秩序なき平和を求める逸脱者 − 阿波踊りアメリカ横断ツアーを終えて

阿波踊りグループ・寶船のアメリカ大陸横断ツアーというクレイジーな企画を終え、先日トロントに戻ってきた。

正確な距離はわかりませんが10日間で1万キロぐらいは走ったみたいです。

日本でいうと北海道の網走から沖縄の那覇まで車(+フェリー)で1往復半できるし、トロント〜東京間も1万キロぐらい。

とにかくアメリカは広かった。広い広いとは思ってたけどあんなに広いとは。
アメリカ=ニューヨーク、だった僕の認識も180度変わった。
あれだけ広大な土地に、見たことも聞いたこともないような名前の場所があって、そこに確かに人々は存在していて、生活があって…、そしてその生活は僕が想像すらしたことのないようなものだった。書いてみれば当たり前のことかもしれないけど、それを実感できたことは良かった。

アメリカという土地、そこで出会う人、同行した寶船のメンバー、その向こうに自分自身の姿を見つめ、自分と対話し続けていた2週間。

寶船のパフォーマンスは凄まじいものがあった。
彼らの踊りを見た人々は、彼らの踊りに興奮し、熱狂し、感動し、最終的にはみんなで阿波踊りを踊っていた。
それはテキサスでも、アーカンソーでも、ミズーリでも、オハイオでも、ニューヨークでも同じだった。
それはなぜなんだろう?
そして何より、僕はなぜ寶船に惹かれるのだろう?

- Arkansas Tech Universityにて。 Photo by Ayato Ozawa (https://twitter.com/ayato_ozawa)


LAからNYまでの道中をずっと撮影し、車の中でいろんな話をしながら、帰国前日にはメンバーひとりひとりへ人生レベルまで切り込んだインタビュー(15時間ぐらいやった。レッドブルを4本飲んだら撮影後に鼻血が出てきた)を行ったこのツアー中、そういうことをずっと考えていた。

聞いたところによると、阿波踊りというのは450年もの歴史があるらしい。
それだけ長く続く芸能であるならば、さぞ決まりきった「型」があるのだろうと思っていたが、
寶船プロメンバー BONVOのリーダーである米澤 渉氏は僕にこう語った。

「右足と右腕・左足と左腕を同時に出す、ということさえやっていれば、それは阿波踊りなんだよね。」

おそらくだが、この考え方は、歴史や伝統を重んじる他の阿波踊りグループの考え方とは全く真逆のものだろう(ちなみに、この基本すら守っていない演目も彼らの公演には多々ある)。
彼らはまさしく型破りな存在だ。

ところで、僕は昔から常識やルールを守ること、「型にハマる」ということが大嫌いだった。本当に子供の頃からそうだった。天性のものかもしれない。
高校は半年足らずで退学した。中学校だって、授業日数の7割は遅刻していて、2割は欠席。朝からちゃんと学校に行けたのは、たったの1割だけ。
別にひどいイジメがあったわけじゃないし、学校はそもそも嫌いじゃない。けど校則が嫌いだった。自分の意思で選べないということが、何よりもストレスだった。
父親に「そんな生活が学生のやることか!」と怒鳴られ襟首を掴まれたこともある。怖くて泣いた。
それでも自分は社会的な正しさに迎合する道を決して選ばなかった。

俺は俺の定めたルールの中でしか生きられない。

ハッキリと言語化できるようになったのは最近だが、昔からそのことを認識していたように思う。

しかし、特に日本という社会では、僕のような人間は存在を全く認められない。お前の価値はゼロだと、大人が、社会が、言ってくる。
だから僕は音楽だの映像だのといったクリエイティブの世界に入らざるを得なかった。自分の価値を証明するのに一番手っ取り早い方法だと思ったからだ。
だが、映像を作れるようになったからといって、僕の反逆心が薄まることはなかった。
僕という存在を認めなかった社会への憎しみ。
それが正しい在り方だというのなら、否定したい。破壊したい。その欲求は未だ僕の中に強く在る。

多数の人の幸福を成り立たせるために、少数の人間の苦痛を無視するのが正しいというのなら、その秩序を壊す。
その先にある世界が、混沌の世であるとしても構わない。
あるいはそれは性善説に基づいた理想論かもしれないが、
僕が望んでいるのは、秩序のない平和だ。

話を阿波踊りに戻そう。
阿波踊りはそもそも自由な芸能のようだが、450年も続いた結果「秩序」が生まれた。
正しい阿波踊りとは何か?を定義する存在が生まれた。
寶船はそれを否定し、破壊している。そして新たな阿波踊りを創造している。

これをクリエイティブと言わずして、なんと言おう?

僕は、そこらへんの「自称」クリエイター(有名無名問わず)よりも、彼らの方がよっぽどクリエイティブだと思う。
そして彼らが作っている世界は、秩序のない平和だと僕は感じている。阿波踊りにルールなんてない。思い思いの踊りをすればいい。
だけどそこに争いは生まれない。それらはみな、阿波踊りだから。
彼らがしていることは、そういうことだ。

この2週間、彼らと行動を共にして、映像を撮影できてよかった。
ドキュメンタリーの編集はどれくらいの時間がかかるか想像もつかない。正直そのことを考えると頭が痛くなる。
しかし、彼らの活動を、実績を、想いを伝える責任が僕には確かにある。

みなさま、映像の完成をどうぞお楽しみに。
異端であること。逸脱すること。その素晴らしさをお伝えします。

 P.S. 人生に迷っている人はアメリカ横断オススメです。自分を見つめ直すいいきっかけになります。


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社会のルールは守らないが自分のルールは絶対です。
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