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ひきこもりおじいさん#62 人見知り

目の前のテーブルの上には、ついさっき運ばれてきたばかりのコーヒーや紅茶のカップが置かれ、ゆらゆらと湯気を立ち昇っている。八重子の何でも見透かすような透徹した眼に見つめられると、隆史は思わず身体が硬直したような錯覚をして言葉が出なかった。その場には周囲の喧騒とは対照的に静かな沈黙が広がっている。
「 あの、お孫さん、純さんは高校生なんですか?」
沈黙を破るように大澤が八重子に言った。
「ええ、そうです。でも最近は勉強がつまらないようで、あまり学校に行っていないんです。だから本来なら付き添いは息子夫婦に任せるのですが、仕事が忙しくて手が離せないので、暇を持て余している純にこうして付き添って貰ってるんです。ね?」
「うん」
それまで一切言葉を発しなかった純がようやく頷くように言った。無口だが前を見つめる瞳の中には、祖母の八重子に似た力強い光を宿しており、不思議と人を惹き付けるものがあった。また最初は分からなかったが、よく見ると純は整った顔立ちと肌の透明さを同居させ、誰でもつい見てしまう程美しかった。
「ごめんなさい。この子、本当に人見知りが激しくて初対面だと殆ど話さないんです。気にしないで下さい」
心配そうな眼差しを純に向けて八重子は言う。
「いや、全然!僕も小さい頃は人見知りが激しくて、よく親に注意されましたから」
「そうなんですか?」
「はい。だからじゃないですけど、純さんの人見知りもきっと時間が解決してくれますよ」
「そうなら良いのですけど・・・」呟くように八重子が言った。
「あと蒼山さん体調の方はどうですか?明日、精密検査を受けるということですが」
「ええ、お気遣いありがとうございます。体調の方は、ここ最近はすこぶる良いのです。まぁ、元々心臓があまり丈夫でなくて、騙し騙しここまで生きてきたものですから。でも、ちゃんと病院から処方された薬も飲んでいますし、明日の検査も問題ないと思います」
「そうですか、それは良かった。いや、僕としてもそこに関して詳細に聞いた訳ではなかったので、もし無理をなさって身体に障るようなことになったらと、心配していたのです」
安心したように大澤が言った。傍目から見ると八重子が心臓に持病を抱えているようには見えないので、病院の話をしているのが不思議に思えてくるのだった。

#小説 #おじいさん #人見知り #心臓 #精密検査

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