Twitter呟きを辞めると文章パワーが溜まる

おそらく1日に書ける文章というか、文章となるアイデアの素みたいなのは数が決まっていて、自分はそれを全部Twitterでどかどか吐いていたんだけど、それを禁止したことによって吐き出す先がNotionかnoteになっていった。Notionは英語でタカグローブログの日記を書く時のプラットフォームに使っている。

大体の自分の人生の環境を変える時って、メールだったりレズメだったり、文章を整えて飛び込む場合が多いと思う。もちろんそうでない場合もたくさんあるだろうけど、受験・就活・個人的に連絡とる、などで個人だったり人事部だったり事務局に書類を処理してもらって申し込むという場合がやっぱり支配的ではあると思う。

そこで、そういった履歴書・レジュメ・メールの本文へと、Twitterの流れを堰き止めることで溢れた文章パワーを、「注入!!!」することができるのではないか。できたとしたら、Twitterをやめた方がそういった場所において有利になる場合があるのではないかと今日感じた。しかし、noteに文章パワーを流しているので無理であると気づいたのも今日であった。

Twitterが身体に内蔵されてるので、Twitterを呟かなかったとしても1日に何回かこれはツイートボタン押さねばみたいな瞬間がある。それをnoteにまとめて込めているわけだが。

Twitterのタイムラインは見てしまっているというのは白状せねばなるまい。これはもうしょうがない。だってTwitterが1番共感できるような人類が多いから。そういう人たちを自分がタイムラインに集めたんだけど。introvertの共感システム、本とかTwitterとかそういう媒体でやりとりしないと成立しにくいのバグじゃない?とか思ったけど、原始時代までは別に問題なさそうだから、やはり工業革命で社会が知らない人とやりとりをたくさんしなければいけなくなったっていう理由が大きそうだな、「Quiet」に書いてあったように。


というか、これだけしかnote書いてませんよみたいな顔してるけど、このペースでも下書きが溜まっていく。Twitterの呟きはすごいな。





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