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「埋もれた才能」と呼んで「発掘する」、その尊大と暴力性

自分がこの文化芸術に関する政策指針の策定に関わるにあたって、一番実現したかったのは「もの言えぬ作者の尊厳が守られる指針にしたい」ということでした。

国の政策の後押しもあり、〈障害者の芸術〉の支援や社会的な活用は全国的に活性化する流れにあります。そうした大きな潮流の中、芸術や文化の美名の下で、もの言えぬ作者の本当の思いに誰も気づかないうちに密やかに土がかけられる――そういうことが起きないよう牽制できる指針にしたかったのです。


岩手県文化芸術振興審議会という、県の文化政策の諮問会議に一昨年度から委員として委嘱を受け臨席しています。先月また知事の辞令をいただき、次の2年間も参画することになりました。

昨年度までの審議会のミッションは、県の〈第3期文化芸術振興指針〉というものの策定のための意見を述べることでした。

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この指針の策定に二年間関わって、知的な障害や精神の障害と共に生きる方たちの文化芸術活動に関することを中心に意見を述べてきました。(語の用法が適正かどうかには議論の余地があると思いますが、岩手県では政策上この領域を〈アール・ブリュット〉と呼称しています。)

昨年度末に答申が終わり、会議に基づいて策定された新しい指針が今年度から県の文化芸術政策に適用されます。

いろいろ細かなことも言及しましたが、自分として一番重視し、なんとか今回の指針に反映したいと思っていたことがあります。それは、次のような文言で指針に具体的に盛り込まれました。

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《障がい者による文化芸術活動の支援を進めるに当たっては、障がい者本人の意志を常に尊重するとともに、支援に携わる者も創造された作品等の諸権利について理解していくことが必要であり、特にも、自らの意思表示に困難を伴う障がい者に対しては、十分な配慮が必要です。》


〈振興指針〉だけど、振興だけでなくブレーキを設けたかった。個人の表現に対して、社会的なスポットライトを浴びせることが自明の善だと、安易に考える傾向を助長してはならないと考えていました。

表現を社会に共有することも、しないことも、その判断の起点で必ず作者の心が最重視されることを促す指針にしたかったのです。「こんなに凄い表現を社会に伝えないなんてもったいない!」というような周囲の思いが、必ず本人の意向と一致するとは限りません。すべての作者が、自分の表現を誰かと共有することを望むわけではありません。その表現が人知れぬまま生まれ、人知れぬまま消えていけることで守られる作者の幸せというものもあり得るのです。

「素晴らしい、もったいない」という周囲の感動は、一見、疑念の余地のない好ましい情動に見えます。でもその情動が、作品を社会に引き渡すことを当然に正当化する理由になると考えるなら、それは個人の表現を最初から社会資源とみなした〈接収〉になる恐れがあると私は考えます。

まして作者の意に反して社会への提供に押し切ったとしたなら、それはもはや立場の優位を利用した一種の暴力にまでなり得ます。しかもそのような背景に社会のほとんどの人は気づかず、「なんて素敵な作品なんだ!」と感動の賞賛を送り、〈感動してる自分の心〉のあり方に満足し、さらに作者も脚光を浴びてさぞ嬉しいことだろう、良かった良かったとしか思わない。そういう愚かしいことは簡単に起こります。

それでもある程度の意思表示が可能な作者ならば、その意に沿ったのか意に反したのか、支援者に自覚のしようがまだあります。より問題なのは、明確な意思表示ができない作者だった場合、支援者にその自覚すら生じないまま、上記のような「他者の善」で全てが進む可能性があることです。パターナリズムというやつです。

そこに作者がいる限り、周囲の人には作者の意思を斟酌することへの志向と努力が不断に必要です。社会に広く知らしめるのも、人知れない営みであることを尊重するのも、作者の意を計り続けることに裏打ちされて初めて、適正な支援となり得るのです。


よく、「埋もれた」作者(才能)を「発掘する」というような表現を耳目にすることがあります。私はこういう表現にむらっと怒りを感じてしまいます。

埋もれてなどいません。その人が呼吸し、誰かの眼差しや体温を感じ、自分の心を感じるその無二の日々は、世の人がそれを知ろうと知るまいと関係なく、すでに地上でもっとも厳粛な事象の一つです。

息をし、大切な誰かにおはようと伝える、そんな日々のかけがえのないことの一部分として描かれた、絵か何かがあったとして。

なぜことさらにその一部分だけをもって、人の人生を「埋もれたもの」呼ばわりするのか。まして「発掘する」などと尊大な言葉で臨むのか。

そんなおこがましい〈障害者の芸術活動の推進〉が世にはびこることのないよう、私は働きかけ続けたいと考えています。



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