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ひきこもりおじいさん#61 帝国ホテル

蒼山八重子に最初に声を掛けたのは大澤だった。高級な生地で仕立てた深緑の上着と茶色のパンツにブーツというシンプルな服装の八重子は、一見すると思慮深いヨーロッパの貴婦人を連想させる雰囲気があり、背筋をぴんと伸ばした姿勢をとって豪華なシャンデリアの真下にあるロビー中央の革製ソファに座っていた。隣には祖母の面影を残した孫娘の蒼山純が短めに切り揃えた前髪を軽く弄りながら、少し間を空けて静かに座っている。純は白のトレーナーにGジャンを合わせ、下は黒のジーンズにスニーカーというカジュアルな服装だった。八重子も大澤が来るのを待っていたらしく、一言、二言何か言葉を交わし挨拶をすると、隆史や信之介とも簡単に挨拶を済ませ、間をおかずメインロビーに隣接されている高級ラウンジにすぐ向かった。
隆史が八重子に会って、まず最初に目についたのは、肩まで伸ばした真っ白な髪だった。よく手入れが行き届いたその艶やかな白髪は、ただ自然に伸ばした髪というより何か彼女を象徴するような落ち着きと穏やかさを保っていたし、また細身の身体から発する凛とした佇まいは、隆史が帝国ホテルのメインロビーに入ると感じた伝統と格式高い空気に満ちた非日常的な風景の中に違和感なく自然に溶け込んでいた。恐らくそれは長い時間をかけて彼女自身が少しづつ積み重ねてきた教養や品格の賜物なのだろう。
「やっと会えた」
三人掛けのソファを向かい合わせて置いたラウンジ席で、正面の八重子が隆史の目を見つめたまま静かに呟いた。八重子の隣には純が座り、隆史の隣には信之介と大澤が座っている。思わず視線を逸らした隆史が腕時計で時間を確認すると午前十時を少し過ぎた位で、ラウンジ全体が遅い朝食や早めの昼食を摂る利用客でざわざわと騒がしくなっていた。

#小説 #おじいさん #シャンデリア #ラウンジ #白髪 #伝統と格式

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