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起死回生のM&A(第2話/全4話)|無敵の仕事術

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あきらめムードが漂う

 一方で、コンサルティング会社である僕たちの会社サイドでも、変化が起こり始めていた。このまま膠着状態が続けば、譲渡は成立しないだろう。他のプロジェクトでも、倒産手続きの中で、何度かこうした悲劇が起こっていた。「仕方がない」。僕の上司であるマネージャーからは、こうした弱気の発言が、少しずつすこしずつ漏れるようになった。出口の見えぬ暗闇の中、チームの間に、諦めの空気が徐々に充満していったのだ。ロジカルに考えても、どうしようもない。八方ふさがりだ。

 そこにはまた、コンサルティング会社の報酬制度という問題も絡んでいた。コンサルティング会社にしてみれば、事業を高い価格で譲渡することができれば、それに応じて、インセンティブ、すなわちボーナス報酬が手に入る。コンサルティング会社にとって取引をまとめる経済的な意味がある。だが、マイナスの価格で譲渡する場合には、コンサルティング会社にボーナスは入らない。そして、その取引が不調に終わり、不動産デベロッパー事業が清算に向かったとしても、コンサルティング会社に入ってくるお金は、マイナスの価格で譲渡したときと同じなので、積極的にリスクを取るインセンティブ(経済的な動機)はない。その他2件の事業譲渡は成立するだろうし、十分なフィーも取れる。ビジネスマンとして、仕方ないものは仕方ないんだ、そろそろ店じまいしようじゃないかという暗黙の了解だ。

 当時まだ青臭かった僕は、こうした淡白かつ見た目上合理的な方針に納得がいかなかった。

 俺たちはスーパーマーケットの鮮魚売り場の店員かも知れない。閉店まで残すところあと10分だ。マグロやイカのお刺身なんて、売れる日もあれば売れない日もあるよ。流れに任せていれば良いじゃないか。今日のお客の流れは昨日と変わるかも知れないし、変わらないかも知れない。今日最後の客は、こちらの足元を見て「タダならもらってあげる」と冷やかしながら、こちらが折れるのを何もせず立って見ている。だけど、タダで渡せば商売あがったりだ。今日も頑張ったじゃないか。お昼にはタイムセールもやった、「らっしゃい、らっしゃい」と大きな声もあげた。俺たちは与えられた仕事を十分にこなしたじゃないか。何の不満がある?なにより、売れようが売れまいが、俺たちの給料は変わらないんだ。言ってることはごもっとも。

 だが、僕は諦められない。僕は、「仕方ない」という言葉に、因縁があったのだ。

僕が東京三菱銀行を辞めた理由

 僕が、東京三菱銀行を辞めてコンサルティング会社に転職したのには、ある一つのきっかけがあった。2001年の東京三菱銀行といえば、就職超氷河期における、就職人気ランキング1位の企業だった。みんなが死ぬまでしがみついていようとする会社をあっさり辞める決断をするためには、確かにそれなりの理由が必要かも知れない。何も知らない人が僕の経歴だけを見ると、東京三菱銀行に辞表を出すからには、どこか金払いのいい外資系企業から、よほど条件のいいオファーをもらったに違いないと思うようだ。

 しかし、僕はそんな理由で会社を辞めたわけではない。脇道にそれるが、その時の話に、ちょっとお付き合いいただきたい。

 僕は大学卒業後、東京三菱銀行に入り、やがて法人課に配属されると、希望して業績の悪くなった企業を担当させてもらうことになった。当時何も知らなかった僕は、先行き順調な企業にのっぺりとお金を貸し付けることは誰にでもできるだろうから、業況の悪い会社との取引の方が勉強になるだろう、くらいの考えしか持っていなかった。

 銀行マンといえば聞こえはいいが、取引先の資金状況を確認しつつ、毎日、取引先のところに行っては、過去に貸しつけたお金を返してもらう交渉をするというのが、僕の仕事だった。取引先のドアをノックして、社長がいることを確認し、御社の業績が悪化しているので、申し訳ないがこれ以上お金は貸せませんと言いつつ、できれば貸したお金も返して欲しいという仕事だ。そんな毎日を続けていくうち、僕のいた部署では、どんどん取引先企業が倒産していく。

 倒産してしまった企業の債権者集会(その会社と取引があった会社に、どのように残った資産を分配するかを協議する集会)に出かければ、大の大人が「責任をどう取ってくれるんですか!」「お金を返してくださいと言ってるんですよ!」と叫ぶ光景を目の当たりにする。

 ある日、業況が悪くなった会社の社長を訪ねると、残された従業員の人から社長はマレーシアに逃亡してしまったと聞いたこともあった。意気揚々と社会人になった僕が、最初にやった仕事は、そんな仕事だった。ビジネスの世界は厳しいのだなと思って過ごした。

パン屋さんからの依頼

 そんなある日、忘れもしない出来事が起こった。

 雨がざあざあと振る、ある秋の日の夕方、取引先のパン屋の奥さんが、銀行の法人課に駆け込んできたのだ。そのパン屋さんはフランスで修行をしたご主人(社長)が美味しいパンを焼く有名な会社で、関東の高級レストランなどにパンを卸して、長きにわたって人気を博していた。実直でシャイなご主人に、奥さんが寄り添い、夫婦で働きに働いて、少しずつすこしずつ会社の規模を大きくしていった。事業が大きくなるごと、新しいパン焼き窯を購入し、従業員を増やして、工場全体を拡張する。それに寄り添うように、銀行は事業拡張の資金を貸し付け、その事業から生まれる利益によって少しずつ借金を返済してもらう。銀行と取引先、お互いにとって正しい関係は長く続いていたはずだった。

 ところが2003年、その関係が突如として終わりを告げた。当時は、公的資金を注入されて死に体になった金融機関が後を絶たなかった時期で、例にもれず東京三菱銀行も厳しい業況に悩んでいた頃だった。街はどこを見渡しても不景気一色、いつ終わるとも分からない消費不況の煽りを受けて、パン屋さんの業績は徐々に右肩に下がっていた。やがてパン屋さんの銀行に対する借金の返済は、少しずつ滞るようになった。

 このままいくと、パン屋さんは借金を返すことができなくなってしまうのではないか?銀行マンであれば誰しもそう思う兆候がしばらく続いたある日、隣の課からそのパン屋さんを取引先として引き継いで欲しいとういう話があった。僕の仕事は、債権(借金)を適切に回収することだった。つまりそれは、担保(借金のカタ)に入っていた社長の自宅を売却してもらい、そのお金で会社に貸しつけたお金の一部を少しでも安全に返済してもらうことであり、要は借金取りになることを意味していた。仕方ない、それが仕事なんだからと思って、僕は仕事をしていた。ビジネスという側面から光を当てれば、それが当然の帰結であり、銀行マンの仕事という意味では、そこに疑問を持ってはいけないはずだ。ファイナンスとはそういう仕事なのだから。そして、パン屋さんの社長の奥さんは、その会社の経理を担当していたことから、僕の交渉相手になっていたのだった。

 何度も何度も、パン屋の奥さんと話をして、徐々に自宅を売ってもらう方向で話を進めていった。あと少し、あともう少しだ。そんな矢先の来店だったのだ。

 その日、普段明るかったパン屋さんの奥さんは、いつもと変わって精彩を欠き、髪も心なしか乱れているように見えた。いつもはこちらからパン屋さんのオフィスを訪ねていたので、突然銀行に来店したことに違和感を感じた。また、普段は几帳面な奥さんが、事前のアポイントメントも無しにやってきたことに、少し悪い予感がした。

無力な自分

 テーブルごしに座るパン屋の奥さんは、なんだかとても思いつめた様子をしている。僕が席につき、挨拶を交わすとすぐに、体全体が緊張と興奮で固まったように見える奥さんから、一語一語を絞り出すような言葉が発せられた。

「返済をもう少し待っていただくことは、やはりできませんか」。

 明らかに切羽詰まった感じで話すその姿に、僕は言葉が出なくなってしまった。

 向こうは、明らかに何かの勝負をするために来店している。急にどうしたというんだ。もちろん僕だって、もう少し待ってあげたいのは山々だ。その頃の東京三菱銀行は、銀行業界の中でも、最も温厚な債権回収をすることで有名だった。これまでだって、僕は紳士的に対応してきたつもりだ。こちらはこちらで、手は尽くしている。

「パンの販売に関して、色々と手をうっています。少しずつパンの売れ行きも伸びていくはずです」

 感情が高まったかに見える奥さんは、なおも直球勝負でストレートを投げ続ける。

「もう少し、待っていただくことはできませんか?」。

 僕だってそれを信じてあげたいが、銀行は回収する方針を固めていた。僕にはもう返す言葉が残っていない。何もできずに、じっと話を聞いていた。

 5分経ち、10分が経った。

 その時、話を続けていた社長夫人の目から、急に一筋の涙がこぼれた。

 明らかに取り乱した様子の奥さんは、「すいません」と言いながら、ハンカチで涙を拭いた。悔しさや怒り、失望のようなものが見て取れた。頭を下げて涙を流すその姿を、僕はじっと見守るしかなかった。顔を上げると、両目ともまつ毛が涙でいっぱいに濡れていた。

 目の前に座るこの銀行員は、この僕は、血も涙もない男だと思ったに違いない。あなたの会社が、あなたの銀行が、私たちを信じて貸すと言って貸した金じゃないか、なんで雨の日に傘を取り上げるようなことをするのか、と。店に戻らなければと、夫人は傘を持って、銀行を後にした。たしか、まだ大学生の子供がいたはずだ。自宅を追われるという気持ちがどんなものか、小さい頃の経験で知っていた僕は、何とも言えない気持ちになった。

 僕はいったい何をやっているのだろう。そりゃこれが仕事なのかも知れないけれど、こんなことを繰り返していて、本当に社会は良くなるのだろうか?本当に世の中はフェアだろうか?仕事って、こんなものだろうか?俺はエリート銀行員という仮面をつけて、勝ち馬に乗って弱い者いじめをしているだけじゃないのか?

悩んでもじっとしていなかった

 僕は自分の仕事の意味について悩むようになった。そして、日一日と、悩みは大きくなるばかりだった。やがて僕は、パン屋さんの事業を救うにはどうしたら良いかいうことに答えを見つけるため、手当たり次第に企業の再建事例について調べ始めた。

 それが銀行員の仕事ではないと分かってはいたが、当時まだメモ魔であった僕は、何か行動を起こして会社が立て直ったという事例が書いてある本を見つけては、その秘密をノートに書き溜めていったのだ。経営コンサルタントをやっていた知人のオフィスを頻繁に訪ねては、パン屋さんの事業を再建するためには、何から始めたらいいのかについて、そもそもこうした事例をどう考えたら良いのかについて、ディスカッションを繰り返し、教えを請うた。池袋のビックカメラでマイクロソフトのPowerPointを買ってきて、一緒に買った「できるPowerPoint」というマニュアル本を1冊丸ごと読んで操作方法を覚えた。その頃になると、パン屋さんに限らず、潰れそうな自分の取引先に向けて、経営改善に関する提案資料を作っては勝手に配っていた。

 こうした“地下活動”のことは、直属の上司であった課長に怒られると思って、会社を辞めるまでずっと内緒にしていた。

 業況が悪化し始めた取引先について、それが潰れる前にシレッと手を引いてしまう(借金を返済させてしまう)ことが己の利益になる銀行にとって、取引先の経営に近づきすぎること、その存続に関する全体最適を追求することは、かならずしも利害が一致しないケースがあるのだ。自分が「社会にとって有益だ」と思って勝手に行っていた活動自体が、銀行員という枠組みに収まらなくなっていたのは、明らかだった。

 企業再生に関する本を読む中で、アメリカには、外部から企業再生を支援する専門のコンサルティング会社というのがあることを知った。なるほどそれは良い仕事かも知れないな。

 しばらく後、僕は銀行を去る決断をした。元をたどれば、パン屋さんの奥さんが泣いた、それが転職のきっかけだった。企業再生を請け負うコンサルティング会社に転職し、世の中からできるだけ涙が少なくなるように頑張ろう。潰れそうな会社の救世主になって、大きな金融機関ではなく、小さな会社の味方になってやろう。「仕方ない」という言葉が世の中から減るように、頑張ろう。そう思っての決断だった。

(第3話に続く)

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Googleに自身が創業したヒト型ロボット企業を売却した連続起業家。2社目の創業となるフラクタも、2018年に売却(現在も同社CEO)。カリフォルニア州メンローパーク在住。Newsweek誌『世界が尊敬する日本人100』に選出。渋谷のカフェオーナー@menloparkcoffee

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2016年4月に文春新書より発売された『無敵の仕事術』は、僕が実際に過去体験した3つの大きな仕事を小説形式で紹介することで、若手ビジネスマンが社会変革に挑む姿をリアリティを持って追体験できるように工夫されています。4つ目の大きな仕事は他ならぬフラクタの創業と経営であり、それはかつて日経ビジネスで『サムライ経営者アメリカを行く!』(のちに『クレイジーで行こう!』[日経BP社として書籍化])として連載され、現在noteで連載されている『サムライ経営者アメリカを行く!第2章』に続いています。今回、文藝春秋社のご厚意によって、コロナ禍の中で過熱するであろうM&Aをテーマにした小説ストーリー部分を無料で公開できる運びとなりました。6月24日、7月1日、7月8日、7月15日の全4回に分けて公開します(公開は朝6時)。