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環境移送の使い方 vol.1 海洋生物に対する影響評価 〜脱炭素の次に日本企業が迫られる生物多様性対応 〜

こんにちは。株式会社イノカ COOの竹内四季です。

「環境移送技術」の応用領域について解説する本記事シリーズ第1弾では、脱炭素の次のメガトレンドとして日本企業が直面する生物多様性対応を社会的背景に、環境移送ソリューションとしての「海洋生物に対する影響評価」について取り上げます。

※ イノカの環境移送技術については、こちらの記事をご覧ください。

今後、株主・金融機関サプライチェーン全体での視点など、社内外の幅広いステークホルダーにとって脱炭素と同じように対応が求められる領域であり、ビジネス環境にも少なからず影響してくることになります。

記事前半で「生物多様性」「自然資本」を取り巻くグローバル動向について紹介した上で、後半では環境移送ソリューションとしての影響評価これを活用した企業戦略についても踏み込んで解説いたします。少々長くなりますが、お付き合いいただけますと幸いです。

本記事を読んでいただきたい企業担当者さま
業界:化粧品・消費財・化学・素材・海運・アパレル・タイヤ・金融 など
部門:サステナビリティ・経営企画・研究開発・マーケティング・IR など

なぜ生物多様性がメガトレンドなのか

経済の先端領域としての「自然資本」とは

自然資本」という概念をご存知でしょうか?

自然資本とは、人類の経済・社会基盤を支える重要な資本として自然環境を捉える考え方で、近年国際的に急速に広がっています。

自然が持つ価値を、どのように社会経済システムに組み込むかというテーマは、昨今の経済学・ファイナンスの先端領域として積極的に議論されています。
参考:生物多様性の経済学 / ダスグプタ・レビュー(2021年2月)

参考:SDGsのウエディングケーキモデル(ヨハン・ロックストローム、スウェーデン)。
「BIOSPHERE;生物圏」が社会圏・経済圏を支えているとする構造モデル

ここ数年の議論の流れについても簡単に解説します。

人類にとって付加価値の源泉である自然資本を破壊する要因が、地球規模で起きている気候変動です。

2015年に発足し、気候変動対策のグローバルトレンドを牽引してきた国際的イニシアティブである「TCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosure;気候関連財務情報開示タスクフォース)」は、民間セクターの脱炭素に関する取り組み方針をガイドライン化し、カーボンプライシング・カーボンクレジットといった枠組みの普及を促しました。

そして2021年にはさらに議論が進み、国連主導でTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosure;自然関連財務情報開示タスクフォース)が発足し、上場企業には今後、自然に関連する財務リスクや、自社の事業活動が自然に対して与える影響を開示することが義務化されていくこととなります。

自然資本そのものに関するアプローチであるTNFDの特徴として、脱炭素における「GHG排出量」のようなトップダウン的なKPIが現状存在しておらず、各プレイヤーがガイドラインに沿って独自に開示を進めることによって、ボトムアップ的に普及することが想定されています。

言い換えれば、自然への影響評価については、科学的・合理的な評価手法を確立することにより、デファクトスタンダードとしての国際標準を形成することができる、ルールメイキングの途上段階であると言えます。

参考:TNFDフレームワークのベータ版公開(執筆:
デロイトトーマツグループ

海洋生態系が持つ莫大な経済価値とは

自然資本のうち、海洋生物多様性にも様々な価値が認められています。代表例として、沿岸部の海洋生物にとって”インフラ”機能を果たしているサンゴを取り上げます。

サンゴの骨格が形成する地形である「サンゴ礁」には、海洋生物種の25%とも言われる多種多様な生物が生息しており、人類にとっての利となるさまざまな機能(= 生態系サービス)を提供していることから、重要な自然資本として認識されています。

最近では、海洋生物が持つ固有の遺伝子や化合物がガン治療等の科学の発展に貢献する「遺伝資源」など、バイオテクノロジー文脈でも注目を集めるようになっており、生物多様性の重要性が広く認知されつつあります。

詳しくは下記プレスリリース中段「研究の背景」をご一読ください。
👉 環境移送ベンチャーイノカ、世界初 真冬に水槽内でのサンゴ産卵に成功

なぜ海洋生物多様性の評価指標が必要なのか

こうしたメガトレンドを踏まえた上で、サンゴの生態学的また経済的な価値を考慮すると、海洋生物多様性にとっての”インフラ”の機能を果たしており、かつ非常に環境変化の影響を受けやすい繊細な生物であるサンゴの状態やサンゴへの影響を評価することは、いわば海洋生態系の健康診断のようなものであり、海洋生物多様性の代替指標となるポテンシャルがあります。

沿岸部の海洋生物多様性の評価指標としてのサンゴのポテンシャル(イノカ作成)

海洋にはサンゴ礁以外にも、藻場(ex. ケルプ・アマモ)といった多様な生態系が形成されており、生態系にとって”インフラ”機能を果たす生物を指標化することや、資源価値として重要な生物をモニタリングすること、またこれらの生物に対して人間活動が与える影響を科学的に評価することは、グローバルトレンドとして加速しつつあります。

したがって、海洋生物に対する影響評価は今後、環境保全という従来型の観点のみならず、研究開発・商品開発、マーケティング、ファイナンス、IRといった企業活動の観点からも重要視される領域になると予見しています。

環境移送技術がどのように役に立つのか

前置きが長くなりましたが、ここからは上述のメガトレンドのなかでイノカの環境移送技術がどのように役に立つかを説明します。

環境移送を応用した海洋生体の実験環境

イノカは、高度な環境を再現・モニタリング・制御する環境移送技術を、閉鎖環境での対照実験システムに応用しています。飼育が難しいサンゴも扱うことができる高水準な環境再現が可能であるため、重要生物に対する影響評価をラボで実施することができます。

イノカの環境移送技術を応用した対照実験システム。サンゴ生体への影響評価などを可能とする。

画像解析カメラによる定量分析、生物飼育のプロの目視による定性評価等により生体の健康状態を評価することができ、必要に応じて各種センサー / 測定器も実装可能です。

イノカでは、海洋生物に対する影響評価を対照実験により評価し、結果をレポートとして提出するサービスを提供しております。

対象業界と戦略オプションについて

「海洋生物に対する影響評価」の対象業界および、対象企業が取りうる戦略オプションについても説明します。

海洋生物への影響評価には、大きく分けて「毒性評価」と「ポジティブ影響評価」の2パターンがあります。

<① 毒性評価>

特定の物質が海洋環境に流出した際に、生物に与えるネガティブな影響を測定することです。

対象業界としては、下記などが想定されます。

化粧品(研究開発・マーケティング)-- 日焼け止めクリーム など
消費財(研究開発・マーケティング)-- 洗剤・バス用品など
化学・素材(研究開発)-- 海洋に流出する可能性がある製品の原料
海運(船舶製造・調達)-- 船舶の表面塗装など
アパレル(調達)-- 衣類からのマイクロプラスチック
タイヤ(研究開発)-- 摩耗タイヤの海洋流出 ほか

毒性評価は、従来型の市場においては ”パンドラの箱”であり、明らかにしないほうが業界としては都合がよかったと言えます。ここに構造的な「コモンズの悲劇」が内在しています。

しかしながら、本記事前段で述べたメガトレンドが強まる今後の情勢においては、従来の影響評価よりもさらに詳細かつ科学的根拠のある評価が求められることは避けられないため、遅かれ早かれ先進的なプレイヤーがメスを入れることになります。

したがって、毒性評価を企業が戦略的に扱う切り口のひとつとして、いち早く先進的な事例を創出し、評価の枠組み作り側に回る「ルールメイキング戦略」が考えられます。

ロビイングや社会的な合意形成を進めていくパブリックリレーションズとイノベーションを生み出すルール形成の両輪で進めることで、グローバルトレンドに沿ったルールを自社から作り出すことで競争力を生み出すことが可能です。

ルールメイキング戦略により得られるメリットには、下記が挙げられます。

・研究開発:他社に先んじた研究開発投資による先行者優位の獲得         
→ コストメリット、相場感のない高利益商材の開発

・マーケティング:消費者意識の変化に伴うブランディング・シェア獲得

なお、海洋ルールメイキングのイニシアチブを取る上では、「先進国側から、発展途上国に対して環境規制を押し付け、経済成長を妨げる構図」にならないよう注意する必要があります。

望ましいスタンスとしては、先進的な研究開発領域に関しては、先進国が積極的に予算を投じることで不確実性リスクを途上国に代わって受容し、コストダウンなどを先行することによって、途上国におけるクリーンな技術普及を促進することを目指すべきだと考えております。


<② ポジティブ影響評価>

毒性評価とは反対に、特定物質や物質構造により、海洋生物が”より増える”、”より健康になる”、”より成長する”といった好ましい影響を測定するのが「ポジティブ影響評価」です。

昨今、企業活動が自然を破壊しないだけでなく、好ましい影響を与える「ネイチャーポジティブ」が注目されており、副産物を活用して自然に好影響を与えるといった研究投資は、今後急速に拡大すると見られています。

イノカでは共創事例として、JFEスチールの「鉄鋼スラグ」を使ったサンゴの着生基質(サンゴが定着する素材)について継続的な共同研究を実施しており、製鉄工程での副産物を活用した海洋生物へのポジティブ影響の社会実装を目指しています。副産物の活用は、サーキュラーエコノミー(循環経済)という文脈でも注目されています。下記記事をご覧ください。

👉 JFE、鉄副産物でサンゴ再生 環境分野でも新興と協業(日経新聞 2021年12月14日掲載)

JFEスチール本社エントランスに設置した実験用水槽

ポジティブ影響評価については業界というより、特定の物質が持つ効能・作用に着目することにより、潜在的な価値を発掘できる可能性があります。

  • 抗酸化作用を持つ物質(サンゴの白化を抑制する可能性)

  • 多孔質の構造を持つ物質(多様な微生物が繁殖しやすい) など

様々な仮説を持ち寄る探索的な発想と、地道な研究開発が求められるものの、具体化できれば独自性が高く、社会的なインパクトも大きい独自の領域となるため、企業価値の創出に繋がりやすいと考えられます。

イノカとしても企業担当者の方々とは、広く継続的なオープンイノベーション型の対話を進めていきたいと考えています。

終わりに:日本発の「ブルーエコノミー」とは

ブルーエコノミーとは、地球表面積の7割を占める海に注目し、その可能性を解放することで経済価値と社会価値を創造する概念です。

参考:日本企業の勝ち筋たる、「ブルーエコノミー」とは(前編)| デロイトトーマツグループ

上記記事より抜粋

実は日本は、ここまで述べてきたグローバルトレンドの旗振り役となるポテンシャルがあります。上図に示されるように、日本が保有する海洋資源は世界でも有数です。サンゴに関しても世界の半数以上のサンゴ種が沖縄〜鹿児島エリアに分布しています。

イノカでは、海洋大国日本だからこそ「ブルー」に関するルールメイキング戦略を世界に先駆けて打ち出すことが可能であるという信念のもと、官公庁や大手事業会社、コンサルティングファーム、金融機関、アカデミアとのネットワークを構築し、日本発のブルーエコノミーを実現するためのエコシステムを独自に形成しつつあります。

本記事をお読みいただき、ご関心を持っていただけたら是非気軽にディスカッションしましょう!
竹内:s.takeuchi@innoqua.jp

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