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シベリヤをひとつ購う 祖父たちを獄へ運んだ夜更けの列車/西鎮

2022年6月8日(水)のうたの日15時部屋の題「獄」の短歌。

「シベリヤ」は、シベリアや羊羹カステラとも呼ばれる菓子パン。あんこや羊羹をカステラで挟んだサンドイッチのような菓子である。「シベリヤ」という名前の由来は、諸説あるが、「雪原を走るシベリア鉄道のように見えるから」という説がある。カステラを雪原に、羊羹をシベリア鉄道に見立てているわけである。

菓子から見えてくるシベリアの光景が思い起こさせるのは、シベリア抑留という出来事である。第二次世界大戦後、シベリアをはじめとするソ連領内の各地へ連行された日本の軍人・軍属はマイナス30度を下回る厳しい環境で強制労働を強いられた。収容所の環境は劣悪で、伝染症も広がり、五万五千人を超える多くの犠牲者が出た。冬はソ連側が囚人服を配布することもあった。収容所はあたかも監獄のようだ。

作中主体は、日本軍の兵士であった祖父を持つ世代。祖父から聞いた話であったり、歴史を学ぶ中で知ったことであったりがもとになって、作中主体の中にシベリア抑留のイメージが出来上がっている。そのイメージのひとつが「夜更けの列車」である。

「シベリヤをひとつ購う」というフレーズは、国家的かつ歴史的な一大事のようにも響く。しかし、作中主体は菓子パンを買っているだけである。シベリアが祖父たちを苦しめた地の名であるということと考え合わせれば、「シベリヤ」を買うという行為は、小さな抵抗のようにも見えてくる。それと同時に、祖父の苦しみに思いを馳せるという意味合いもあるだろう。現代の作中主体の現実と終戦後の祖父たちの現実とを交差させた、意味深長な一首だ。

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