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産婦人科医・スポーツドクターが伝えたい女性アスリートと月経のお話

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20代〜40代前半の、いわゆる性成熟期女性における婦人科的な問題は、
月経痛や月経前症候群(P M S)などの月経随伴症状(月経に伴う症状)、月経周期とコンディションの変化などが挙げられます。

体調があまり優れないなどの問題に対して、症状の感じ方に個人差がある
ことも踏まえ、私たち産婦人科医は、困っていることを具体的に把握し、
患者さんひとりひとりに合った対応を考えています。

正常な月経とは?

まずはみなさんが生理と呼んでいる“月経”について説明していきましょう。

医学的に月経とは、「約1ヶ月の間隔で起こり、限られた日数で自然に止まる子宮内膜からの周期的出血 。周期的に腟を通って出血し、数日で止まるという現象」と定義されています。

月経周期とは月経初日から次の月経の前日までの日数を指します。
正常な月経周期は25〜38日とされていますが、初潮(初めての月経)が
発来して以降、思春期には多少のずれや、個人差があります。

月経持続期間(生理がある期間)は3〜7日が正常とされています。
月経周期の異常には、月経周期が短い頻発月経(24日以内)、月経周期の長い稀発月経(39日以上)、月経が3ケ月以上発来しない続発性無月経が挙げられます。

では、どうやって月経は起きるのでしょうか。

月経は、脳の視床下部から卵胞刺激ホルモンを分泌するための命令が下垂体に出されることにより、下垂体から卵胞刺激ホルモン(FSH)が分泌されます。
FSHは卵巣に作用し、卵巣において原始卵胞から成熟卵胞まで成熟すると
卵胞からエストロゲン(卵胞ホルモン)が分泌されます。
その後、下垂体は黄体化ホルモン(LH)を分泌し、卵巣を刺激することにより卵胞から卵子が排出する「排卵」が起こります。

排卵した卵胞からはエストロゲンとプロゲステロン(黄体ホルモン)が分泌されます。これらのホルモンのはたらきで、赤ちゃんを育てるためのベッドの役割をする子宮内膜が厚くなり、受精卵が着床しやすい状態に整えられます。

一方、卵子が受精しなければ、今回は赤ちゃんができなかったと身体は判断し、プロゲステロンの分泌は減少します。
そして赤ちゃんのベッドとなる子宮内膜は厚くなった状態を維持できずに
はがれ落ち、腟から排出されます。
これが「月経」という現象です。

この月経周期は月経期・卵胞期・排卵期・黄体期の4つの時期に分けられ、同じサイクルが繰り返されます。

ホルモン変化

では、女性ホルモンはどのような働きをしてくれるのでしょうか。

エストロゲンは女性らしさのためのホルモン、プロゲステロンは妊娠継続のためのホルモンと表現されることもあります。
中でもプロゲステロンが出ている間(黄体期)には、体調不良を感じる女性も多いのではないでしょうか?
このプロゲステロンというホルモンが女性のコンディションに影響を及ぼしていると考えられています。

しかし、排卵しなければプロゲステロンは分泌されないため、無排卵月経などの月経周期の女性は月経前の体調不良を感じません。
月経前の不調を感じるということは、ホルモン分泌の変化やその後に起こる排卵が順調に経過しているサインと捉えることもできます。

コンディションに影響を及ぼす女性特有の課題

アスリートにとって、月経がコンディションにどのように影響しているかを考えていきましょう。

月経周期について、国立スポーツ科学センターでトップアスリートを対象に行った調査では、月経周期の中でコンディションの変化を感じたというアスリートの回答は90.9%であり、約75%が生理直後から数日間がもっとも調子が良いと回答しています。

一方で、月経中のコンディションが良いとの回答は8.4%、月経周期は関連がないとの回答は9.1%であるため、まずは自分にとっていつがコンディションの良いタイミングなのかを把握することが大切だと考えられます(1)。

コンディションの良くない時期については月経期に悪いとの回答は39.1%、月経1週間前が悪いとの回答は30.2%と、3〜4割が月経期と黄体期にコンディションが悪いと感じています。

また、黄体期に体重が増加すると体感した女性は43.3%を占め、実測値としては卵胞期と比べ黄体期の体重は0.5kgから2.0kg増加していました(2)。

しかし、23名を対象に月経周期に伴う体組成の詳細について卵胞期と黄体期で比較したところ、体重、体脂肪率、除脂肪体重に差は認めないという報告もあります(1)。

月経周期に伴う体重の変動は、黄体期に分泌されるエストロゲン、プロゲステロンにより、体水分量が増加するためと考えられます(3)(4)。

「月経随伴症状」ってなに?

少し難しい内容になりますが、月経に伴う様々な症状について詳しく解説していきたいと思います。

「月経随伴症状」とは
月経中や月経前の不快な症状を総じて「月経随伴症状」と呼びます。
ここからは、月経中と月経前(黄体期)の2つの時期に起こる月経随伴症状、つまり月経中に問題となる月経困難症と月経前に不調を起こす月経前症候群(P M S)について説明していきましょう。


「月経困難症」



月経中にコンディションを低下させる原因として、「月経困難症」が挙げられます。
「月経困難症」とは月経痛(生理痛)が強い場合を指し、「月経に随伴して起こる病的症状で、日常生活に支障を来すもの」とされています。

具体例をあげると、下腹痛、腰痛、腹部膨満感、嘔気、頭痛、疲労・脱力感、食欲不振、イライラ、下痢、憂鬱など様々な症状がみられます。

月経困難症

月経痛は他人と比較するものではなく、本人が生理痛のために生活上問題があると感じている場合は治療対象と考えて頂いて構いません。
「月経困難症」には、器質的疾患を有しない機能性月経困難症と、子宮内膜症や子宮腺筋症・子宮筋腫をはじめとする疾患による器質性月経困難症があります。


器質性月経困難症は、婦人科における超音波検査で診断がつくケースが多く、原因となる疾患の治療を選択することで月経痛自体も改善します。
日常生活において支障を来す月経痛を自覚する女性には、まず器質性月経困難症の可能性を取り除くため、婦人科を受診する事をお勧めします。

一方、器質的疾患を有しない機能性月経困難症は、初経を迎えて間もない若年女性から20代に多く認められます。
原因としては諸説あるものの、子宮内膜で作られるプロスタグランジンによる悪影響がもっとも有力な説とされています。

プロスタグランジンが子宮の平滑筋を過度に収縮させるため、下腹部痛や腰痛といった痛みを生むだけでなく、プロスタグランジン及びその代謝物質が血流によって全身に運ばれ、嘔気・嘔吐や頭痛などの全身症状を引き起こすと考えられています。

女性労働協会の調査によると、「月経困難症」は生殖年齢の女性の25%以上に認められ、若年女性ほどその頻度は高いと報告させています。
25歳未満では40%以上に月経困難症が認められますが、その多くは機能性月経困難症です。
生活に支障を来す程度に重い月経困難症は全体の6%に認められ、約160万人の女性が毎月の月経によってパフォーマンスを発揮できずにいると推計されています。

繰り返しになりますが、ご自身が毎月の月経によってパフォーマンスを発揮できずにいる、もしくは何らかの不調を感じている方は婦人科への受診を考えてみるとよいでしょう。

月経前症候群(Premenstrual Syndrome:PMS)
について知ろう


月経前症候群はPremenstrual Syndromeを略して「PMS」と呼ばれており、「月経開始の3-10日前から始まる精神的・身体的な症状で、日常生活に大きく影響を及ぼすが月経開始に伴い 減退、消失するもの」と定義されています。
症状としてはイライラ、のぼせ、下腹部膨満感、下腹痛、腰痛、頭重感、怒りっぽくなる、頭痛、乳房痛、落ち着きがない、憂鬱の順に多いとされています(6)。

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月経前症候群診断基準(米国産婦人科学会)を下の表に示します(7)。

PMS診断基準

また、精神症状が主体で強い場合には月経前不快気分障害(Premenstrual Dysphoric Disorder:PMDD)と呼びます(8)。

PMSの原因は諸説ありますが、排卵を抑制することで発症しないためプロゲステロンが誘因であることは間違いなく、プロゲステロンの分泌が増加する黄体期のコンディションに影響を及ぼすと考えられています。


先ほど紹介した調査では、70.3%にPMSが認められており、症状は体重増加、精神不安定(イライラ)、乳房緊満感、浮腫の順です(9)。

症状には個人差もあるため、先ずは自分自身の月経周期を把握するともに、月経周期に伴う自分自身の身体の変化を知るためにコンディションの記録をお勧めします。

体重増加


コンディション調節のための選択肢を知ろう


月経周期に伴う婦人科的な課題に対し、女性に処方されることが多いホルモン剤(低用量ピルOC/LEP)、漢方製剤について紹介します。

低用量ピルOC/LEP
経口避妊薬(Oral Contraceptives:OC)、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(Low-dose Estrogen Progestin配合薬:LEP)は、女性が婦人科を受診し勧められる可能性の高いホルモン剤であり、ベネフィットとリスクを正しく理解することが望ましいです。

OC/LEPは,エストロゲンとプロゲスチンという2つのホルモンを含む薬剤であり、OCは避妊効果において最も優れた方法です。
また日本では、OC のうち月経困難症、子宮内膜症に対し保険適用となっているOCをLEPと呼び区別していますが基本的な違いはありません。

OC/LEPは機能性月経困難症、器質性月経困難症のどちらにおいても月経痛を軽減する(10)だけでなく、2周期以上内服継続することで月経血量の減少を認める(11)ため過多月経に対する改善が見込めます。

一般的な禁忌や慎重投与の対象でない限り、初経以降から内服可能です(12)が、月経周期の確立および骨成長への影響を考慮することが望ましいとされています(10)。

OC/LEPの合併症である静脈血栓塞栓症を避けるための禁忌項目としては50歳以上、35歳以上で1日15本以上の喫煙者、重度高血圧症などが知られています(10)。

また、OC/LEPによるマイナートラブルについては、不正出血、体重増加、吐き気、頭痛、全身のむくみ、胸の張りなどが報告されています(1)。
しかし、多くのトラブルは3周期程度内服を継続させることで軽減します。
特にマイナートラブルとして挙げられる体重増加については、OC内服とは関連がないことが疫学的に報告されています(13)。

また、OC/LEP服用に伴う有酸素性能力の変化について、自然月経周期とOC/LEP服用後を比較し変化は認められなかったと報告されています(1)。

月経困難症に保険適用のあるドロスピレノン・エチニルエストラジオール錠(商品名YAZ®)は身体症状、精神症状の双方に有効性が認められています(14)。
しかし、日本においてはPMS/PMDDの診断では保険適応外です。


マイナートラブルについては、ホルモン組成や含有量の異なる薬剤に変更することで解決するケースも多いですので、気になることがあればはかかりつけの産婦人科医へ相談してみると良いでしょう。


漢方について
月経随伴症状を訴えて婦人科受診する女性が最も多く希望する治療法は「漢方」という報告もあるほど、女性の愁訴に対する漢方の種類は豊富です。ただし、アスリートにおいてはドーピングコントロールの観点から漢方はお勧めできないことをご承知おきください。
月経困難症に対し当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)の内服継続により内服開始後3か月以降において月経痛の改善が、こむらがえりに対する漢方として知られる芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)は、頓服的な内服方法でも有効性が高いとされています。


また頭痛について、特に女性に多い片頭痛に対しては呉茱萸湯(ごしゅゆとう)が、筋緊張性頭痛・慢性頭痛に対しては釣藤散(ちょうとうさん)の有効性が高いとの報告もあります。


PMSに対しては加味逍遙散(かみしょうようさん)により抑うつ傾向の改善が報告されているほか、月経前のむくみには五苓散(ごれいさん)、柴苓湯(さいれいとう)などが頻用されています。


パフォーマンス発揮の鍵は、自分の身体の変化をよく知ること


最後になりますが、女性が自身のコンディションの変化を把握し、必要に応じて対策をすることで、女性ホルモンに揺さぶられるその波は小さくできると考えられます。
女性アスリートが今後、よりパフォーマンスを発揮して活躍するためにも、コンディションに対する理解とサポートが不可欠だと考えています。
自分のサイクルを把握し、上手に女性ホルモンと付き合っていきましょう。

<参考文献
>
1) Health Management for Female Athletes Ver.3

2) 国立スポーツ科学センター スポーツ科学研究部 女性競技者研究プロジェクト . 女性アスリートのためのコンディショニングブック, 2013.

3) Stachenfeld NS and Taylor HS. Effects of estrogen and progesterone administration on extracellular fluid. J Appl Physiol (1985), 96(3), 1011-1018. 2004. 10.

4) Stachenfeld NS. Sex hormone effects on body fluid regulation. Exerc Sport Sci Rev, 36(3), 152-159, 2008.

5) 平成27年度 日本医療研究開発機構 女性の健康の包括的支援実用化研究事業 若年女性のスポーツ障害の解析とその予防と治療 

6) 産科婦人科用語集・用語解説集2018

7) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 . 産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編2017.
8) American Psychiatric Association: Premenstrual Dysphoric Disorder. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Washington DC, 2013; 171-175

9) American Psychiatric Association: Premenstrual Dysphoric Disorder. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Washington DC, 2013; 171-175

10) 公益財団法人日本産科婦人科学会, OC・LEPガイドライン2015年度版, 2015
11) Fraser IS, McCarron G.: Randomized trial of 2 hormonal and 2 prostaglandin-inhibiting agents in women with a complaint of menorrhagia. Aust N Z J Obstet Gynaecol. 1991 Feb;31(1):66-70.

12) Medical eligibility criteria for contraceptive use Fifth edition

13) MF Gallo, LM Lopez, DA Grimes, F Carayon, KF Schulz, FM Helmerhorst: Combination contraceptives: effects on weight. Cochrane Systematic Review 2014; 1

14) Lopez LM, Kaptein AA, Helmerhorst FM. Oral contraceptives containing drospirenone for premenstrual syndrome. Cochrane Database Syst Rev. 2012; 2: Feb 15;(2)



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