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【読後感想】「高齢ニッポン」をどう捉えるか

今回は、本の紹介です。

この本は、朝日新聞の編集委員である浜田陽太郎氏が、長い間取材を通じて関わってきた社会保障制度について書かれたものです。

浜田氏は、メディアがその役割として、制度の問題点を指摘、批判してきたことが、時に読者の不安を煽ることになっていたのではないか、ということに問題意識を感じ、そこから、社会の一人ひとりが「問題を自分事としてとらえ、解決に参加する」という回路をつくらなければならないという思いで本書を書かれたようです。

以下、各章ごとに私の印象に残った点を感想として述べたいと思います。

第1章 誰でも介護が必要に

冒頭は、社会保険料はムダだと払わずに、「自助」によって老後の生活設計をしていた方が、69歳でくも膜下出血のために介護状態になり、介護保険のお世話になって初めてありがたみを知った話で始まります。

浜田氏は社会福祉士の資格を持っていて、資格を取得する時の研修で、特別養護老人ホーム(特養)で働いた体験など、介護の現場の現状について語られています。

そこで、やはり問題となるのは、介護職についての世間の見方や労働条件が厳しいということです。介護サービスは無くてはならないものなのに、そこで働く方に対する世間的な評価や待遇がなぜ良くないのか、私も常日頃から疑問に感じ、何とかならないものかと感じています。

介護施設では、人手不足のために、派遣業者を通じて職員を確保しているケースが多いそうです。介護施設で働く側からすると、派遣業者を通した方が労働条件が守られるということですが、そのしわ寄せは直接雇用の職員に行ってしまう訳です。

また、本来は職員の報酬として支払われるべきものが、派遣業者への手数料として、介護保険システムの外に流出してしまっているということも問題でしょう。

この状況を解決するには、テクノロジーの活用による業務の効率化を進めることや、章の最後で紹介されていた、「いい加減」は「よい加減」という浜田氏がスウェーデンの介護現場での実習を通じて見た介護のあり方について、利用者の側からも理解をすることが重要ということです。

詳しくは割愛しますが(是非、本書でお読みください)、私たち自身が介護サービスに何を望むのかということを改めて考える必要があるようです。

第2章 予防は日本を救うのか?

第2章は医療について、予防すれば医療費が減るのか、ということを中心に話がされています。

ここで面白いのは、「予防で医療費削減」を訴えているのが経済産業省だということです。社会保障というと、制度の立案と運営を行う厚生労働省とそのための財源を握る財務省の両省が主役と思われがちですが、安倍内閣においては経産省がキャスティング・ボートを握っていたのです。

ヘルスケア産業を成長分野の柱としたいとか、医療費の増大による企業負担の増加を避けたいという思惑があったようです。

そうすると、生命保険会社が最近力を入れる「健康増進型保険」や、商工会議所が旗を振る「健康経営」というのは、このような背景で出てきた話だということが分かります。

そういえば、健康増進型保険のプロモーション用のスライドには、下のようなものがありました(住友生命のホームページより)。左下に「医療費負担の削減」ってありますね。

ちなみに、肝心の保険の方は健康増進プログラムの結果によって割引がありますが、最大の割引でも日本の大手保険会社なので、保険料は割高なのが残念です。

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このように経産省が力をいれる「予防で医療費を減らす」ということですが、医療経済学の世界では、「予防で医療費を減らすことはできない」というのが定説の様です。

予防によって寿命が延びても、いずれは病気にかかるので生涯の医療費は減らすことはできないということです。また、予防事業を公費で賄えば、その分の費用は増えてしまいます。

もちろん、予防によって病気にならないようにすることは、QOL(Quality of life)の向上という観点では重要ですが、それが強制されたり、本章の始めに書かれているように、

「生活習慣病は努力すれば予防できる。なるかどうかは自己責任」という空気がじわりと広がることで、社会保障が変質してしまう恐れはないだろうか。

という浜田氏の問いかけには、うなずいてしまうところです。(今日の昼飯にファミレスで、唐揚げ定食とチョコバナナサンデーを食べた私の自己弁護ではありませんw)

第3章 公的年金保険はどこが大切なのか

年金に関しては、私もnoteでいろいろ投稿していますが、私は年金をまじめに見はじめてまだ3年程度で、浜田氏がどの様なことを書いているのだろうと気になったので、この章を真っ先に読みました。私の考えていることと、本書で書かれていることが大体あっているようなので、良かったです。

冒頭で、若者たちに年金の重要性を伝えるためには、まず、障害年金の話をするというのは、なるほどと思いました。確かに「年金はお互いが支え合う保険の仕組み」なんて説教くさい話をするよりも、彼らにとって一番身近なリスクに備える話の方が、聞いてもらえそうですね。

あと、年金の記録問題、2004年の制度改革、民主党の年金改革案など、長年取材をしてきた浜田氏ならではの話は興味深く、適用拡大、マクロ経済スライド、WPP(Work longer, Private pensions, Public pensions)など、多くの方に知ってほしいことが書かれています。

その中で一つ取り上げたいのが、年金学会でWPPの提言をした谷口氏(第一生命保険)の名言「繰上げて後悔するのはこの世、繰下げて後悔するのはあの世」です。

この言葉の意味は、年金を繰上げ受給したのに思いのほか長生きしてしまい生きながら後悔するのと、繰下げ受給したのに早く死んでしまいあの世で後悔するのはどちらがいいですか、という問いです。私は後者を選びますが、皆さんはいかがですか?

それでも迷う方は多く、結局繰上げでもなく繰下げでもない、65歳受給開始を選ぶのではないでしょうか。それでは、次のようにしたらどうでしょう。

「受給開始を早めて後悔するのはこの世、遅らせて後悔するのはあの世」

年金の支給開始年齢(=65歳)という概念は、忘れた方がいいかもしれません。代わりに「60歳から70歳の間で自由に受給開始時期を選択できる」という風に考え方を変えるのです。

そうすれば、長生きして後悔しないようにするためには、自然と受給開始を遅らせる方が良いと思えるようになるのではないでしょうか。甘いですかね.......

終章 高齢ニッポンをどう捉えるか 社会保障のメディアリテラシー

最後の章で目を引いた点を一つ挙げると、以下の部分です。

コロナ禍への対策として・・・(中略)・・・「きめ細かい支援」には所得や資産に関する情報を政府に把握させる必要があることだ。
社会保障に限らず、社会全体がくらしやすくなるには、政府への信頼が欠かせない。

マイナンバーに口座情報を紐付けるという話が出ると、「政府に収入や資産等プライバシーを把握されたくない」とかいう意見がどこからともなく出てきます。しかし、マイナンバーによる収入や資産の把握は、行政事務の効率化や徴税を適正に行うために必要なことで、これは多くの国民にとってプラスとなる事なのです。

そもそも、年金の記録には就業や報酬の履歴、婚姻歴などかなりの個人情報が含まれているのです。

今後、マイナンバーと口座情報の紐付けの話が出てきたときに、どのような人が反対しているのかしっかりと見極める必要があると思います。

以上、私の感想文でしたが、皆さんがご自身で本書を手に取り、私たちの生活のセーフティネットである社会保障制度について、自分事として考えてみて下さい。

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