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銀河英雄伝説をテーマにいろんなことを考えてみた3~軍隊の階級について~

前回のお話

前回の記事では「暦」という観点から、銀英伝に頻出の用語を解説しつつ、その意義・意味について考えてみた。

今回も銀英伝の頻出概念の中で、あまり一般生活に馴染みのないものを説明したいと思う。テーマは「軍隊の階級」にしようと思う。

誰が偉いのか?

さて問題。次の写真のうち「いちばん偉いのは誰?」と聞かれたら、みなさんはなんと答えるだろう?

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

こちらのパンフレット画像は、銀英伝本伝の物語開始時点のものだ。ちなみに人物名も書いておくと、上段左が主人公の1人ヤン・ウェンリー、右がもう1人の主人公ラインハルト・フォン・ローエングラム

ヤンの下は自由惑星同盟の軍人で、左からワルター・フォン・シェーンコップフレデリカ・グリーンヒルアレックス・キャゼルヌ。ラインハルトの下は銀河帝国の軍人で、左からパウル・フォン・オーベルシュタインオスカー・フォン・ロイエンタールウォルフガング・ミッターマイヤージークフリード・キルヒアイス

正解は…銀河帝国側の主人公であるラインハルトである。理由はいたってシンプルで、彼がこの写真の中で「最も階級が高い」からである。

そもそも階級制度とは?

軍隊は人類が生み出したありとあらゆる組織形態の中で、最も上下関係が厳しい類の組織だ。戦場においては、命令違反や伝達ミス、指揮系統の乱れは命とりになる。だからこそ徹底したピラミッド構造を保っており、その具体的な仕組みが階級制度である。わかりやすいくデフォルメするならば、階級が高いほど偉いのだ。

では軍隊の階級とは、企業で例えるところの「課長や部長」といったポストに相当するのか?といえば、そういうわけではない。ややこしい話なのだが、階級制度は官職とは別に存在するものなのだ。

銀英伝の中にも様々な軍の役職が登場する。宇宙艦隊司令長官、統帥本部総長、軍務尚書、艦隊司令官、統合作戦本部長、査閲部長などなど。これらの軍職が企業の「社長・部長・課長」などに相当し、そのポストにふさわしい階級の人間が就任するのだ。

そしてそのポストにふさわしい勤務年数、実績、上司からの評価などが反映された序列が階級なのだ。ちなみに現在でもある程度統一感はあるものの、国によって階級制度は微妙に異なる。それと同じように、作中の銀河帝国と自由惑星同盟も微妙に階級制度が異なる。だが共通している部分から見ていこう。

では一通り、軍隊の階級についてみていこうと思う。まずは一番下の階級から。

軍隊の階級(兵・下士官)

二等兵・一等兵・上等兵

一般的に「兵隊」と呼ばれるのはこれらの階級の人々のことを指す。銀河帝国も自由惑星同盟も徴兵制度が存在しているが、徴兵された人々は二等兵となる。基本的には勤務年数が上がるほど階級も上がるが、職業軍人ではないのでどれほど階級が上がっても上等兵までである。

兵長・伍長・軍曹・曹長

こちらは総称して「下士官」と呼ばれる階級だ。徴兵期間を終えても軍に残った古参兵が、後述する士官と新参兵の間に入って指揮統率をするのが役割だ。軍人になるための専門学校(士官学校という)を経ることなく職業軍人の道を選んだ人は、どれほど能力が高くてもこの階級で終わるのが通例だ。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

ただし例外もある。この老提督は、銀英伝屈指の人気を誇るアレクサンドル・ビュコック。彼は二等兵として軍に入隊した後も軍歴を重ね、士官学校を経てないにも関わらず、最終的には宇宙艦隊司令長官(階級は元帥)にまで昇進した。

士官学校出身か否かで露骨な出世差別のある軍の中では異例中の異例である(また直接そうした描写があったかどうかは記憶にないが、旧日本海軍などは兵学校の卒業席次がその後の出世の大部分を左右したとも言われている)。ただしこれも、帝国軍との戦闘で同盟の士官が多数戦死したことが要因であり、通常では考えられない人事である。

軍隊の階級(尉官~佐官)

准尉・少尉・中尉・大尉

さてこの4つは総称して「尉官」と呼ばれる階級だ。この尉官以上の階級のことを通常「士官」という(厳密には准尉は准士官と呼ばれるのだが、ここでは割愛する)。

士官は専門的エリート軍人である。なのでビュコック老人のような例外を除けば、基本士官学校と呼ばれる「士官養成の専門教育」を旨とする教育機関を卒業した人間がなれる階級である。

冒頭のパンフレット画像の中では、フレデリカ・グリーンヒルが登場時中尉の階級である。銀英伝の中では、尉官は主に司令官や提督の副官(役職者の組織運営を補佐する)として登場するケースが多いように思われる。グリーンヒル中尉はヤン提督の副官として初登場する。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

少佐・中佐・大佐

こちらは総称して「佐官」と呼ばれる階級だ。この銀英伝では、戦艦の艦長や司令官の幕僚参謀とも。作戦・用兵などに関して計画・指導する役職)として登場することが多い。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

初登場時に大佐の階級であったパウル・フォン・オーベルシュタインは艦隊司令官の幕僚であった。

また陸上戦闘であれば、500名ほどの大隊を率いるのは主に少佐、3000名ほどの連隊を率いるのは主に大佐である。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

上の写真にあるワルター・フォン・シェーンコップは初登場時に大佐の階級であるが、彼は白兵戦部隊である薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊の指揮官(連隊長)であった。

軍隊の階級(将官~)

准将・少将・中将・大将・上級大将

こちらは総称して「将官」と呼ばれる階級である。銀英伝に登場する主要登場軍人は大半がこの階級である。また作中よく「〇〇提督」と呼ばれるセリフが多く見受けられるが、提督と言うのは「海軍における将官の階級にある軍人の敬称」である(これに対し陸軍や空軍では将軍という聞き馴染みのある敬称で呼ばれる。宇宙の話ではあるが、宇宙「戦艦」なので海軍をモチーフにしているのだろう)。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

主人公の1人ヤン・ウェンリーは初登場時は准将の階級で、自由惑星第2艦隊の次席幕僚であった。次席幕僚はざっくり言えば「2番目に偉い参謀」といったところだが、一般的に艦隊司令部の幕僚は佐官が、それらのとりまとめに当たる参謀長は少将ないし中将があたる(無論、艦隊の規模が大きくなれば相当する階級も高くなる)。

前回の記事でも書いた気がするが、ヤンは初登場時点で29歳。20代にして准将という曲がりなりにも提督の階級になっているのは異例の出世といってもいい。それほどヤンの才覚が際立っていることの証左である。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

もう1人の主人公ラインハルト・フォン・ローエングラムは初登場時点でヤンより4つも階級が上の上級大将。自由惑星同盟軍討伐の司令官として登場している。

ちなみに上級大将という階級は、銀河帝国のみに存在し自由惑星同盟には存在しない。銀河帝国は文化といい名前といいドイツをモチーフにしたものが多い。上級大将という階級も、戦前ドイツ(帝政ドイツ・ヴァイマール共和国・ナチスドイツ)に存在したもので、そこが影響しているのかもしれない(一方自由惑星同盟はイギリスやアメリカなどの影響があると思われるが、この両国には上級大将という階級はない)。

しかもラインハルトはこの時点で若干20歳。一般には絶対にありえない異常な出世であり、しかもこの後の戦闘に勝利したことから彼はもう1つ階級が上がり、軍人としての最高位に達した。

元帥

それが元帥という階級だ(元帥を将官の階級に含むケースもあれば含まないケースもある)。元帥は上級大将(ないし大将)よりも上の階級として設けられている国もあるが、単に称号として置かれている国もある。戦前の日本では元帥は名誉称号であり、元帥の称号を授けられても階級としては大将のままである。

ヤンも後に准将から出世を重ね、元帥の階級に登ることになる。一方銀河帝国では元帥の階級になると、元帥府と呼ばれる独自の組織を編成することが可能になる。ラインハルトは元帥府を開設した後、ロイエンタールやミッターマイヤーといった優秀な提督を麾下に加えている。

なぜ階級が存在するのか?

さて長くなってしまったが、最後に「軍隊に階級が存在する意味」について書いてみたいと思う。冒頭にも書いたが、軍隊に階級制度が存在する意味は「序列を明確化して命令系統を明瞭にするため」である。

出典は忘れてしまったが、かつてソ連をはじめとした社会主義圏では「階級のない平等な社会の実現」という建前のもと、軍で階級制度をなくしたことがあった(司令官といった官職は残した)。しかし著しい混乱を招き、結局復活させたという。

特に戦場において徹底した序列を重んじるのは「戦場が兵士の命を奪う激しい場である」こととも関係しているだろう。もしも司令官が戦死した場合、誰が艦隊の指揮を引き継ぐのか?それを決めておかなければどれほど艦隊が温存されてても、指揮は崩壊する。

『銀河英雄伝説Die Neue These 』 ©田中芳樹松竹・Production I.G

事実劇中でも、ヤンは次席幕僚という作戦を立案する補佐役であるが、会戦中自らが所属する艦隊司令部の司令官・副司令官以下ことごとく戦死・負傷したため、残った将校の中で最も階級が高いヤンが艦隊の指揮を引き継ぐことになった描写がある。これも階級制度のなせる技だ。

私たちが普段軍隊のような階級とは無縁の世の中で生きられているのは、「自由と平等」という市民社会の原則が広く行き届いているのと同時に、戦死や戦傷がない平和な社会が実現していることの証なのかもしれない。

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