカには「素直に謝る」という人たちが少なく、それに慣れてしまった自分がそこにいた。しかし、ヒデの反応は全く違った。すぐにメールの返信が届いて、僕に平謝りをしてきたのだ。彼は、「今からヒロに電話をして謝りたい」と申し出た。

創業当初のメンバーがいるから今がある

ヒデは「本音の語らい場」で、メンバーにその経緯を話した後、次のように続けた。

「その事件があったあと、『クレイジーで行こう』を読み返したんだよ。今こうして働けるのは、初期のメンバーが作った礎があるからこそ。その礎の上でやらせてもらっていることを忘れると、いずれ足元をすくわれるだろうと思ったんだ。僕はそれ以来、大切なことを忘れないために『クレイジーで行こう』をデスクの一番目に付く場所に置いている。朝出勤したら、この本の表紙の上に手をおいてさ、フラクタ創業の思いに寄り添おうと、努力しているんだ」

考えてみれば、ヒデは過去にソニーで働いていたことがあり、ソニーには、創業時の想いが書かれた「設立趣意書」を今でも大切にしていることで有名だ。さらに、業績の落ち込んでいた2015年ごろには設立当時の原点に立ち戻り、数年がかりで事業を復活させた経緯がある。そんなソニーの文化が、ヒデの心の中にあったのかもしれない。

自分の過ちに素直に反省の色を見せ、自分の足元を見直す。さらに包み隠さず若手にシェアして腹を見せる。そんなヒデの心意気を見たとともに、僕らは以前よりわかりあえたような気がした。まだ入社して間もないかも知れないが、この人とならきっと一緒にやっていける。そんな自信がついた出来事だった。

(記事終わり)

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