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ミスターサラダボウル


人の器は多種多様。

大きな器を持つ人もいれば、
小さな器を持つ人もいる。

あなたの器は、大きいですか、それとも小さいですか。

お皿のように、大きいけれど、薄っぺらでたくさん入れることができないタイプですか。
花びんのように、入り口は狭く、たくさんの水を入れることができるタイプですか。
しょうゆ皿のように小ぶりで、ほとんど何も受け止められないタイプですか。


ここに、たいそう大きな器を持った男が一人、おりまして。
仮の名を、ミスターサラダボウルとしましょうか。

普通の人の器がお茶碗程度であるとすると、この男の器は、とびきり大きな、サラダボウルだったのです。
なんでもたくさん入ってしまう、大きすぎるサラダボウルだったのです。

人というのは、誰かの頼みを聞くタイプの人と、聞かないタイプの人がおりまして。
ミスターサラダボウルは、誰の願いもかなえてみせる、たいそう大きな器の持ち主だったのです。

この問題を解決して下さい。
―――任せておきなさい。

この問題を教えて下さい。
―――ああいいとも。

この問題を収拾してください。
―――了解した。

いつしか誰もが、ミスターサラダボウルを頼るようになったのです。

ミスターサラダボウルは、みなを助け、みなに頼りにされるようになったのです。


長い時間が過ぎました。

ミスターサラダボウルは、自分の器がいっぱいになりつつあることに気が付きません。

頼るものは、みな器の中身を見ようとしません。

ミスターサラダボウルなら大丈夫。
ミスターサラダボウルだから、大丈夫。

どんどん、どんどん、器の上に、積み重ねる人が増えていきました。

器に隙間がなくなったとき、器にすでに入っていたものを、圧縮して場所を作るようになりました。

ミスターサラダボウルなら大丈夫。
ミスターサラダボウルだから、大丈夫。
ほら、なんとかなった!

ミスターサラダボウルなら大丈夫。
ミスターサラダボウルだから、大丈夫。
ほら、まだ乗ったでしょう!

ミスターサラダボウルには、大切な人がいました。
ミスターサラダボウルの中に、大切にしまわれていた、人物です。

ミスターサラダボウルの器の中で、ミスターサラダボウルの大切な人は、どんどん押されていきました。
ミスターサラダボウルの器の下のほうで、ミスターサラダボウルの大切な人は、つぶれてしまいました。

大切な人と、普通の人の区別がつかないミスターサラダボウルは、大きな器の中に自分の大切な人がいないことに、まだ気づいていません。

……さようなら、ミスターサラダボウル。

……誰もがあなたを頼り、あなたは誰をも助けるでしょう。
あなたが誰かを助けているときに、あなたの知らぬところで、私はつぶれてしまいました。
大きな器を持つあなたは、それに気がつきませんでしたね。

……私は山盛りのサラダボウルの中で、ほかの食材につぶされた、小さなアボカドのひとかけら。
つぶれてしまって、ほかの食材に、紛れてしまいました。

……あなたはアボカドがなくてはサラダはおいしくないというけれど。
アボカドは一番美味しいから、最後までとっておきたいと願っているのかも知れないけれど。

……せんキャベツはアボカドよりも自分を食らえと、どんどんあなたのボウルに盛られることを望むのです。

……あなたはあなたのボウルの中に、一番最後に食べようと取っておいたアボカドが、消え去っていることに、まだ気が付かない。
あなたはあなたのボウルの中に、一番大好きなアボカドが、消え去っていることに、まだ気が付かない。

……どんどん盛られていくせんキャベツを、あなたは嬉々として食べ続けるのでしょう。

……消化不良を起こさぬよう、お気をつけください。


アボカドの消えた自分のサラダボウルに、ミスターサラダボウルはいつ、気が付くでしょうか。

大きな器を持つ、ミスターサラダボウルは、受け止めるだけで満足してしまったのです。

みなが自分のサラダボウルに盛られることを望んでいると、優越感に浸りながら、すでに盛られた食材を、どんどんだめにしているのです。

盛られすぎたせんキャベツの、上の部分しか見えていないのです。

上のおいしいしゃきしゃきのせんキャベツばかり食べているけれど、キャベツの下には、つぶれたサラダの具材がたくさん隠れているんですよ。

器の中の状態を見ることすらしなかったミスターサラダボウルは、大切なものを無くした事に、今も気が付けないまま……、もしゃもしゃと、せんキャベツを食べ続けているのです。

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