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もうフィジカルに未練は無い(と思う)

昨日、全おれが待ち望んでいたSAKEROCKのストリーミングが解禁された。たまに聴きたくなるときは持っているCDで我慢していたけれど、これでどこでも聴ける。

タイミングを同じくして、家族から聴いていないレコードを外の物置に移動を命じられた。2階の物置と化した部屋に寝かせてあったのだが、重くて床が沈むから移動して欲しいと、、、。そんな簡単に床は抜けないと思うんだけどな。

でも、今ではほとんどサブスクで聴ける時代になったし、レコードプレーヤー自体も5年位動かしていないし、子どもたちもレコードには今の所興味を持っていないので、もう潮時なのかもしれない。

厳密に言うと、まだサブスク化されていない音源もたくさんある。自分が聴きたいのは例えばピチカート・ファイヴのアルバム群
例えばこの曲とか↓

ECDさんのDirect Driveとか↓


まあ、新譜に関して言うと、サブスクでも続々とリリースされているし、それに追いつく事も不可能なので仕方ない。

物理メディアとして、コレクションとしてのレコードやCDにもう未練は無くなった。いわゆるフィジカルというものにもう執着しなくてもよいのかなという気分。こんまりメソッドで言うところの「ときめかなくなった」わけ。

2000年代初頭に細野さんは、「本当に聴きたい音楽は手元になくても心にしまってあるからいつでも聴ける」的なことをおっしゃっていた。そんなレベルには全く達していないけれど、確かに100回以上聴いたアルバムはいつでも頭の中で再生できるし、別に手元になくてもなんとかなる。

もともとCDを買い始めた中学生時代に、いわゆるブックレットというものを指紋が付かないように大切に扱う習慣から今でもほとんど歌詞カードというものを眺める習慣が無い。なのであってもなくてもほぼ変わらないかな。豪華ブックレット付きと言われても、宝の持ち腐れになっているCDがゴロゴロしているし、レコードも手にとってジャケットを眺めるという習慣は殆どない。

理想は、90年代に常盤響さんが言っていたように「自分もレコードといっしょに朽ちていくんですよ」的な人生に憧れていた。何十年後かにゆっくりとレコードを聴くなんて生活には憧れるけれど、それまで寝かせておく余裕もスペースも無いし。

ただレコードばっかりが朽ちていくのはもったいないので、大切にしてくれる人の所へ旅立ってもらったほうが、レコードにとっても幸せなのかもしれない。

世の中が、空前のレコードブームと言われるようになって久しい。ただ、逆張りして、我が道を行くのもそれはそれでありだとは思っている。

いま話題のNFTという技術が一般に広まって、デジタルで所有するという時代になったら、またコレクションするかもしれないけれど、いまはサブスクで精一杯かな。



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