コーヒーのカップから見る世界

こんにちはコーヒーはみんなの朝と働く方の夜の味方ですが、今回はコーヒーについて少し、お話を、、、

*コーヒーって何?

世界三大嗜好品の代表であるコーヒーは最も身近な嗜好品の一つです。その起源はアフリカ東部の国エチオピアと言われており、そこから中東・アラブへと広まっていきました。そして、17世紀にヨーロッパに伝わったコーヒーは瞬く間にヨーロッパ国内で大ブーム!コーヒーは一般庶民の間での必需品となっていきました。(実は、オランダ経由で江戸時代の日本にコーヒーが渡っていますが、コーヒーが庶民に広まるのは大正時代まで待たなければなりません)

このようにコーヒーは世界へ徐々に広まっていき、庶民の生活に定着していきました。コーヒーといえばブラジルなど南米をイメージする人が多い日本人としてはアフリカが起源とは意外だと思った人が多かったのかもしれません。

さて、コーヒーの歴史を説明しましたが私がなぜ「コーヒー」をテーマにしたのか。それは各国のコーヒーの飲み方から世界の歴史を知ることができるからです。庶民の飲み物コーヒーは各国によってその飲み方に独自性があります。その国の長い歴史の中で、コーヒーの飲み方は唯一過去から形を変えず庶民の生活に根付いています。ここからその国の人々の文化を知ることができるため、私は訪れた国のコーヒーを飲むことがたまらなく楽しいのです。では、私が訪れた国のコーヒーの飲み方を紹介して、コーヒーからそれぞれの国の歴史を見ていきましょう。

*各国のコーヒーの飲み方

①ベトナム

近年、日本企業の進出や技能実習生など日本との関係が強くなってきたベトナム。ベトナム戦争の苦しみから立ち直り、急激に発展を続けるベトナムでは、実はコーヒー大国。コーヒーの生産量は世界二位となっております。


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そんなコーヒー大国ベトナムでは「ベトナムコーヒー」と呼ばれる独自の飲み方があります。それは、ステンレス製のコーヒーフィルターを使い、牛乳ではなくコンデスミルク(練乳)を混ぜて飲むのです。これらの飲み方は19世紀にベトナムを植民地にしたフランスの影響があります。

フランスではコーヒーフィルターがステンレス製であり、ベトナムもかつての支配国の影響を受けて同じフィルターを使っています。そして当時、植民地として貧しかったベトナムではその暑い気候も相まって、庶民は高価な生乳を手に入れることができませんでした。そのため、保存がしやすく安価だったコンデスミルクを変わりに入れることにしたのです。

このように植民地時代の宗主国の文化と庶民の知恵が生み出したのがベトナムコーヒーです。このようなベトナムの歴史は今も街のカフェで見ることができるのです。

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②ボスニア・ヘルツェゴビナ

ボスニア・ヘルツェゴビナはヨーロッパ東部のバルカン半島に位置する国です。この国は、かつて存在したユーゴスラビアの一部であり、第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件。1992年から1995年までの内戦など民族紛争が絶えない国として有名です。しかし、その民族の多様性から様々な国の文化が内包しており、コーヒーの飲み方もヨーロッパでは珍しいトルコ式の飲み方なのです。

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トルココーヒーは日本ではめったに飲むことができません。しかし、飲み方としては最も古い飲み方の一つであり、エスプレッソの元祖ともいわれています。その飲み方とは、コーヒーの粉をイブリックと呼ばれる専用の容器で水とともに沸騰させ、コップに粉と一緒に入れるのです。コーヒーの粉から直接コーヒーの成分を抽出させるため、とても濃く、少ない量でも目が覚めます。しかし、その独特な淹れ方にはコクと程よい酸味から意外と日本人の口に合うのです。

さて、ボスニアでこのような飲み方がされているのは、オスマン帝国の領域だった影響です。16世紀にボスニアにまで進出したオスマン帝国はイスラム文化とコーヒーを初めてヨーロッパに持ち込みました。このようにして、ボスニアはヨーロッパでは珍しいイスラム教の国となりました。しかし、この時に入ってきたイスラム文化はこの国に新たな民族を生み出すこととなり、後に民族紛争が繰り広げられる遠因にもなりました。このように、ボスニアのコーヒーはこの国の多様性と悲劇を今に教えてくれているのです。

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*コーヒーと私の夢

ここまで説明してきましたが、コーヒーとその国の歴史は密接につながっていることがわかりました。もちろん日本も例外ではなく、喫茶店や缶コーヒーは日本独自のものであり、高度経済成長期に働くサラリーマンとともに発展していったものです。

しかし、コーヒーには世界共通の役割があります。それはコミュニケーションツールとしてのコーヒーです。ベトナムでもボスニアでも何なら日本でも、コーヒーは昔から人々のコミュニケーションを取る際に重要なオプションとして機能してきました。トルコには「一杯のコーヒーは40年の思い出」ということわざがあります。たった一杯のコーヒーでもふるまえば、40年たってもその気遣いや感謝を覚えているという意味で、まさにコーヒーの用途とは人々の心をつなげるものなのです。

私の夢には「世界中のコーヒーを堪能する」といったものがあります。

世界中にあるコーヒーやその飲み方を人々からふるまってもらうことで、わたしにとっての大事な人や人生にためになるような人々といつまでもつながっていき、その縁を世界中に広げていきたいものですね。


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