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チアゴは生き延びるために海へ向かった

教育現場で「生きる力」という言葉が盛んに叫ばれるようになって時が経ちます。「生きる力が大切だ」と言われて異論のある人は滅多にいないと思いますが、一方で「生きる力とは何なのか」と問われても、なかなか簡単には答えられなかったりします。

そんな中で、これ以上ないくらい具体的にその中身を示してくれた友人がブラジルにいたので、今回はそのエピソードをご紹介したいと思います。ちなみにこの話を読むと、ブラジルで年越しのお金に困った時に切り抜ける方法も学べますので、興味ある方は是非最後まで読んでください。

教えてくれたのはチアゴという日系ブラジル人の友人です。日本とブラジルの両方で育ったこともあり、それぞれの良い所を合わせたような性格の持ち主です。幼い頃に日本に来て、日本の学校を卒業し、現在はパソコン関係のトラブルを解決するエンジニアとしてブラジルで働いています。

僕はこれまで出会ってきた少なくない日系ブラジル人の人達の姿に未来の日本人の可能性を見ているのですが、彼はそれを感じさせる典型的な日系人の一人です。というのも、日本とブラジルというのは、地理的にも文化的にもほとんど正反対と言ってよいほどに異なる2カ国です。ですので当然、日本人とブラジル人というのを一般に比較しても、物事の考え方や感じ方、振る舞いやコミュニケーションの取り方など面白いくらい違いがあります。だからこそ、日本人がブラジル人的要素を適度に取り入れる、またはブラジル人が日本人的要素を適度に取り入れた時、例えばチアゴのような剛柔硬軟のバランスに優れた素晴らしい人間が誕生するんじゃないかと感じているのです。

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そんな彼から僕が教えてもらったことは幾つもありますが、中でも強く印象に残ったのが「年越しのお金に困った時」の話でした。

彼が大人になってブラジルに戻り、働き始めたばかりでまだ収入が安定していなかった頃、年越しを目前にして手持ちのお金がほとんどなくなってしまったことがあったそうです。この時、色々と物入りな新年を一文無しで迎えるわけにいかないと思った彼は、一計を案じて面白い行動に出たのです。

彼はまず、所持金のほとんどを使い切る勢いで、12月30日に1本6レアルのワインを60本買いました。当時のレートに換算すると1本200円前後のワインといったところです。金欠状態で暮れを迎えた男が有り金のほとんどを叩いてワインを買う、とくれば、もしや全てを忘れて開き直るためのやけ酒?と思われた方もいるかもしれません。まあ、確かにブラジルには(というか日本も含めて世界のあらゆる所に)そういうタイプの人も存在しますが、チアゴの場合は違いました。

彼はその日買ったワインに一本も手をつけず、一夜明けた大晦日の夜、60本全部を持って海辺に向かいます。彼が住んでいたのは大西洋岸の街でしたから、海はすぐそばにありました。

ブラジルの大晦日とチアゴの作戦

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南半球に位置するブラジルでは、年末といえば夏真っ盛りです。そしてブラジル人というのはとにかく海と浜辺が大好きな人々なので、大晦日もビーチに出て過ごす人が沢山いるのです。特に彼の住んでいた街は大都市サンパウロからも車で1時間程の距離のため、忙しい都会の日々から羽を伸ばしにやって来る裕福な人達も大勢ビーチに集まります。まして時は年末、大いに騒ぎたい人達がいます。思い切りくつろぎたい人達がいます。いずれにしても、1年を無事に生き抜いた末、海と年の瀬を目の前にした彼らは皆、祝いの美酒に酔いたくなるのです。

そうです。これこそがチアゴの狙っていた瞬間でした。満を持して砂浜に降り立った彼は、前日に1本6レアルで仕入れたばかりの60本のワインを、1本20レアルで売り歩いたのです。結果は完売。飛ぶように売れてあっという間に60本がなくなったとのことです。実に3倍以上の金額で投資分を回収し、新年を迎えるお金を拵えたことになります。なんというか、とても痛快な話です。

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「それにしても3倍以上の値段で売れたって凄いね!」

と僕が素直な感想を口にすると、彼は落ち着いた口調でこう語りました。

「大晦日のビーチではみんなお酒を飲むんだけど、だいたい元々用意してた分だけじゃ足りなくなる。でも海辺の小さな店は大晦日には閉まっててどこもやってない。街中の大きなスーパーまで行けば買えるけど、皆も年末で面倒くさくて誰も行きたがらない。だから高くても喜んで買ってくれた。皆『ありがとう』って言ってた。」

いかがでしょう。凄い話じゃないですか?

お金に困った年末から笑顔の新年に一挙逆転を果たしたばかりか、見知らぬ人々からのワイン60本分の感謝の気持ちまで受け取ったのです。

冷静な観察眼と市場分析力、豊かな発想力、所持金をほぼ全投入してみせた勇気と胆力、結果を生み出す行動力、何より欠乏状態を甘んじて受け入れることを良しとせず、自らの意志と力で状況を変えるべく積極的に動いたその姿勢です。「生きる力」ってこういうことか、と教えられました。

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ちなみに現在の彼の職業はパソコン関係のエンジニアだと冒頭に書きましたが、これも日本からブラジルに戻った当時、パソコンに詳しくなれば必ず誰かに必要とされるはずだと考えて、ゼロからパソコンの仕組みを独学したことが始まりだったそうです。ワインの話に比べると発想自体はそこまで珍しいものではないかもしれませんが、そこで独学して実際に仕事に繋げた根性に、やはり彼の逞しさ、生きる力を感じます。

仕事を創り出す力

僕がこのチアゴの逸話から学んだ「生きる力」はもう一つあります。それは一言で言えば「仕事を創り出す方法」です。彼のワインのエピソードには何と言うか、商売の本質、ビジネスの原点とでも言うべきものが凝縮されているように感じて、今も事あるごとに思い出しては、学びと勇気をもらっています。

彼が取った行動を要約すると、「手持ちのお金」「お店で売っているワイン」「ビーチに集まる人々」という3つの点を「年末」という時機の中で一本の線に繋げて解を導き出したということになります。そしてこれが重要なのですが、当時の彼の「年末にお金に困った青年」という状況は、一般的に考えてビジネスを立ち上げるどころか誰かの援助を求めた方が自然と言ってもいいようなものです。すなわちその時の彼の選択肢には、文字通り誰でもできるようなことくらいしか存在しなかったということです。実際、安いワインも人が集まるビーチも、手を伸ばせば届くところにあったもの、目の前の景色の中にあったものです。だからこそ、この逸話には万人に開かれた学びと希望があるのです。

困っても助けを求めずに乗り切ろう、と言いたいのではありません。人間、迷わず誰かの援助を求めた方がよいこともあります。人生や生活を諦めさえしなければ、つまり生きるという目的に向かってさえいれば、どのような判断も尊重されるべきだと思います。

その上で、僕がチアゴの話を度々思い出しては励まされるのは、やはり人生たとえ万事休すかに思える瞬間があったとしても、余力がある間は自分なりの「ワインとビーチ」を見つけ出す努力や工夫をすればいい、きっと自分が気付いていないだけだと思わせてくれるからです。チアゴもそうしているように、周りの景色や人々の様子を他ならぬ自分の目で観察して、自分なりの知性と感性をしっかり働かせながら生活していれば、然るべき時にはワインもビーチもきっと見つけられる、見つけてやるぞ、生きるぞと、前向きな気持ちをもらえるのです。いつどこにどんな扉が隠れているかも分からないわけですから、楽しみな気持ちにもなります。

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以上、ブラジルで年越しのお金に困ったら、ワインを買って大晦日のビーチに行けばいい、というお話でした。そしてその痛快な逸話を通じて、「生きる力とは何か」という問いに対する、素晴らしい学びの機会をくれた友人チアゴのお話でした。

それではまた。


【追記(2023年5月1日)】
 本記事の内容を含め、東京、メキシコ、ブラジル、鳥取、カタール、ドバイなどを舞台とした様々なエピソードを収録した自伝的エッセイ集『東大8年生 自分時間の歩き方』が全国発売中です。ご興味ある方は是非、ご一読いただければ嬉しいです。


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